サシ族についての調査記録より抜粋

 サシ族は、我々が暮らしている土地の北にある山岳地帯に暮らす者たちだ。

 特徴的な見た目で岩の中に家を作って暮らし、我々とは異なる言語を使い、意思疎通が難しい。そのため、獣と同一視され、非常に野蛮な者たちであるとの誤解を持つ人も少なくないだろう。

 その誤解のために、様々な悲劇もあった。我々は、お互いを知る必要がある。

 私の調査が、彼らを知る手掛かりになればと思う。




 彼らは、我々とは全く違う身体的特徴を持つ。その身体的特徴から、狼に近いのではないかと言われている。

 狼のような形の耳は、我々の耳よりも上の位置、頭の上の方についている。そしてそれは、我々よりも敏感に周囲の音を拾う。

 そして、体毛。両腕の肘から手首の間、両脚の膝から足首の間、首から背中にかけて、それと尻尾。そこに、髪の毛と同じ色の豊かな毛並みを持つ。

 彼らの毛並みは、だいたいは白から濃い灰色だ。やや赤みがかっていたり、青みがかっていたり、色味には多少の個体差が見られる。

 彼らは自分の毛並みをとても誇りに思っている。服の背中側には、そこにある体毛を見せるように大きな切れ込みが入っている。両手と両脚も、服は肘や膝の長さにして、自らの体毛を見せる。

 よく手入れされた毛並みは、陽の光の下で、輝くような色合いを見せる。

 身体つきは、全体的に我々よりも大きいようだ。力も強く、足も丈夫だ。でもそれは、彼らが野蛮であることを意味しない。




 彼らは、髪の毛を長く伸ばす。長く伸ばした髪の毛は、一握りほどずつの束にして、飾り紐でまとめる。そのため、彼らの髪にはいくつもの飾り紐が飾られることになる。

 彼らの髪を飾る飾り紐は、彼ら自身が編んだものらしい。

 彼らは、子供の頃は髪に飾り紐をつけない。ある程度成長すると、飾り紐を編み始め、それを自分の髪に飾るようになる。そうやって飾り紐を増やしていく。




 彼らは、岩穴の中に家を作る。我々の感覚では、巣と呼びたくなってしまうかもしれないが、彼らの家の中は、我々が想像するのよりもはるかに快適だ。

 入り口は、少し腰を屈めれば入れるくらいの大きさで、何重もの布で覆われている。この布には、蝋のようなものが塗られており、外からの雨風を充分に凌いでくれる。

 中に入ると、玄関のような空間があり、ここで足に巻いていた布や革を外したり、体の汚れを落としたりしてから、中に入ることになる。家の中とは、さらに布で仕切られている。

 家の中は、意外とゆったりと広い。床にはたくさんの布が敷き詰められ、壁も一面布で覆われている。中には火がないが、暖かく過ごすことができる。とはいえ、彼らの快適な温度は我々には少し寒いくらいなので、我々がそこで過ごすためには、彼らの毛並みほどに暖かな服が必要になるだろう。




 彼らの求婚は、夏の終わりから秋の始めに行われる。

 彼らが年頃になったかどうかは、髪の毛の飾り紐の数で判断されるようだ。髪の毛の飾り紐の数が充分に多くなったと見なされたら、求婚する権利、または求婚される権利を持つ。

 ただし、すでに配偶者がいる者は新たに求婚をしないし、配偶者がいる者に対する求婚もしない。彼らは一夫一婦制をとっており、夫婦はとても仲睦まじく暮らす。

 夫婦になると、必ずペアで行動するようになる。お互いのにおいが届く範囲以上を離れることがない。彼らの嗅覚はとても優れていて、お互いのにおいが届く範囲というのも我々が考えるよりもかなり広い。そのため、ぱっと見で一人だと思っていたら、実は離れたところに配偶者がいたということもあった。

 また、お互いの首筋に鼻を近付けるのは、どうやら配偶者に対してしか行わないようだ。そうやって、お互いのにおいで何らかのコミュニケーションを取っているものと思われる。


 求婚する権利を持つようになったら、自らの抜けた髪の毛を集めて、それを糸の代わりにして飾り紐を編む。そして、男性は意中の女性に対してその飾り紐を贈る。

 これは、いきなり行われることはない。男性はまず、春と夏の間、意中の女性に対して何度も贈り物を届ける。それは、食べられる木ノ実だったり、綺麗な花や葉だったり、美しく磨いた石などだ。

 その贈り物は、通常は女性の家の前に黙って置かれる。彼らは、残ったにおいでその贈り主を知るらしい。

 この贈り物を受け取るかどうかと、後の求婚を受けるかどうかには、あまり相関はないようだ。けれど、この贈り物の心象が、この後の求婚の成功率に関わっているだろうとは想像する。

 そうやって、何度も贈り物を届けた後、秋の訪れと共に自らの髪の飾り紐を持って、今度は直接意中の女性を訪れる。

 求婚の権利は、誰も邪魔してはいけない。誰かが誰かに求婚するとなったら、とにかく一度は髪で作った飾り紐を差し出させることをさせなくてはならない。

 そして、女性はそれを受け入れる権利も受け入れない権利も持っている。それは、女性が自分で決めて選ばなければならない。

 女性が誰かを選ぶまでは、求婚者は何度も訪れては求婚を行うことになる。なので、すぐには相手を受け入れず、複数の求婚者が現れてから相手を選ぶ女性もいる。

 稀に、冬までに相手を決められず、翌年まで求婚が持ち越されることもあるらしい。その場合、男性はまた贈り物から始めるが、翌年も同じ女性に求婚し続けるとは限らない。


 求婚を受け入れる場合、女性は自分の髪で編んだ飾り紐を出して、相手の髪に結ぶ。結ぶのは、顔の左側(向かって右側)のひと房だ。そうやって選ばれた男性は、自分の飾り紐を女性の髪の同じ場所に結ぶ。

 こうやって、お互いの髪の飾り紐を結び合うと、配偶者が決まったと見做される。誰かに選ばれた男性は求婚する権利を失うし、誰かを選んだ女性は求婚される権利を失う。


 男性は、求婚のかたわらで、あるいは求婚が受け入れられた後に、冬支度をする。

 子供は配偶者が決まるまでは親と同じ家に暮らすが、配偶者が決まったら新しい家を用意してそこで暮らすことになる。二人の新居を見付け、そこを住みやすく整え、冬に備えて二人分の保存食を溜め込むのは男性の仕事だ。

 そうして、冬になる前に、男性は自分の配偶者となった女性を迎えにゆく。男性も女性も、春を思わせる華やかな色の布をまとう。男性の場合、布で覆うのは下半身のみで、上半身は背中の毛並みを誇示するように裸のままだ。

 二人は、自分の髪の飾り紐を全て外す(お互いに結び合った顔の横の特別なものは除いて)。そうして、これまでに自分が編んだ飾り紐で、相手の髪を飾り、結い上げる。

 お互いの髪を結い上げたら、男性は雪のように白い布で女性を覆い隠し、抱き上げて新居まで運ぶ。


 新居への道を男性は駆ける。その姿を見ると、まるで配偶者を奪いにくる何者かが後ろから迫ってきているんじゃないかと思うほどだ。

 もちろん、彼らの後ろにそんなものはいない。それでも、彼らはまるで、自分の大事な配偶者を奪われまいとするかのように、走る。

 そして、男性は駆けながら、雄叫びを上げる。狼の遠吠えのような声だ。自らの愛情を示すかのように、その声を長く響かせながら、新居までを走るのだ。


 そして新居に辿り着いたら、蜜月が始まる。蜜月は冬の間中続く。

 次の秋には子供たちが生まれ、翌年の冬は子育てをしながら家にこもることになるだろう。




 今回のサシ族の調査に協力をしてくれたのは、サシ族の中でも珍しい黒い毛並みの青年だ。

 彼の母親は、もともとサシ族の者ではないのだという。彼の特徴や話す言葉、話の内容から推察するに、さらに北東で暮らす少数民族の出身ではないかと思われる。

 残念ながら、彼の母に直接会うことは叶わなかった。直接会って話すことができればもう少し詳しいこともわかるかもしれないが、それは彼の父親、つまり配偶者の許しが出ないのだと言う。

 彼には、兄が一人と妹が二人、弟が一人いると言っていたが、兄弟たちと話す機会も得られなかった。


 彼の協力なくしては私の調査は進まなかっただろう。彼と、彼の家族に最大限の感謝と捧げると共に、彼らがこの先も穏やかに暮らせることを祈る。

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サシ族の求愛行動の記録、または言葉の通じない獣人に拾われて溺愛されて結婚する話 くれは @kurehaa

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