「華麗なる萬★ジョン次郎先生」と私~今日もちょっとだけ不穏な世界でWeb小説家の友人とグダグダとだべってます~
鯨井イルカ
第1話 「華麗なる萬★ジョン次郎先生」とタイトル
東京から電車で一時間ほどの、とあるのどかな住宅街。その中にある一軒の建売住宅に、高校時代からの友人が住んでいる。
そいつと出会ってからそろそろ二十年近く経つけれど、今でも週に一回は会って下らない話に花を咲かせている。
というわけで、今日も手土産を片手に家を訪ねて、インターホンを鳴らした。そうすると、スピーカーからプツリという音が聞こえてきた。
「ああ、真由美だね。鍵は開けてあるから、遠慮なく入ってきてくれ」
「じゃあ、お言葉に甘えて勝手に入るわ」
「ああ、そうしてくれたまえ」
偉そうな返事のあと、再びプツリという音が響いた。
少し前までは、玄関の鍵は閉めろ、という当たり前なお説教もしていた。でも、何度言ってもきいてくれないから、もうそのままにしている。それでも、本当はもうちょっとくらい、用心してほしいんだけどな……。
不用心さに呆れながら、花や写真が飾られた玄関を上がり、アイツが待っている二階の部屋へと足を進めた。
「ゆかり、入って大丈夫?」
部屋の扉をノックしながら声をかけると、ふふふ、という笑い声が聞こえて来た。そして――
「おやおや、ここには、『ゆかり』なんて奴はいないよ?」
――なんとも面倒くさい答えも聞こえてきた。
中学二年生時代なんて、とうの昔に過ぎ去った過去だというのに、コイツは……。でも、まあ、今日もつきあってあげるとしましょうか。
「大変失礼いたしました。『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、お部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「うむ、入ってくれたまえ」
偉そうな返事を受けて、ため息を吐きながら扉を開ける。
部屋の中では、黒いワンピースを着たまとめ髪の女性がノートパソコンを覗き込んでいる。彼女は回転椅子を回して、満面の笑みを私に向けた。
「やあ! 親愛なる友人の真由美よ! 今日も会いたかったよ!」
それから、両手を広げながら、ものすごく大げさなセリフを言い放った。
……コイツこそが高校時代からの友人、立花 ゆかり、もとい、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」だ。
ちなみに、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」というのは、いわゆるペンネームで、「華麗なる」から「先生」までで正式名称らしい。
ゆかりは数年前からWeb小説家を自称しだし、日常生活でもペンネームで呼ばないと取り合ってくれなくなった。まあ、今交流があるのは私くらいだから、日常的にペンネームを名乗っていても、本人としては別に不便はないのかもしれない。
ただ、薄幸な未亡人っぽい見た目の人物に向かってこのふざけたペンネームを口にすると、毎回かなり脱力する。もうちょっと、自分に似合う名前をつければ良かったのに……。
「おや、どうしたんだい? この、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』の顔に何かついているのかな?」
「別に、薄幸そうな泣きぼくろ以外、何もついてないよ。それより、最近Web小説の調子はどうなの?」
「ふふふ、まあ、ドントクライアンドドントフライといったところだね」
「つまり、鳴かず飛ばず、と」
「まあ、そういうことだね」
のんきな言葉に、思わずこっちがため息を吐いてしまった。
ゆかり、もとい、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」の書く話というのは、やれ冷蔵庫に現れた右腕と恋をする話だの、やれ蠱毒を勝ち上がったカミキリ虫と恋をする話だの、頭のネジを数本吹っ飛ばしたような内容ばかりだ。Web小説にはあまり詳しくないけれど、読者が集まる話だとは到底思えない。
「はてさて、なんでこうなるのだろうか?」
心底不思議そうに傾げながら、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はそう呟いた。
「えーと、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、真面目に読者を増やそうという気はあるの?」
「ああ、もちろんあるとも!」
「なら、もう少し業界研究みたいなことをしてみたら?」
「ふふふ、もちろんしているさ。昨今はな、作品のタイトルを長めにすると、各種検索に引っかかって読者……というか閲覧者が増えやすいそうだよ」
「読者と閲覧者って、何か違うの?」
「えーと、まあ色々あるけど……、ニュアンスがちょっと違うくらいだと、思っていてくれたまえ」
「ふーん、そっか。まあ、ただ、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』の場合、タイトルよりも内容を見直した方がいい気がするけど……、とりあえず、研究みたいなことはしてるんだ」
「ああ。そうだとも」
得意げな表情で胸を張ったあと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は急にションボリとした表情を浮かべた。
「どうしたのよ? 急に、そんなしょぼくれた顔して」
「実はな、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』も、そんな長文タイトルに挑戦してみようと思ったんだよ」
「へー、そうだったんだ」
「ああ。それで、タイトル文字数の上限でどこまでの情報が入るのか確かめるため、桃太郎の話を書き込んでみたのだ……」
「また、そんな不毛なことして……」
「ははは、真由美は手厳しいね。でも、ちょっと気になるだろう?」
「まあ、たしかに……、それで、どのあたりまで入ったの?」
「うむ、今実験している投稿サイトだと、桃がドンブラコッコするあたりまで書けたよ」
「ふーん、そうなんだ」
「ああ、そうなのだ。それで、この結果を忘れないように、本文のところに『タイトルには桃がドンブラコッコするあたりまでを書ける』って書いて保存をした……つもりになっていたんだ」
「つもりってことは……、間違えて公開しちゃったの?」
「ああ、そうなんだよ」
「それで、へこんでいるのか」
私の言葉に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は目を伏せて首を横に振った。
「いや、そういうわけじゃないのだよ」
「え? 違うの?」
「ああ、間違って公開したことについては、『実験してたら間違えて公開しちゃいましたてへ』、って活動報告とか作者近況に書いて終わらせようと思ってたから」
「それはまた、強メンタルね……、でも、それならなんでよ?」
「それがな、間違えて公開したのが二時間前くらいだったんだが……二時間の閲覧者数が千人を超えてしまってな……」
「え!? ひょっとして、それって……」
「……ああ。この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』の作品の中で、最高記録なのだ」
「たしかに、よりによってミスで公開したメモが最高記録になったら、へこむよね……」
「……そうなのだよ」
深いため息を吐いてから、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は頬を掻いた。
「さすがに、このまま放っておいて、どこまで閲覧者数が伸びるか実験するのは、よくないよな……」
「うん、絶対に何かが炎上するから、やめときな」
「そうだよなぁ……」
「そうそう。だから、ほら、早めに公開停止にして、『実験してたら間違えて公開しちゃいましたてへ』、書いときなよ」
「ああ、まったくもって、真由美の言うとおりだな……」
名残惜しそうにそう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はパソコンを操作して、桃がドンブラコッコするあたりまでが書かれたタイトルの作品を公開停止にした。それから、活動報告というページに、「実験してたら間違えて公開しちゃいましたてへ」、と書き込んだ。
「上手くいけば、悲願の一日にして閲覧者数一万人が、達成できたかもしれなかったのになぁ」
パソコンから顔を上げた「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は、残念そうにため息を吐いた。まあ、沢山の人に読まれることを目指してるってことだから、残念がる気持ちも分からなくはないけど……
「あの内容で、悲願を達成してどうするのよ……」
「まあ、たしかにそうだな……」
「そうそう。でも、タイトルだけでこんなに沢山の人に見られるなら、タイトルの付け方だけに力を入れてる人もいそうだね」
「まあ、そういう人も、一定数いるかもな」
「それって、なんだか本末転倒じゃない?」
「んー、まあ、そうかもしれないが……」
そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は回転椅子を回して、窓の方に顔を向けた。窓の外には、細長い雲が浮かぶ青空が広がっている。
「誰かに見つけてもらおうと必死になって色々することは、悪いことじゃないと思うよ」
ゆかりは窓の外を見つめたまま、呟くようにそう言った。
……きっと、「あの日」からのことを、思い出しているんだろう。
「……そっか。それじゃあ、タイトル云々の話はこのくらいにして、お茶にしませんか? 本日は『華麗なる萬★ジョン次郎先生』が好きな、きんつばをご用意いたしましたので」
「ほう、それは気が利くじゃないか! それでは、こちらは特級品の緑茶を用意しよう!」
仰々しくそう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は椅子から立ち上がり、スキップ気味に部屋を出ていった。へこみ具合に少し不安になったけれど、立ち直ってくれたのならなによりかな。
さて、それでは私も後に続いて、特級品の緑茶とやらをごちそうになるとしましょうか。
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