第5話 好きな理由
「ねぇ、いい加減にして。すごく困ったんだけど」
私は怒っていた。自分の生活領域に了解なく侵入されることが、これほど我慢ならないものとは想像すらしていなかった。
東山はでかい身体を小さくして、恐縮していることを表している。
「すいません。もう一回話したくて、つい暴走してしまいました」
「これ、見方によってはストーカーだよ。こんなことしたら嫌われるだけじゃない」
「本当に申し訳ないです。もう二度としません」
まったく、こっちは今生活をどうするかで、恋愛どころじゃないというのに。
「絶対に許さない。あんたとつき合うなんてありえないからね」
私は相手の要望を一刀両断にして、少し怒りが治まった。
落ち着いてよく見ると、東山はしょんぼりして、項垂れている。柴田にけしかけられて来たはいいが、怒られて拒絶されて元の消極的な奥手に戻ったようだ。
ここまで落ち込まれてしまうと、少し罪の意識が芽生えてくる。私も言い過ぎたかもしれないと思って反省した。
「とりあえず、食事しようか」
「はい」
東山はいそいそとメニューを渡してくる。
創作料理を看板にしてるだけあって、メニューは豊富だ。途端にお腹が空いて来る。
「さんまの炙りと茄子のジンジャーソース、カツオのたたき、エビとチーズのスティック春巻き、イカとタコとホタテのマリネ、若鶏モモ肉のスパイシーフライドチキン、それから鶏むね肉の自家製ハムもつけて」
東山は私のオーダーを懸命に注文用タブレットに入力している。
「飲み物はどうしますか?」
「ビールでいいわ」
これから美味しい料理が運ばれてくると思うと、少し機嫌が良く成った。
「ところで、あんたはなんで詩織さんじゃあダメなの」
東山は大きな身体をもじもじさせて、苦しそうな表情をしている。
私が最初に運ばれてきたカツオのたたきに箸をつけると、ようやく東山が口を開いた。
「ダメというわけじゃないですけど、詩織さんを見ていると姉のことを思い出しまして、何というか苦手なんです」
「お姉さん?」
私はちょっと興味が湧いた。このでかい図体をした一流企業に勤める男は、実は姉には頭が上がらないとは笑える。
「うちの田舎は新潟なんですが、その、母も姉も大きくて強くて、特に姉はしっかり者で、僕は大学に入るまでずっと姉の管理下にいました」
「ふーん、それは嫌だったの?」
「いえ、姉は女性としても素敵で優しいですし、頭も良くて間違ったことは言わないですから、頼りにはしてました」
――ふーむ、シスコンの
「だったら、お姉さんに似た詩織さんは悪くないでしょう」
また、東山が口を閉ざす。
その姿を見て、何となく自分の気持ちが分かった。
東山は自分に似ているのだ。嫌なことや苦手なこと、そして自分が困っていることを素直に口に出せない。心配して訊いてくる相手には、強がりを言って平気なフリをする。
そういう自分の嫌なところが、東山はそっくりだ。だから好きだと言われても素直に喜べない。
「ねぇ、あんたのテロのおかげで、私はこうやって食事につき合ってるんだよ。そうやってだんまりじゃあ、私も辛いと思わない」
私に怒られて、東山はハッとして顔をあげた。その後で
「すいません。でもそうなんです。姉も詩織さんも僕がこんな感じで、言えなくてもじもじすると、いいよと言って、逆に僕の気持ちを察して何かしてくれるんです。でも、僕は美紀さんみたいにズバッと怒ってくれる人の方がいいんです。そうすれば自分で考えて行動ができる」
「はあー」
――まったく、それって恋愛なの?
私は不機嫌さを押し殺すために、とりあえず食べた。いっぱい頼んだので食べるものはたくさんある。
食べながら、一般的な容姿や性格に対する誉め言葉を、少なからず期待していた自分に気づく。聞かなきゃ良かったと、少なからず後悔した。
「あの、何か機嫌を損ねるようなことを言いましたか?」
「別に」
「怒ってるようにみえますが」
「何で怒らなきゃいけないの。あんたは正直に答えたんでしょう」
「はい」
素直に肯定されて、また一段と腹がたった。
「とにかく、もう絶対に職場には来ないで!」
「分かりました」
「それから、あんたは一度詩織さんとデートしなさい。あんたが誘うんだよ」
私のおせっかいが始まった。
東山は目で拒否しているが、反抗して良いものか分からないのか、何も言わない。そんな様子を見て、更に言いたくなった。
「つきあってもみないで、お姉さんと一緒だから嫌だとか言われても、本人は納得しないって。今は向こうの方が好意を持ってるけど、あんたのことをよく知ったら嫌いになるかもしれないじゃない。そういうことから逃げる男を、私は基本的に嫌いなの」
東山の顔が急に明るくなった。
「それじゃあ、ちゃんと詩織さんとデートして、それでも美紀さんの方が良かったら、今度は美紀さんが本気でつきあってくれますか?」
なぜ私に対しては、こうもプラス思考なのか、そこが分からない。
「ちゃんとデートするんだよ。どんな感じか聞くからね。それでいい加減だったら、もう二度と口きかないから」
「分かりました」
まったくあきれるほど素直な男だ。
だがこれで、私にちょっかいを掛けてくることは、もうあるまい。
詩織本人は素晴らしい女性だ。一緒に居て嫌になる男がいるとは思えない。
そう思ったら急に、本当に詩織は東山が好きなのか心配になった。
考えてみたら、詩織に会ったのはあの飲み会一度きりだ。あのときはたまたま、詩織が東山に対して積極的に話しただけで、考えようによれば柴田が好きな美奈へのアシストだったのかもしれない。
頭の中がこんがらがってきた。今更訂正もできない。
――まあいい、もし違っても一緒に居たら詩織もその気になるかもしれない。
無理やりそういうことにして、楽観的に考えることにした。どうせ他人ごとだ。
あの場での私の直感を信じよう。
とにかく私は今、自分の人生を考え直す転機に来ているんだ。こいつにつきあっている暇はない。
なんとなくすっきりしたら、猛然と食欲が湧いてきた。
東山もそうなのか、旺盛に食べ始めた。その食欲に刺激を受け、また食欲が湧いてくる。
最初に頼んだ料理を二人で食べつくし、更に追加オーダーしてまた食った。
だんだんと空腹感が薄れてくる。満足感に包まれて、刺々しい気持ちが薄らいでくると、今更ながら自分は偉そうだったと反省する。
誰かとちゃんとつきあってもみないで、逃げてるのは私の方だ。ちゃんと人生を考える前に、自分の方が逃げている。
自己嫌悪で東山に対してちょっぴり優しくなる。
――あんたはちゃんと好きだと言ってくれる人に向き合って、幸せに成るんだよ!
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