第3話 告白

 店の前では、いつものようにカジさんが道行く人に呼び込みを掛けていた。

 柴田が来たのに気づき、大げさなジェスチャーで歓迎する。普段は店の中にいて、こんなカジさん見たことないので、素直に感動する。

「柴田さん、三名様でいらっしゃいました」

 エレベータを待ちながら、インカムで連絡する。


 店内に入ると、客としてエスコートされる。柴田は専用のボトルが入っているので、すぐに運ばれてくる。いつものように悠然としている柴田と違って、東山は前と同じように落ちつきがない。

 私は柴田と東山の間に座らされた。端の方で小さくなっていようと思っていたのに、何だかこそばゆい感じがする。


 マリエさんは他の指名が入っていて席につけないので、代わりにモモがやって来た。

 モモは私の二つ下で、夜一本で頑張っている子だ。それなりに接客も上手で、ヘルプについても上手にこなすが、そこは柴田の方が一枚上だった。最後はマリエさんの話になるのだが、そこまでの持って行き方がユーモラスで、笑い転げてるモモの方が接客されてるようだ。


 一方東山にはまだ入店して三か月のリカがついた。まだ二十才で夜は未経験の上に、新規の客がほとんど来ないから、ヘルプしか経験のないだ。

 当然、東山のような客についても、うまく話を盛り上げられない。モモと逆にするべきだったと思うが、付け回しのコウさんからすると、第一優先は柴田だったのだろう。

 今日は観察者として楽しむ予定だったが、ここはリカのために私も頑張ることにした。


「東山さんって、どんな女性がタイプなの?」

 まずは定番の質問から始める。

 ところが、意に反して東山は悩み始める。なかなか手ごわい男だ。

「なんか落ち着いた人が好きそう」

――リカちゃん、ナイスフォローだ。

「うーん、でも口数は多い人の方がいいかな。女性と話すのあんまり得意じゃないし」

 ようやく重い口が開き始めた。ここは畳みかけるべきだ。

「そうだよね。分かる! いつもはどんな話をするの?」

 訊きながら、一瞬彼女にふられた話が頭を過った。

「前の彼女とは温泉の話が多かったかな。俺、大学時代は温泉研究会だったんだ」

「えー私も好き。どこの温泉がいいの?」

――おお、無事に共通の話題が見つかった。

 二人の話が盛り上がり始めたので、一安心した。これでしばらくは見守ればいい。


 一生懸命に話している東山を改めて観察する。東山の一番の特徴は、一八〇センチを超える身長だ。私も女性にしては高い方で、一六五センチあるから高いヒールを履くと、普通の男だと、ほぼほぼ並んでしまう。だから東山のような長身の男だと、周囲の目に対して何となく安心できる。

 顔は普通かな。今どきの男のように手入れはあまりされてない。私はそこにはこだわらないが、髭が濃いのはちょっと苦手かな。逆に目が大きいのは好みだ。よく見ると男にしては長い睫毛をしている。


 それにしても、彼女の話は気の毒だった。相性の問題なんだろうが、東山のまじめさは知ってたはずだ。自粛を守って会えないからといって、同じ会社の男に乗り換えるあたり、この先ずっと付き合っても、いずれは別れたような気がする。

 リカも話が盛り上がって楽しそうな顔をしている。二十才という年齢に合った輝くような笑顔だ。まだ駆け引きとか意識しないで、東山の話に感情移入している様子が伝わって来る。こんな風に気持ちが素直に入るときは、相手に好意を感じてるときだ。その気持ちも伝わって、東山も好意を返し始めた。六才も年下のリカに対して、胸の奥でじりっと嫉妬の炎が揺らぐ。


 漸くマリエさんが登場する。柴田が照れたような表情に変わる。前から思っていたが、柴田はどこか子供っぽさが抜けないところがある。これも好き好きだが、私はもう少し大人びた感じが好きだ。

 こちらはもう完全にほっといた方がいい。私は東山のフォローを頑張ろう。


「ねぇ、ミサさん聞いてください。ハルさん私のこと気に入ったけど、場内指名はできないって言うんです。私は今日はずっとここにいたいのに」

 リカも必死だ。それも理解できる。とにかく今は新規の客が滅多に来ないから。

「えー入れてあげれば。リカちゃん可愛いでしょう。話も合ってたみたいだし」

 私もフォローしようと軽く勧めてみる。

 意外なことに東山は血相を変えて私に反論して来た。

「そんなことはできませんよ。だって、以前ミサさんを指名したじゃないですか。それにラインだって交換してる」

――そこに拘っていたのか。

「大丈夫だよ。場内指名しても、その日限りにしたっていいんだから」

「そうなんですか」

 急に納得したような顔に成る。

 リカとしては本当は次の本指名が欲しいのだろうが、とりあえずは次のヘルプの声が掛かるまで、待機するよりはましなはずだ。リカの方が若くて可愛いのに、律儀な奴だと感心する。


 二回目の延長が終わり十二時を回った頃、やっと柴田が帰ろうと切り出した。東山はもちろん、私もかなり飲み疲れてしまって異存はない。

 帰りのエレベーターホール迄、マリエさんとリカが送り出してくれた。エレベーターのドアが閉まると、柴田が少し切なそうな顔をしている。

「もう一時間だけ飲んでいかないか?」

 地上に降りたところで柴田が切り出してきた。何となく柴田の寂しそうな顔が気に成って「いいよ」と答えた。もちろん東山は柴田に従う。

 私たちは遅くまで営業しているバーに入った。


 私は再びウォッカトニックを、二人はバーボンをロックでオーダーした。

「ねぇ、二人は気づいてる?」

「何をだ」

 柴田が怪訝そうに訊き返してきた。

「最初に会社の人と飲んだとき、二人に対して好意を持ってる女性がいたよね」

「誰?」

 東山が興味津々で乗ってきた。

「柴田さんに対しては美奈さんでしょう。東山さんには詩織さん」

 二人とも複雑な表情を浮かべる。

「やっぱり柴田さんはスレンダーで胸無しがいいんだ」

 私は柴田の好みに対しては確信した。

「どうしてそう思う?」

 柴田が不思議そうな顔をする。

「だって美奈さんがピンと来なくて、マリエさんが好きだったら間違いなくそうじゃない」

 柴田がフフっと笑う。

「確かにマリエは胸ないけど、そういうのは会社にだっていっぱいいる。その中の何人かは俺に好意を持ってることも知っている」

「えーそうなの。じゃああんまり顔が良くないの?」

「お前、俺のことモテないと思っているだろう」

 私の失礼な発言に、柴田は怒るというよりも、愉快そうだった。

「モテるの?」

 私が突っ込むと、東山が柴田の代わりに答えた。

「柴田さんはモテますよ。営業部のエースだし、面倒見いいし」

「じゃあ、なんでキャバクラ通ってるの?」

 私は一番気に成ることを、思い切って訊いてみた。

「結婚したい相手がマリエだからだよ」

「嘘!」

 思わず本音が出た。会社でもモテるのに、なぜわざわざ結婚相手を夜の街に求めるのか、理解できなかった。

「まあ、俺には俺の事情があるんだ。それよりも青田がハルに好意を持ってるってのは確かか」


 もう少し柴田の事情に突っ込みを入れたかったが、とりあえず東山の話を片付けることにした。

「間違いないと思う。私の目は確かだよ。逆に気づかない方がおかしいよ」

「そうか、あの青田がなぁ。でも、青田の方が一つ上だよな」

「はい、そうです」

「関係ないじゃない。青田さんすごく人気あるんじゃない」

「あるなぁ。今一番人気あるんじゃないか」

「北さんも詩織さんのこと好きでしょう?」

「それは何回かきいたことあるなぁ。確か一度コクってフラれてるはずだ」

「分かる。何となく詩織さんの好みじゃないよ」

「お前よく分かるなぁ」

「何となく、分かるんだよ。特に女の方の気持ちは。ほら東山さんは新しい彼女作るチャンスだよ」

「そう言われてもなぁ」

「えっ、何、自信ないの? 大丈夫だよ、告白したら受け入れられるって」

「そうじゃなくて、今日別に好きな人ができたから」

「えっ誰? もしかしてリカちゃん?」

「ううん、目の前にいるよ」

「私?」

 突然、言葉を無くした。この人たちの考えてることが理解できない。

「そうだよ。ダメかなぁ」

 大人しそうに見えて、意外と押してくる。私はからかわれているような気がして、腹が立って来た。

「私ならすぐやれそうに見えるから?」

 ダメだ、自分で何を言ってるのか分からなくなってきた。

「はっ? 何言ってんの? 僕がそんな風に見えるの?」

 東山は少し怒っている。

「俺も今の発言は酷いと思うぞ」

 柴田にも怒られた。

「ごめんなさい。ちょっと慣れない状況だったんで」

――これは喜ぶべき状況なんだろうか?

――いや絶対に違う。

 私は自分の仕事が消滅しそうなときに、とてつもなくめんどくさいことに、巻き込まれようとしている予感に頭がくらくらした。

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