第6話 女子会

「ビールOK、チューハイOK、つまみもポテト、ミックスナッツ、ビーフジャーキーと、そうだお魚ソーセージあったな」

 今日は製薬会社でMRをやってる須田佳代すだかよの声掛けで、日赤病院で看護師をしてる山崎楓やまさきかえでと三人でバーチャル飲み会だ。

 二人とは高校の同級生で、共に吹奏楽部で青春を共にした同士だ。今も道は違えど交流は続いている。ただ二人とも、とっても多忙な職業についてるので、時間に余裕が効く私と違って、スケジュールがなかなか一致しない。

 佳代なんて入社してすぐに秋田県に送られ、三年間秋田県の病院という病院を車で回った強者だ。去年の秋にようやく東京に復帰したと思ったら、春先からのコロナの出現で、またもや対面では会えない状況と成った。

 ただ、佳代が秋田にいた頃からバーチャル飲み会は行っていたので、今はこれしか交流手段がなくても特に不自由は感じない。


 ラインで送られたURLをクリックして、自分のカメラ映像を表示する。寝ぐせなどがついてないか確認して、画面の確認ボタンを押すと、ミーティングが開始された。

――美紀、楓、久しぶりー。元気にしてる~

 いつもながら佳代の元気のよい声が開始の合図だ。

「元気だよ~」

 と、必要以上に大声で答える。

――楓も元気?

 佳代が営業で身に付けたとびきりのスマイルを画面に映すと、楓も笑顔に成る。

――佳代の顔見たら元気に成ったわ。

 楓は元々よく気が付き優しい性格だ。看護師に成ったのもコードブルーを観て、比嘉愛未に感動したからだ。新垣結衣ではないところが、楓の性格をよく表わしている。

――じゃあ、まずは乾杯しよう。

 各自、スクリーンの前に、缶ビールを突き出す。

――では、不肖須田佳代が音頭を取らせていただきます。今年はたいへんな年でしたが、みんなお疲れさまでした。来年も負けずに頑張ろう。乾杯!

「乾杯!」

 発声と共にビールをぐいっと飲む。アルコールが体中を駆け巡る感覚が心地よい。


――今年はコロナにやられたねぇ。やっぱり楓が一番大変だった?

――もう戦争だよ。特に夏なんて防護服にマスクだから、長時間蒸し風呂に入ってるようだった。

――一時期感染者も減ったのにねぇ。

――緊急事態宣言が解除されたらすぐ緩んじゃったね。

――そうそう、仕事はしかたないとしても、夜の街もすぐに人が戻ったし。

 耳が痛かった。自分は当事者であることを強く自覚する。もちろん、これだけは二人に言えないが。

――美紀はどうなの? アパレルも影響受けたんじゃない。

「お客さんは激減したね。何よりも中国人が消えたのが痛かった」

――そうだよね。訪日外国人ゼロが続いたもんね。

 佳代が気の毒そうに顔を曇らす。

「そっちはどうなのよ? やっぱり製薬会社は追い風なの?」

――とんでもない! 美紀はニュース見てないの。今MRのリストラで全製薬会社が希望退職の真っ最中だよ。

 佳代の声は裏返っていた。

「うっ、面目ない。最近ネットを見ると感染の記事ばかりだから、見ないようにしてた」

――みんな大変なんだねぇ。なんか一斉に人生の転機に迫られてるって感じだね。

 穏やかだが重みのある楓の言葉に、全員次の言葉が出てこなかった。


 人生の転機、まさしくその通りだ。そこに至っても、私は真剣に将来を考えることから目を背けている。不思議なことに、多くの人からたくさんの言葉でそれを指摘されても、心はほとんど揺れなかったが、楓の一言は胸に突き刺さる。


「楓はこんな時期に酒飲んだり、接待を伴う飲食店に行く人間には怒ってるよね」

 私はあえて禁句を口にした。今日は楓に叱られたいと思ったのだ。

――第二波の最初の頃はそんな気持ちもあったな。

――最初はって、今は怒ってないの?

 佳代が眼を丸くして、画面上に顔を近づけて訊き返す。

――もちろん、看護師の中には怒ってる人はいるわ。でも最近は疲れて考えることを放棄してる人が多いわ。私はちょっと違うんだけど。

「楓はどういう風に考えてるの?」

――最近うちの病院の看護師がけっこう辞めるんだ。何が原因だろうって考えたら、コミュニケーションがないんだよね。看護師仲間はもちろん、患者さんとも先生ともそう。人間ってやっぱり心の底から笑い合ったり、怒ったりを他の人と共有しないとおかしく成るんだと思ったの。だから仲間と飲みに行ったり、接待のある飲食店行ったりする気持ちも分かるような気がする。もちろん肯定してるわけじゃないよ。私は医療に携わってるから。


 深いなんとも深い楓の言葉だった。私は涙腺が緩んで、鼻水迄出て来た。

――でもさー、ワクチンできるまではやっぱりそういうのはダメでしょう。高齢者は死んじゃうんだよ。それにウィルスも新しいのが出てくるかもしれないし。

 製薬会社勤務だけあって、佳代は厳しい。きっと会社でも徹底してるのだろう。

――それでね、社会の構造を変えるしかないと思うんだよ。政府の力でね。

「どう変えるの?」

――そういう歓楽的な特別地区を作るんだよ。そういう職業の人は全部集めてさ。遊びたい人もそこに住む。普通に暮らす人のところと行き来するときは、PCR検査して発症期間を経てから移動する。

「えー、仕事はどうするの」

――今は、たいていの職種はテレワークで何とかなってるんでしょう。人が介在しなくちゃいけない仕事はなるだけロボットに変える。そうすれば、人工呼吸器が必要な重症になる高齢者は守られるじゃない。

――すごいお金がかかるし、差別も起こりそう。

――もう差別なら生まれてるし、狂っちゃう人間だってたくさんいる。そういう世界になったんだから、根本的な考え方から変えなきゃダメでしょう。どうせ日本は国家としては大赤字なんだから、こういうときにいっぱい借金すればいいのよ。それに……

「それに何?」

――何か未来への解決策を打ち出さないと、我慢とか協力とかを期限なしで強いても、人の心は持たないと思う。希望が一番必要だと私は思うの。

「すごい、凄いよ楓! やっぱり希望だよね」


 所詮何の知識もない女三人の会話だ。政治家や専門家と呼ばれる人たちは、高尚な理屈でできない理由を並べ立てるのだろう。

 それでも私はそんな人たちよりも楓に希望を感じる。何かを守るときは性悪説でも、何かを変えるときには性善説じゃなければならない。


――ところでさ、今年はこんなだったし、やっぱり色っぽい話はないよね?

 難しい話に疲れたのか、佳代がいきなり振ってきた。

 無言になる。

――ねぇねぇ、来年は私たち二七だよ。結婚とかいかなくても、何もなくて大丈夫なの?

「佳代はあるの?」

 何気なく訊いてみたら返事がない。まさか……

――誕生日に誘われた。クリスマスも誘われてる。

「えー、どんなひと?」

 また一瞬沈黙があった。

――相手は五十才のおやじ。

「もしかして不倫?」

――バツニ

 なんてことだ。

「つき合うの?」

――まさか。

 ホッとした。

「そうだよね。冗談じゃないよね」

――でも、寂しさは埋まるよ。

 再び沈黙が流れる。

――いい悪いはないよね。若い子はチキンだし。

 楓が似合わない言葉を言ったので、思わず噴き出した。三人とも爆笑した。

――さっきの話じゃないけど、いろいろ変わってるね。一つのものさしじゃ測れない。

「でも佳代ダメだよ。さすがに受け止めきれない」

――大丈夫だよ。ちょっと寂しいときに埋めてもらうだけ。

 佳代は否定したが、何となく流れていく予感がした。

――一人で生きる人生はつまらないものね。

 楓の言葉が妙に心に響いた。

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