第10話 「華麗なる萬★ジョン次郎先生」とSNS
今日も、手土産を片手に友人の家を訪ねた。
そして、インターホンでいつもの会話をして、花と食虫植物と写真が飾られた玄関を上がり、二階の部屋の前へ辿り着く。
「『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「うむ、入ってくれたまえ」
それから、お決まりのやり取りをして、扉を開ける。
扉を開けると、薄幸そうな未亡人っぽい見た目の女性がノートパソコンを覗き込んでいた。
コイツこそが私の高校時代からの友人、立花ゆかり、もとい、自称Web小説家の「華麗なる萬★ジョン次郎先生」だ。
そんな「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は回転椅子を回すと、こちらに笑顔を向けた。
「やあ、真由美、調子はどうだい?」
「毎度代わりなくボチボチだよ。そっちの方は?」
「ふっふっふ、聞いてくれ、この間ついに一日にして閲覧者数三百人を記録したぞ!」
「おお! やったじゃん! 今までの最高記録だよね?」
「ああ、そのとおりだ! まあ、大御所に比べれば、まだまだ全然少ないがな」
そう言いながらも、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は嬉しそうだった。
「真由美と色々話していたおかげだよ、ありがとう」
「いやいや、それは『華麗なる萬★ジョン次郎先生』が頑張ったからだよ。あんまり乗り気じゃなかったのに『悪役令嬢もの』、よく書けたね」
「ああ、いっそのことコメディに振り切ってしまったら、結構楽しんで書けたぞ」
「それはなによりだね」
「ただ、ちょっと問題もあってな……」
「問題?」
「ああ、嬉しさのあまりSNSで、『作品を見てくれた方々ありがとう』、的な発言をしてしまったのだが……これを見てくれ」
そう言って、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」ノートパソコンを差し出した。そこには、またしてもSNSの画面が表示されていた。
「えーと、なになに……、『テンプレートと長文タイトルで、実力もないのに一瞬だけ閲覧者数稼いで楽しいですか?』、何なの、コイツ?」
「さあ……、どうやら相互フォローの関係にある人ではあるみたいだ」
「あるみたいだ、ってどういうことよ?」
「このコメントをいただくまで、言葉を交わしたことすらなかったから……」
「ああ、人が少しでも前進するのが嫌いな人か。私、そういう奴、嫌いだな」
「まあ、そういう方に愛情をそそげるのは、ものすごく奇特な方だけだと思うよ」
「あー、うん、そうだね。ともかく、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、こんな奴のこと気にしちゃ駄目だよ!」
「あ、いや、さして気にしてはいなかったんだが、疑問系のコメントだったから、『うん、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』今、めっちゃ楽しい! いえーい!』って返信をしたよ」
「……本当だ。相変わらず、強メンタルだね」
「ふっふっふ、そうだろう! どんどん見習ってくれていいのだよ?」
「あー、うん、そうだねー」
「なんだか、冷たいな……」
「気のせい、気のせい。それで、これからこの人どうす……あれ? 急にコメント見られなくなったんだけど?」
「ああ、どうやらブロックされてしまったみたいだね」
そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は深いため息を吐いた。
「彼か彼女かは分からなかったが、せっかくの相互フォローならこんな不毛な会話ではなく、好きなどんぐりについて語り合いたかったよ」
「好きなどんぐりについての会話が不毛じゃないかどうかはともかく、まあ、はじめての会話がこれっていうのは、ちょっと悲しいよね」
「だよなぁ……」
「ねぇ……ん? また、コメントがついた」
私の言葉に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は、なぜか楽しげな表情を浮かべた。
「お、今度はどんな罵詈雑言だい?」
「罵詈雑言と決めつけるのは、どうかと思うけれど、なになに……、『世の中がこんな状況なのに小説の閲覧数ごときで楽しめるなんて、さぞ恵まれた環境にいるんでしょうね』」
「ははは、これは中々手厳しいね」
「……ねえ、コイツの家特定して、殴りに行っていい?」
「ほらほら、本人を差し置いてそうカッカしないでくれ。返信は打っておくから。えーと、『大分イライラしているようだが、大丈夫かい? この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』の母乳で良ければ吸いに来てもかまわないよ』、でいいか」
「……なんて返信してるのよ」
「ああ、いや、このくらい突拍子もない返信をすれば……、あ、ほら、『もう馬鹿とはつきあってられない、勝手に喚いてろ』、という返信が来て……すぐ消えてしまったよ。これはこれは、超・悲しいねぇ」
「全然、悲しそうに見えないけどね……」
「おや、そうかな?」
「そうだよ。ところで、SNS関連でへこんだりしないの?」
「うーん、まあ、始めたばかりのころは、通りすがりの暴言に落ち込むこともあったよ」
「じゃあ、なんでここまで耐性がついたの?」
私の言葉に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は苦笑を浮かべて、首を軽く傾げた。
「ほら、私がWeb小説を始めたのも、SNSを始めたのも、あの人に見てもらえるかもしれないと思ったからだからさ」
「ああ……、うん、そうだったね……」
「そうそう。あの人、自分のために始めたことで私が悲しんだりしたら、きっと悲しむから」
「そっか……」
「うん、それに、来週は『あの日』でしょ? あの人が帰って来るっていうのに、小さなことで悲しんでられないよ」
「……うん! そうだね!」
「でしょ!」
ゆかりはそう言うと、満面の笑みを浮かべた。
「さて、来週は私と真由美とあの人の三人で、再会のお祝い会をしなきゃいけないから……お茶でも飲みながら、メニューの検討でもしない?」
「うん、そうしよう! 今日は、ミルクレープ持ってきたよ!」
「本当!? じゃあ、早速お茶にしよう!」
そう言って、ゆかりは足取り軽く部屋を出ていった。
大丈夫、来週にはきっと……じゃなくて、絶対に、ゆかりの旦那さんが帰って来るんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます