主神が支配する世界

矮凹七五

第1話 主神が支配する世界

 ここはナーロッカク。プログラムという主神(以下、主神)によって創造された幻想世界である。風光明媚なこの世界で人々は豊かで幸せな生活を送っていた。だが、それも魔王ゴッダマーラ(以下、魔王)配下の魔物達の侵略によって脅かされつつあった。

 そこで、この世界の国王の一人が優秀な四人の若者を集め、魔王討伐チームを作った。

 チームは魔王を討伐するために旅立った。



 辺り一面に背の低い草が生い茂る草原地帯。ここに四人の若者が横一列になって闊歩していた。魔王討伐チームの四人である。

 一人は勇者と呼ばれる男、ンテャト。逆立った髪に精悍な顔立ちの男だ。鎧を着こんでおり、背中に大きな剣を装着している。チームのリーダー格。剣技を得意とするが、魔法もある程度使いこなせる。

 二人目は戦士のゴリラウォール。顎の割れた厳つい顔立ちの大男だ。甲冑に身を包んでいるので顔以外に肌が見えないが、浅黒い肌をしている。剣技が得意であり、白兵戦ではチームの中で右に出る者はいない。

 三人目は魔法使いのュヨャッテ。幼い顔立ちだが鋭い目つきの女性だ。髪は腰に届く程長いが、背は低め。黒いとんがり帽子、黒いミニワンピース、黒タイツを着用している。魔法使いだけあって魔法の専門家であり、中でも攻撃や破壊の魔法を得意とする。

 四人目は聖職者のヤーブクリニック。タレ気味の目を持つ、おっとりした雰囲気の女性だ。法衣に身を包んでいる。チームに参加する前は王立の神殿に勤めていた。怪我や病気等を治す魔法を得意とする。


 草藪の中から半透明のゼリー状のものが出てきた。大きさは人間の下半身くらい。

 ンテャト達が身構えると同時に彼らの頭の中に何かのデータが入ってきた。


 名前:コモンスライム

 ATK :4

 DEF :2

 HP :5


 ATKは攻撃力。相手にダメージを与える力。

 DEFは防御力。攻撃を軽減する力。

 HPは耐久力。ダメージを受ける度に減っていき、これが0になると死ぬ。


 鳥山明の漫画、ドラゴンボールにスカウターというモノクル状の機械が登場する。

 作中には様々な惑星に侵略する軍事組織が登場し、その組織に所属する宇宙人達がそれを装着している。

 スカウターは相手の戦闘力を数値として把握するための機械だ。戦闘力を数値として把握できれば戦略を立てやすくなる。

 しかし、それは一元化された値であり、詳細まではわからない。

 ンテャト達は強さの数値をより細分化した形で把握する事ができる。

 つまり彼らはスカウターがただのファッションアイテムと化してしまうような能力を持っているのだ。


 ――コモンスライムか、やはり弱い。

 スライムは魔王配下の魔物の一種である。そのスライムにも色々と種類があるが、コモンスライムはスライムの中でも一般的な種類であり、無数にいる魔物達の中でも最弱とされている。

 これまで彼らは数え切れないくらいのコモンスライムを倒してきた。今回も楽勝と彼らは判断した。


「こんな雑魚に魔法なんて使う必要などない。ここは俺が速攻で片付けてやる」

 ゴリラウォールが腰に装着していた剣を抜き、コモンスライムに向けて剣を振り下ろした。けれども、コモンスライムに剣が当たってもびくともしなかった。

 ――ダメージ0だと!?

 ゴリラウォールは驚きを隠せなかった。

 彼らは敵に与えたダメージの数値を見る事ができる。また、自分達が受けたダメージも数値として見る事ができる。

 コモンスライムがゴリラウォールに体当たりしてきた。

 次の瞬間、ンテャト達に赤いにわか雨が降り注いだ。

 雨が止むと、ンテャトの足元にサッカーボールのようなものが転がってきた。

 それはゴリラウォールの頭だった。彼の胴体は木っ端微塵になっており、辺りには血液と肉片が散らばっていた。

 彼らは愕然とした。ゴリラウォールが受けたダメージは65535。ゴリラウォールのHPは120だったから即死してあまりある程である。

 ュヨャッテが両腕を前に突き出して呪文を唱えた。その声は早送りのテープのようだった。両腕の先に人間と同じくらいの大きさの火球が発生して、コモンスライム目掛けて飛んで行った。

 コモンスライムに火球が当たり、爆発した。

 しかし、コモンスライムは無傷。何事も無かったかのようだ。

「う、うそ……!」

 ュヨャッテが驚きの声を上げた次の瞬間――

「そゃぁぃょああっ!!!」

 ュヨャッテが奇天烈な悲鳴を上げると、上から落ちてきたコモンスライムに頭から足まで垂直に潰され、両腕以外、地面と同化してしまった。

 そこにはュヨャッテの両腕だけが転がっていた。

 彼女が受けたダメージも65535。彼女のHPは70だったから、やはり即死。

「う、うわあああああーーーっ!!!」

 ンテャトはゴリラウォールの頭とュヨャッテの両腕を拾うと、ヤーブクリニックの手を握って一目散に逃げ出した。

 ちなみに彼らのステータス――状態――は”失禁(尿漏れ)”を示していた。彼らの股間は濡れていた。


 ゲームにおいてパラメータを改ざんする等して不正を働く事をチートという。

 しかし、先程のコモンスライムは何者かがパラメータ等を改ざんしたというわけではない。よってチートではない。

 何故、最弱と言われたコモンスライムがあれほどの強さを発揮したのか? それは主神のみぞ知る。



 コモンスライムから無事に逃げ出したンテャト達はェワヲィンという町に来ていた。

 ここにはネクロマンサーがいる。頼めば仲間二人を生き返らせる事ができる。

 この世界には人間を含め、生物を蘇生させる技術が存在する。その技術を身に着けた職人がネクロマンサーである。

 彼らはネクロマンサーの元を訪れ、仲間二人を蘇生するよう依頼した。

 ネクロマンサーは耳にピアスをした若い男だった。

「神よ、ゴリラウォールとュヨャッテの霊を現世に戻してくれよん~」

 ネクロマンサーが神に祈りを捧げた。棒読みで。蘇生は主神が定めたルールに従って行われるが、きちんと従いさえすれば棒読みで祈りを捧げてもいいのである。

 二人の死体――頭と両腕――が空から降りてきた光に包まれる。

 まず、ゴリラウォールが生き返った。

 しかし、ゴリラウォールを見たンテャト達の表情は訝しげだった。

「あれ、前よりもイケメンになってないか? ケツアゴじゃなくなってるし、肌も少し白くなってる」

「よかったじゃないスか~。イケメンになって。雨降って地固まるっスよ!」

 ネクロマンサーが陽気な声で言う。

 次にュヨャッテが生き返った。

 ュヨャッテの姿を見たンテャト達は愕然とした。

「なんじゃこりゃあああああ!!!」

 ンテャトとヤーブクリニックは同時に叫び声を上げた。

 ュヨャッテの顔は前と同じだ。しかし大きさは人の胴体程もある。その代わり胴体が見当たらない。こめかみから腕が生えている。顎にはスカートが付いており、そこから足が覗いていた。

 ンテャトがュヨャッテのスカートをめくって中を覗くと顎から直接、足が生えているのがわかった。なお、股間は無かった。

 次の瞬間、ンテャトはュヨャッテに殴られた。

「何するのよ!」

 下着を見たわけではないから殴ることないだろ、とンテャトは思った。


「これはどういう事だ!」

 ンテャトはネクロマンサーに詰め寄った。

「蘇生した時の副作用じゃないスかね~。今に始まったことじゃないスよ」

「副作用だと!?」

「蘇生すると見た目が変わってしまうんスよ。でも深刻な副作用じゃないスよ。強さとか身に着けているものが変わるわけじゃないスから」

 ンテャト達はュヨャッテ達の強さと装備を確認した。確かに変わっていない。が変わってしまったのだ。

 ネクロマンサーも主神が定めたルールに従って正しく蘇生を行っている。これ以上を求める事はできないのだ。



 魔王討伐の旅は長く続いた。旅の途中でンテャト達は何度も死に、その度に蘇生を繰り返してきた。

 死に方は――マグマに飛び込んでしまう、空から槍が降ってきて串刺しになる、水たまりに見えた底なし沼で溺れる、巨大な魔物に喰われて排泄物になってしまう等々――様々だった。

 旅の途中でネクロマンサーに頼らなくても済むよう、自分達でも蘇生技術を身に着けようと試みた。

 結果、ンテャトとヤーブクリニックが蘇生技術を身に着ける事が出来た。

 彼らの内、誰かが死のうとンテャトとヤーブクリニックのどちらかが生きていれば、その場で蘇生する事が出来るようになったのだ。

 二人が蘇生技術を身に付けた後も彼らは死亡と蘇生を繰り返した。

 チームはやがて、魔王の居城に辿り着く。



 魔王の居城の一室。

 ここに何者かがいる。

 彼は人間と似て非なる姿をしていた。頭には二本の角。白目の所は黄色く、瞳の所は赤くなっている。また、鋭い牙と鋭く伸びた爪を持っている。肌は青い。怪しげなローブを着込んでいる。

 この人物が魔王である。

 彼は床に肘を付いて横になりながら菓子をつまんでいる。

 この世界にある数々の国への侵攻は配下の魔物達に任せ、自分はぐうたらな生活を送っていた。

 魔王討伐を目論む連中のいるところに自ら攻めていくという事も出来る筈なのに、それをする気が起きない。

 ――これも主神の定めなのだろうか。

 彼は菓子をつまみながらぼんやりと考えていた。


「魔王様! 非常事態です! ついに奴らがこの城に……!」

 魔王の部屋に一体の魔物が入ってきた。筋肉質の人間のような姿をしているが肌は紫色。頭には一本の角が生えている。全裸のような恰好をしているが、褌くらいは身に着けている。

 その魔物は魔王に非常事態を告げるとすぐに事切れた。

 ――ついに奴らが来たか。

 魔王は覚悟を決めた。


 魔王の部屋に四人組が入ってきた。

「誰だ!! 貴様らはーーーっ!!」

 魔王は驚きのあまり叫び声を上げた。

 この四人が魔王討伐チームのメンバーであることは想像が付く。しかし、部下から教えてもらった姿とあまりにも違いすぎる。

「我が名はンテャト!」

 鎧から蜥蜴のような腕を覗かせた蠅のような頭の男が名乗った。

 ――これが勇者ンテャト?

 魔王が心の中で呟く。あまりの変貌ぶりに驚きを隠せない。

「俺はゴリラウォール!」

 大男が甲冑を身に着けたような姿をしているが、甲冑の中は殆ど透明で、がらんどうになっているように見える。目を凝らすと、うっすらとした透明に近い顔がある事がわかる。

「わたしはュヨャッテ!」

 人の胴体程もある頭の両脇には千手観音のように無数の腕が生えている。胴体は見当たらず、顎にスカートが付いておりそこから足が覗いている。

「私はヤーブクリニック!」

 水晶玉を頂に載せた杖は自立していた。しかもしゃべった! 「どうなっているんだ?」と魔王は思った。

「ちょっといいか? 貴様ら。まずわしに質問させろ」

「何だ?」

「何故、こんな姿になったのだ?」

 未だに驚きを隠せない魔王がンテャト達に尋ねる。

「蘇生を繰り返したら、このような姿になった」

「蘇生を繰り返す? なるほど、その副作用か」

 魔王はようやく腑に落ちた。

「勇者達よ。よくここまで来たahhiw9rr!$RHHT&I((&(I$'IE$"%YKIKJ&,./l@[@o-*……ふぁかす」

 ――何だ今のは?

 ――まさか、これも主神が定めたルールか?

 ――魔物の王であるわしも主神の定めには逆らえない。

 ――”ふぁかす”……”Fuck ass”……”Fuck you asshole”……確かに魔王らしいセリフかもしれんな。

 自分で言ったセリフが不可解なものになっている事に魔王は動揺したが、何とか気を落ち着けさせる。


 ――何だ今のは? 禁断の呪文か?

 ンテャト達も動揺した。しかし何も起こらなかった。

「魔王ゴッダマーラ! ついに貴様UTMYWR4tu94ueh90u490_?+OI.:~{=@'$%……うんこちんちん」

 ――何が起こった? 我がセリフまでおかしくなるとは……

 ンテャトも自分のセリフが不可解なものになっている事に動揺した。


 ――勇者達も同じようだな。それにしても”うんこちんちん”……うんこは不浄な物の代表。ちんちんは魔羅。魔の中の魔。わしにとっては褒め言葉ではないか。

 ほくそ笑む魔王。ンテャト達は身構える。

「勇者達よ! つべこべ言わずかかってこい!」

 ――わしも勇者達も主神の定めには逆らえない。

 諦観の境地に達した魔王は啖呵を切った。

 剣を抜き、魔王に飛びかかるンテャト達! 迎え撃つ魔王!






 しかし、この瞬間、世界中の時が止まった。これも主神が定めたルールである。

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