第6話 思い出のお菓子
「……ヒデくん、ごめんなさい」
「え?」
下校中、俺の隣を歩く日和は、何故か悲しそうに目をふせながら、俺に謝罪を述べてきた。
えっと……俺、何か謝られるような事をされたか? 特に思い当たる事はないんだけどな。
「ヒデくん、あの女の子に話しかけられて困ってるように見えたから……つい……」
「あー……大丈夫、ホントに困ってたから助かったよ。ありがとう、日和」
「えへへ、よかった」
安心してくれたのか、日和は嬉しそうに微笑んでくれた。
日和が俺の事を想って姫宮に言いにいってくれたのは凄く嬉しい。俺の味方なんて、学校に一人としていたことが無いし。
でも、ずっと日和に守ってもらう訳にも行かない。もし日和が困ってる時は、俺が助けてあげないといけないからな。
「ヒデくん。私、気になってる事があるの」
「ん?」
「あの女の子。姫宮さんとは、どういう関係なの?」
どういう関係って言われてもな……なんていうのが正解なんだ? 友達じゃないし、もちろん恋人でもない。知人っていうのが一番しっくりくるか?
もちろんありのままに起こった事を話すのが、一番理解するのに適してると思うけど……変に日和を心配させたくない。
「えっと……」
「話すのが辛いなら、大丈夫。私、何があっても離れないから……話せる様になったら、話して」
「日和……」
日和の言葉は、ずっと一人で誰にも頼れずに生きてきた俺には、とても嬉しい言葉だった。
なんか目頭が熱くなってきた……我慢だ、俺。
「そうだ! 今日の昼飯と晩飯の食材が無かった! 駅前のスーパーに寄ってもいいか?」
「うん」
涙を誤魔化すように、俺は明るく日和に聞くと、即座に頷きを返してくれた。
日和とスーパーに買い物……本当に夫婦みたいだ。って、俺は何を考えてるんだ?
「お昼、ヒデくんは何食べるの?」
「簡単に作れるサンドイッチにしようかと思ってる」
「すごい。自分でご飯作れるの?」
「母さんが仕事でほとんど帰ってこれないから、一人暮らしみたいな状態なんだよ。だから、多少は出来るようになったんだ」
正直、日和に褒められるような凄い料理が作れるわけではない。簡単に作れてそれなりに栄養がある物ぐらいしか作れない。
「ちなみに日和の昼飯は?」
「クロワッサン」
「……クロワッサン?」
「うん」
クロワッサンはうまいけど……それだけで足りるのだろうか? 日和は見た目がかなり細いから、もしかしたら小食なのかもしれないけど……栄養が足りなさそうだ。
「ちなみに聞くけど、晩飯の予定は?」
「クロワッサン」
「明日の朝飯は……?」
「クロワッサン」
「クロワッサン地獄か!?」
「おいしいよ?」
「おいしいけど! 栄養足りてないよな!」
「……そうなの?」
日和は何故かキョトンとした顔をしている。日和って、かなり食事に関して無頓着だったりするのか?
もしかしたら、このまま日和を放っておいたら毎日クロワッサンになってしまうのでは? 万が一そうなったら、日和の身体がクロワッサンになってしまう。
「クロワッサンだけじゃ栄養足りないからダメ。今日は俺が飯を作るから日和はそれを食べること」
「ヒデくんのごはん! あっ、でも……作ってもらうの、申し訳ない」
目をキラキラと輝かせた日和だったが、後ろめたさを感じたのか、一瞬で悲しそうな顔に変わってしまった。
そんなの気にする必要はないのに……日和は優しいな。
「なら、姫宮にズバッと言ってくれたお礼って事で」
「それなら……うん、わかった」
そう伝えると日和は納得してくれたようで、微笑みながら頷いてくれた。やっぱり日和には悲しそうな顔よりも笑顔の方がよく似合っている。
そんな事を思いながら、俺は日和と一緒にスーパーに向かって歩いていくと、その道中で横断歩道を渡ろうとしているお婆さんが目に入った。腰がかなり曲がっていて、杖を突いている所を見る感じ、歩くのはかなり遅そうだ。
……どう考えても、あの横断歩道を渡る前に赤になってしまう未来しか見えないな……あのお婆さんがいる方は目的地がある方向ではないけど……仕方ない。
「日和、ちょっとここで待っててくれるか?」
「あ、うん」
日和と一旦別れた俺は、特に声をかけることなく、信号機に備えられているボタンを押す。確かこれは青信号を延長させる奴だったはず。これで少しは渡る時間を稼げるだろう。
後は渡りきるまで見守っておけば大丈夫だろう……あっ、ちゃんと渡れたな。よかったよかった。
「やっぱり、ヒデくんって優しいね」
「うおっ!? ひ、日和か……待ってろって言っただろ?」
「気になっちゃって、ついてきたの。あのお婆さん、無事に渡れてよかったね」
「そうだな。それじゃ買い物に行こうか」
「うんっ」
お婆さんが無事に去っていったのを確認した俺達は、目的地であるスーパーへと向かって歩き出した。
****
「うわぁ……人がいっぱい……迷子になっちゃいそう」
駅前にある大きなスーパーにやってきた俺達。まだ昼時だというのに、スーパーの中は結構な人で溢れかえっていた。
そんな中、日和は人数に圧倒されて怯えているのか、顔を強張らせながら、俺の服の裾を控えめに握っている。
俺も人混みは苦手だ。ずっと陰口を叩かれ続けた生活を送っていたせいか、こういう人混みの中で誰かの話し声だったり、笑い声が聞こえると、俺の事を話して笑っているのでは? と、無意識に感じてしんどくなってしまう。
自意識過剰って言われたらそれまでだけど、心が勝手にそう感じてしまうんだから仕方がない。
っと、変わるって決めたのに、こんな事にビビってたらいつまで経っても変われるわけがない。前向きにいかないと。
それに日和の栄養の為にもしっかり買い物をしないといけないし、怯えている日和をなんとかしなければ。
「日和、手だして」
「え? あっ……」
俺は怯える日和の手を握ると、空いてる手で買い物かごを取ってスーパーの中に入っていく。
さっき手を繋いだ時も思ったけど、本当に小さい手で……少し強く握っただけで、簡単に壊れてしまいそうだ。
「これなら迷子にならないよ」
「うん……ありがとう。ヒデくんの手、おっきいね。えへへ」
嬉しそうに微笑む日和の顔を見てると、何故か心臓が高鳴った。顔も熱い気がする……俺、どうしちゃったんだ?
「ヒデくん? 顔が赤い」
「え? あ、暑いのかなーあはは」
可愛らしく首を傾げながらキョトンとしている日和から視線を逸らしながら、俺は笑って誤魔化す。
と、とにかく今は買い物に専念しよう。まずは昼飯のパンと具材から買うか。野菜とチーズ、あとは蒸し鶏なんかを挟んでも良いな……。
「日和、何か食べたいものとか嫌いなものとかある?」
「ヒデくんのごはんなら、なんでもいい。あっ、でも……辛い物は苦手」
陳列されている様々な商品を見ながら日和に聞くと、ゆっくりとした口調で答えてくれた。
……日和め、嬉しい事を言ってくれるじゃないか。この子はどれだけボロボロになった俺の心を癒せば気が済むんだ。
っと、感動している場合じゃない。辛い物が苦手なら、からしマヨネーズとかは使わない方が良いかな。
よし、昼飯は野菜とチーズ、野菜と蒸し鶏の二種類ヘルシーサンドイッチに決定だ。
晩飯はどうするか……お、野菜炒めセットが安く売られてるじゃないか。これ一つと調味料があれば野菜炒めが出来て便利なんだよな。
野菜だけだとあれだから、豚肉も買ってっと。あとは豆腐と乾燥ワカメで味噌汁でも作るか。味噌は確か家にあったはずだ。
折角来たんだし、他にもセールをやってるものは無いか……うーん……。
「ヒデくん」
人参が割と安めだな……ジャガイモと玉ねぎもまあまあ安い……なんだこれ、カレーでも作れって言ってるようなラインナップだな。
「ヒデくん……?」
でも日和はさっき辛いのは駄目って言ってたしな……うちのカレーはかなり辛めだし……それだったら量を減らして、二つの味を作ればいいか?
「ヒデくん!」
「お、おう。どうした?」
「さっきから何度も呼んでる」
ま、マジか。買い物に夢中になってて全然気づかなかった……俺とした事が。
「ごめんよ。それで、どうかしたのか?」
「お菓子売り場に行きたい」
「ん? それは構わないけど」
「ありがとう。あるといいなぁ……」
一緒にお菓子売り場に行くと、目的のものを見つけたのか、日和はとあるお菓子を手に取った。それは、子供向けアニメキャラの顔の形をしたチョコだった。
うわ〜懐かしい。田舎の駄菓子屋でも売られてたな。俺が一個買って日和に上げたら、メチャクチャ気に入ってくれたんだよな。
「ヒデくんと一緒に食べてから、ずっと大好き」
「そういえば、日和って基本的にワガママは言わないのに、このチョコだけは変なこだわりがあったよな」
このチョコは中に二つ入っていて、一つ買って二人で分け合っていたんだけど、何故か日和はヒロインの顔のチョコじゃないとイヤという、謎のこだわりを持っていた。
「だって、可愛いから好きだったんだもん」
「確かに可愛いよな。よし、じゃあ今日のデザートにするか」
「うん」
日和のご希望のチョコを一つかごに入れる。とりあえずこれで食材は足りるだろう。あとは家にある物で適当におかずを増やせば問題なさそうだ。
さっさと会計を済ませて帰るとしよう――そんな時に事件が起きた。日和が買った食材の代金を支払うと言い出したんだ。
「これはうちの食材だから、俺が払うのは当然だって」
「ダメ。ごはんを作ってもらうんだから、食材のお金ぐらい私が払う」
……とまあ、このように変なところで頑固な日和は、まったく譲る気配はない。
このままではレジの人にもお客さんにも迷惑が掛かってしまうので、仕方なく俺は折れる事にした。
チョコのこだわりだったり、支払いだったり……日和って変な所で頑固だったりするんだな。食費が浮いたのは助かるけど……なんか自分が情けなく感じてしまう。
「支払い……カードで」
「……え?」
えーっと、日和さん? そのクレジットカード、真っ黒なんですけど……もしかして噂に聞くブラックカードってやつ?
日和の家って金持ちなのは知ってたけど、俺の想像をはるか上をいく規模なのかもしれない。
「あ、お支払いはそちらでお願いしますー」
「え、ええ……?」
「日和、こっちだよ」
「う、うん」
そっか、日和は多分セルフレジを知らないんだな。
このスーパーでは商品の登録は店員が、支払いは機械を使ってやるシステムになっている。セミセルフレジって名前だったかな?
「ほら、ここを押して……それでカードをここにやって……」
「わわっ……凄い。こんなの初めて」
始めてみるセミセルフレジに目を輝かせている日和を微笑ましく見ていたら、別のセミセルフレジの前で苦戦しているお爺さんが目に入った。
なんだ、今日は困ってそうなお年寄りを随分と見るな……まあ正直な話、こんな機械をお年寄りに使えって方が酷な話だ。
「あのーすみません」
「はい、なんでしょうか?」
「あそこのお客さん、レジのやり方がわからなさそうなんで、見てもらっても良いでしょうか?」
「あ、はい。かしこまりました」
よし、これで多分大丈夫だな。さてと、日和もそろそろ支払いを終えただろうし、ぱぱっと袋詰めして帰るとするか。
「…………」
「日和? どうした、そんなに俺をジッと見て」
「人助けをするヒデくん、素敵だなーって」
「……あ、ありがとな」
そ、そんな微笑みながら褒めるなって……何故か変にドキドキしちまうから……。
「さ。さ~てと。買ったのを袋に詰めて帰ろうか」
「うん。ヒデくん、私もやりたい」
「じゃあ半分に分けて一緒にやろうか」
ひっそりと人助けをしたり、日和の新たな発見をしたり、懐かしいあの頃を思い出した買い出しは無事に終わり、俺は日和と仲良く手を繋いだまま、家に向かって歩いていくのだった――
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