おでんを作ろう

惟風

おでんを作ろう

 日曜日。

 二度寝をしてからのんびり起きたら寒かったので、おでんを作ることにした。

 と言っても、料理なんてせいぜいうどんやパスタを茹でるくらいしかしたことが無いから、何をどうすれば良いかわからない。

 ただ、市販のうどんスープに「おでんを作ることも出来ます」というようなことが記載してあったので、具材さえ揃えてしまえば何とかなるだろうと思う。

 軽くパンをかじって、早速買い出しに行く。

 外は抜けるような青空で天気は良いが、いや、良いからなのか、ひどく冷える。

 近所のスーパーに歩いて向かいながら、何を買おうか考える。とりあえず、玉子と蒟蒻は外せない。

 実家では他に何が入っていただろうか。家事嫌いの母が極たまに気まぐれに作っていた気がするが、どんな味だったか覚えていない。もう何年もまともに会っていないから、今更聞くのも憚られる。

 地元を出て就職するのを反対され、強引に家を出てから疎遠になった。年賀状くらいは向こうからくるが、返したことはない。


 結局あまり決められないまま、スーパーに着いてしまった。

 練り物の売り場に行くと、一人暮らしの自分のような人間向けにおでん種を少量ずつ詰め合わせたセットが並んでいた。出汁も一緒に付いていて、これさえ買えば済みそうだ。

 だが、中身を良く見てみると、自分の嫌いな大根やごぼ天が入っていてどうにも気に入らない。

 母も入れていなかったように思う。

 やはり好きな物を選んで買って帰るか。

 スマホでネットレシピを参照しながら、うずらの卵やウインナーの入った練り物と下茹で済みの牛すじ肉を購入した。

 休日のスーパーは、人が多かった。

 家族連れの賑やかな買い物客達を横目に見ながら袋詰めをしていく。

 昔は、母とスーパーに行くとお菓子売り場に張り付いていたものだ。たまに買ってもらえた物を美味しいと言うと、しばらくずっと同じものを買って来られて辟易した。飽きて嫌になるくらいまでそれが続いた。

 もういらない、食べない、と言った時、母がどんな表情をしていたか。思い出せない。


 帰宅してから、早速湯を沸かす。ゆで卵を作って、蒟蒻もアク抜きをしなければいけない。

 練り物は油抜きというものをした方が良いらしい。熱湯をさっとかけるくらいでいいだろうか。とにかく湯が要るな。

 狭い1Kの部屋の温度と湿度が一気に高くなった。暖房と加湿器代わりになってちょうど良い。

 実家では、もう石油ストーブは出しただろうか。何故か今日は母のことばかり考える。


 自分で作ろうと思い立った時は、好きな具材を適当に煮込むだけで手軽に出来上がると思っていたのに、案外手間がかかった。

 慣れない手つきで細々とした下拵えを終えて、出汁と一緒に煮込んで、やっと体裁が整った。

 もう日が傾きはじめている。空腹に耐えかねてつまんでみたが、どうにも味がぼやけている気がする。本当に自分は料理というものがよくわかっていない。

 ネットをいくつか覗いて、煮込み料理は冷める間に味が染みて美味しくなる、ということを知った。


 洗い物を片付けて一息つき、スマホのホーム画面を見つめる。少しの間、考える。

 軽く息を吐いて、アドレス帳の懐かしい名前をタップし、耳にあてる。しばらくしてコール音が聞こえる。


 おでんが良い感じに美味くなるまでに、仲直りできるだろうか。

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