第2話 「華麗なる萬★ジョン次郎先生」とパーティー追放ざまぁもの
今日もまた、手土産を片手に友人の家を訪れていた。
インターホンを押すと、スピーカーからはプツリという音が響く。
「ああ、真由美だね。鍵は開いているから、遠慮なく入ってくれたまえ」
「はーい、じゃあお邪魔しまーす」
「うむ。待っているぞ」
偉そうな返事のあと、再びプツリという音が響いた。
それから、鍵のかかっていない扉を開け、花と写真が飾られた玄関を上がり、二階の部屋まで足を進める。
「『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「うむ、入ってくれたまえ」
ふざけた名前を呼びかけると、部屋の扉から満足げな声が返ってくる。
扉を開けると、薄幸そうな未亡人っぽい見た目の女性がノートパソコンを覗き込んでいた。
コイツこそが私の高校時代からの友人、立花ゆかり、もとい、自称Web小説家の「華麗なる萬★ジョン次郎先生」だ。
部屋の中に入ると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は回転椅子を回して、こちらに笑顔を向けた。
「やあ、真由美。元気にしていたかい?」
「まあ、ボチボチってとこだね。そっちの方は?」
「ふふふ、うだつがキャンノットライズといったところだね」
「つまり、相変わらずの感じか」
「まあ、そういうことだね」
相変わらずののんきな口調で、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は答えた。
……先週の話だと、真面目に読者を増やそうとする気はある、という話をしていたはず。
それなのに、昨夜公開された最新作は、長文どころか「ちり紙」という、たった三文字のタイトルだった。しかも、内容も、鼻の穴にティッシュペーパーが詰まって眠れなくなった、という非常にわけの分からない話だったっけか……
「おや? 真由美、そんなに脱力した顔をして、一体どうしたんだい?」
「別に……ところで、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』はどんな話が流行っているかとか、そういう研究はしてないの?」
「もちろんしているさ! 今日もついさっきまで、各種投稿サイトのランキング上位作品のタイトル、あらすじ、第三話までを読んでいたところだよ」
「ふーん。相変わらず、ちゃんと研究だけはしてるんだ」
「ああ、意外とちゃんとしているぞ。ちなみに、昨今は『パーティー追放ざまぁもの』というジャンルが流行っているぞ」
「それって、どんな話なの?」
「ファンタジーな世界の中で、『僕(私)は本当はすごい人間なのに、周りの見る目がない人たちが認めてくれないからいけないんだ』、というテーマに沿って進んでいく物語群だね」
「へー、そうなんだ」
「そして、そういったジャンルの流行をあまり面白く思わない方々は、『僕(私)の作品は本当は面白いのに、周りの見る目がない読者たちが読んでくれないのがいけないんだ』、という言葉を口にして憤慨しているね」
「なにそれ、地獄かな?」
思わず問い返すと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は苦笑を浮かべて首を傾げた。
「まあ、傍目から見ている分には、どちらも面白い、と思うのだよ?」
「面白がるのはどうかと思うよ……」
「そうか、真由美がそう言うのならば、面白がるのは自重しよう」
どこか他人事のように、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はそう言った。
うだつが上がらないという自覚があるなら、もうちょっと当事者意識を持った方が良いと思うんだけど……。
「ん? 真由美、どうしたんだ? 河童がバタフライで泳いでいるところに遭遇したような顔をして」
「どんな顔よそれは……まあ、その話は置いておいて、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』はどっちなの?」
「どっち、というのは?」
「ほら、その流行ジャンルを迎合する方なの? それとも、否定する方なの?」
私が尋ねると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は、なぜか勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「ふふふ、どっちもなにも、彼らの根本にあるのは、『上手くいかないのは自分じゃなくて周りのせいだ』、という同じ考えなのだよ」
「そう言い切るのはどうかと思うけど……、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」の頭の中では、そういうことになってるのね」
「まあ、我ながら極論にして曲論だろうとは、思っているのだけどね」
「なんなのよ、その『きょくろんにしてきょくろん』てのは……」
「ふっふっふ、ウィットに富んだ言葉遊びなのだよ」
「ああ、そうなんですかー。へー、すごーい」
「なんだか、反応が冷たい……」
「気のせい気のせい。ともかく、『上手くいかないのは自分じゃなくて周りのせいだ』、って考え方を否定するのか、肯定するのかでいったら、どっちなのよ?」
「そうだね……こんなご時世だし、全て周りがいけないんだ、って思いたくなる気持ちは、すごくよく分かるよ」
ゆかりはそう言うと、回転椅子を回して窓の方を向けいた。窓の外では、ヘリコプターが灰色の空の中を飛んでいる。
「ただ、『自分が何かをすれば、まだいろんなことがどうにかなるかもしれない』、って気持ちも捨てたくないかな」
……うん。
その言葉が聞けて良かった。
「……よし! それじゃあ、手土産に持ってきた芋羊羹を食べながら、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』が今後何をすべきなのか、一緒に話し合いませんこと?」
おどけた調子で提案してみると、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は椅子を回してこちらに笑顔を向けた。
「それは素晴らしい考えだ! それでは、早速、特級品の緑茶を用意しよう!」
回転椅子から飛び降りた『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は、鼻歌まじりに意気揚々と部屋を出ていった。
本人がまだ希望を捨てていないのなら、特級品の緑茶とやらをいただきながら、あれこれ対策を話し合うことにしましょうか。
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