第10話 歪みきった愛情

 私、鬼塚美織は走っていた。


 あのままあそこにいたら、ブチ切れたヒーロー君に何をされるかわかったものじゃない。


 悔しいわ……本当はもっと酷い目に合わせたかったのに。小学校の頃から大好き……ううん、大大大好きなヒーロー君を。


 初めて会ったのは、小学校の入学式の前日。私が一人で公園で遊んでいた時、勢いよく転んでしまい、痛くて泣いていた時……たまたま公園にいたヒーロー君が、泣いてる私に手を差し伸べてくれた。


 それだけの事が、私には嬉しかった。まさに一目惚れだった。


 翌日の入学式の日、ヒーロー君が同じ小学校でクラスも同じだと知った時、この人が私の運命の人なんだって思ったくらいだったわ。


 それからというものの、ヒーロー君は沢山の人を助けて、悪ガキ達に立ち向かう日常を送った。


 困ってる人がいたら誰でも助けて、悪い事をしてる奴がいたら、相手が何人いても勇敢に向かっていく姿は、もう死んじゃうかと思うほどかっこよくて。


 ――その顔を苦痛に歪ませたいって思った。


 どうしてと聞かれても、私は幼い頃からそうなのだから仕方がない。大好きだから、いじめたくなる。苦しませたくなる。そこに明確な理由はない。


 その為に、ヒーロー君を毛嫌いしていた悪ガキの黒鉄と他数人に声をかけて、いじめの提案を持ちかけた。


 彼らはノリノリでヒーロー君をいじめ始めたわ。ずっと自信たっぷりだったヒーロー君の顔が苦痛に歪み、だんだんと暗くなっていく様はたまらなく可哀想で、気持ちよくて、身体中がゾクゾクしたのを覚えている。


 でもまだ足りない――もっともっとヒーロー君の苦しむ姿が見たい。


 どうすれば更に酷い事が出来るだろうか。そう考えていたある日、私はヒーロー君が図書室で一人の女の子と仲良くしてるという情報を得た。


 それを聞いて思ったの。


 ヒーロー君が幸せなんて許せない……でも、これは彼をもっと苦しませるのに使えると。


 そう思い、私は黒鉄ともう一人を連れて女の子の元に向かい、ヒーロー君と絶交をしないとお前もいじめるぞと脅した。


 そして彼女はヒーロー君を呼び出し、


『わたし、本当はきみのことがキライ。だからもう話しかけないで!』


 と言って、ヒーロー君を拒絶した。その時のヒーロー君の呆然とした顔がもう最高に可哀想で、私は当時で一番の快感を感じたわ。


 それだけで結構満足だったんだけど、黒鉄の馬鹿達が更にヒーロー君に追い打ちをかけに行ったから、私も便乗した。


 大粒の涙を流すヒーロー君の顔はとても可愛くて、見ていられないくらい可哀想で……なによりも最高だった。


 それからもヒーロー君へのいじめは続いた。彼はどんどんと元気がなくなり、常に一人でいるようになっていた。


 そして月日は経ち――中学の卒業式の日に私は同級生の姫宮杏奈に声をかけられた。


 私は彼女の事は知ってはいたけど、接点は一切なかった。正直ぶりっ子なのが見てて分かるから嫌いだったくらい。


 そんな彼女が、急になぜ話しかけてきたのかと疑問に思っていると、想定外の提案を私に提示した。


『あんた、ヒーローをいじめてるグループの一人でしょ? 春休みに今から指定する場所と時間にヒーローを連れ込むから、好きにボコボコにしていいよ。どうせ春休み暇でしょ?』


 正直怪しさ満点だったけど、こっちには黒鉄を筆頭とした不良グループがいるから、私の身の安全は保障されている。それに、ヒーロー君を苦しめられるなら、喜んでやろうじゃない。


 そう思い、私は彼女の提案を受け入れた。


 私は黒鉄達を連れて、春休みの指定された日に街中の路地裏近くで待っていると、本当にヒーロー君と姫宮さんが来た。


 そして私は黒鉄達にボコボコにされるヒーロー君を堪能した。痛みと絶望で歪むヒーロー君の顔は、本当に最高だった。


 高校になったらもっともっといじめてあげなきゃ。全ては大好きなヒーロー君が苦しんでいる姿を見るために。


 けど、高校の入学式の日――想定外の大事件が起きた。


 ヒーロー君と別のクラスになってがっかりしている私に追い打ちをかけるように、知らない女と一緒にいて幸せそうなヒーロー君を見てしまったの。


 そんなヒーロー君を見てもつまらないし、私以外の女とイチャついてるって思うと、とてつもなく不快に感じたわ。


 だから、たまたま校内見学で私と黒鉄のクラスと、ヒーロー君のクラスが図書室で一緒になったタイミングで、


『ヒーロー君が知らない女とイチャついてる。ムカつくからボコしてよ』


 と黒鉄に声をかけた。黒鉄は馬鹿だから、ヒーロー君をいじめられるチャンスがあれば、なんにでも飛び込んでくれるから扱いやすい。


 勝手に私の事を自分の女みたいに勘違いしてるのは玉にキズだけどね……私が好きなのはヒーロー君だというのに。こんな金髪馬鹿とか手を繋ぎたくもないわ。


 ……まあとにかく、ヒーロー君を呼び出すことに成功し、黒鉄に殴られる姿にゾクゾクできたわ。


 でも、それだけじゃこのムカつきは晴れなかった。だからわざと大金を要求して絶望させようと思った。


 でも、それは失敗に終わった。ヒーロー君がブチ切れて反撃してきたからだ。


 あんなキレるほど親とかあの女が大事って事なのかしら? 女の事はともかく、親とかどうでも良いと思うんだけれど。


「あら……追いついちゃったわ」


 走りだしてからそれほど立たずに、先に逃げ出した黒鉄に追いつくことが出来た。よっぽどさっきの膝蹴りが痛いのか、股間を押さえながらよろよろと歩いている。


 これがヒーロー君がやってたら最高だったんだけどね……黒鉄が苦しんでいても、なにも感じない。やっぱり苦しむのはヒーロー君が適任という事ね。


「ちょっと黒鉄、アンタなにやってんのよ」

「あぁ……? って、美織か」


 私が声をかけると、黒鉄は今まで見た事が無いような脂汗をかきながら、顔を青ざめさせていた。


 こうやってまじまじと見ると、少しだけ面白いわね。前言撤回だわ。


 ……もう一度蹴っ飛ばしたらどうなるのかしら? 興味あるけど、現状この高校で一緒にヒーロー君をいじめられるのはこいつしかいないし、ないがしろにするのはまずいわね。


「ヒーロー君なんかに負けてるなんて、情けないわね」

「うるせえ! あんなのまぐれだ……今度こそ絶対あいつをボコボコにしてやる! ああくそ、イライラする……!!」


 随分とやる気に満ち溢れているわねこの馬鹿。私としては都合が良いけど……って、行っちゃったわね。イライラしてたみたいだけど、変な事をしたりしないか少し心配だわ。


 それにしても……ヒーロー君は春休みから今日までの短い間に、だいぶ変わっていた。いや……正義感の塊だった、出会った頃に少しだけ戻ったと言った方が正しい。


 原因は……あくまで多分だけど、あの図書室で見た女が関係してる気がする。


 そんなヒーロー君の心を、中学の時の様にへし折るには……やっぱりその女がカギを握ってると思う。


「ふふっ……幸せそうな顔もカッコいいけど、やっぱりヒーロー君には苦しんでる顔が似合うわよ……すぐにまた苦しめてあげるわね」


 あの女がいなくなったら、ヒーロー君はどんな顔をするのかしら。想像するだけでゾクゾクするわ。


 ふふっ……待っててね、私の大好きなヒーロー君。必ずその幸せそうな顔を、絶望に変えてあげるわ。

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