第13話 「華麗なる萬★ジョン次郎先生」と転生

 なんだかんだで、今日も手土産を片手に友人の家を訪ねた、インターホンを鳴らした。そうすると、スピーカーからプツリという音が聞こえてくる。


「ああ、真由美だね。鍵は開けてあるから、遠慮なく入ってきてくれ」


「じゃあ、お言葉に甘えて勝手に入るわ」


「ああ、そうしてくれたまえ」

 

 偉そうな返事のあと、再びプツリという音が響いた。

 それから、花と食虫植物と写真が飾られた玄関を上がり、アイツが待っている二階の部屋へと足を進め、扉をノックする。


「『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、お部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」


「うむ、入ってくれたまえ」


 ふざけた名前を呼びかけると、偉そうな口調で返事が来る。

 扉を開けると、薄幸そうな未亡人っぽい見た目の女性がノートパソコンを覗き込んでいた。


 コイツこそが私の高校時代からの友人、立花ゆかり、もとい、自称Web小説家の「華麗なる萬★ジョン次郎先生」だ。



「やあ、真由美、調子はどうだい?」


 その言葉と共に、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は回転椅子を回して、こちらに笑顔を向けた。


「まあ、ボチボチだね。それよりも、そっちは?」


「ふふふ、ライトオブデイを見ない感じだね」


「つまり、相変わらず日の目を見ない感じだと」


「まあ、そんなところだね」


 相変わらずのんきな口調で、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は答えた。

 先週はかなりへこんでいたから心配だったけど、どうにか持ちこたえたみたいで安心した。と、同時に、ものすごい脱力感に襲われた。


「おや? 真由美、どうしたんだい? ボタンを押すとへにゃッとする木の玩具みたいな感じになって」


「たとえが分かりにくい!」


「そうか、それはすまなかった」


「……まあ、それは置いておこうか。それよりも、せっかく閲覧者数が増えたのに、なんであの悪役令嬢もの終わらせちゃったのよ?」


 問いかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎」は、なぜか勝ち誇ったような表情を浮かべた。


「ふふふ、あれは元々あの話数で終わらせようと思っていたものだから、問題ないのだよ」


「たしかに、綺麗には終わってたけど……なんかもったいないなぁ……」


「そう言ってくれるなよ。やる気がないのに引き伸ばすのは、読んでくれる方々にも失礼だからね」


「そうかもしれないけれども、だからって次の話が、『女子中学生が漢詩で超常現象を解決する話』、っていうのはどうなのよ?」

 

「いやぁ、絶対に受けると思ったし、一部の方々からは、ありがたい評価をいただいているんだけどなぁ……」


 そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は、心底不思議そうに首を傾げた。むしろ、この状況を不思議そうにできる神経に、首を傾げたくなる。


「おや? 真由美、何か言いたげだね?」


「うん、とりあえずさ、またもう少し流行ってるジャンルの研究をして、それを取り入れてみたら?」


「ふむ、そうだな……ああ、そうだ!」


 不意に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は胸のあたりで手を叩いた。


「流行といえば、今はループものと転生ものを組み合わせたような作品も流行っているね」


「へー、それはどんな感じの話なの?」


「うん、悲劇的な結末を迎えてしまった主人公が記憶をもったまま生まれ直して、悲劇を回避しようとする物語だ」


「ああ、それは面白そうだね」


「だろ? まあ、ただ流行というよりも、王道って言った方が正しいのかもしれないな。なにせ、人生をやり直したいというのは五十年くらい前のフォークソングにも謳われているテーマだし、それにやはり五十年くらい前の青春SF小説から……」


「ストップ、何かものすごい長い話になりそうだから、一旦落ち着いて」


 私の言葉に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はハッとした表情を浮かべた。


「……すまない、真由美。どうも、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は、ループ物が非常に好きでね。それはもう、ホラーの次ぐらいに」


「あー、そういえば、高校のころ、そんな感じのゲームにもはまってたよね」


「ああ、そうなんだ。こう、打ちのめされても諦めずに運命に立ち向かっていく話って、燃えないかい?」


「たしかに」


「……だろ?」


 そう問い返しながら、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は、どことなく淋しそうに微笑んだ。それから、回転椅子を回して、窓に顔を向けた。窓の外には、雲一つない青空が広がっている。


「私は、運命に耐えた結果死に際に少しだけ願いが叶って、『ほらこれでハッピーエンドだから、もう満足したでしょ?』って、得意げな顔で押しつけてくる話なんて、御免被りたいからね」


 ゆかりはハッキリとした口調でそう言った。

 それから、勢いよく回転椅子から立ち上がり――


「というわけで、これから『光の内側』へ、殴り込みにいこうと思うんだ」


 ――とんでもないことを笑顔で言い放った。


「な、ゆ、ゆかりっ!? アンタ、正気なの!?」


「ふっふっふ、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』こと立花ゆかりは、いつだって正真正銘の正気なのだよ! それに、『光の内側』から出ることは禁止されてるけど、入ることは別段禁止されてないだろ?」


 たしかに、ゆかりの言葉通りだった。

 実際に、「あの日」以降、「光の内側」へ入っていった人たちのことが、何度もニュースになっている。

 でも――


「――『あの日』以降、『光の内側』へ入った人って、誰も帰ってきてないんだよ!?」


「それも承知の上さ!」 


 ゆかりは、楽しげな笑顔のままで答えた。


「で、でも、そうしたら今書いてるWeb小説の続きは、どうなるのよ!?」


「ちっちっち、真由美よ、Web小説家たるもの、完結まで書きためてから公開するのが普通なのだよ? もちろん、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』もな!」


「アンタ今まで、そんな律儀なことしてなかったでしょ!」


「ああ、たしかにそうだが、今回は長期の留守になるだろうから、準備は万全だ!」


 そう言い放つ「華麗なる萬★ジョン次郎先生」の表情には、一切の迷いがなかった。

 この……、人の気も知らないで……


「……ごめんね、真由美。でもさ、人生に二回目はないんだ」


「……」


「だから、悔いが残らないように、できることは全部しておきたいんだよ」


「……」


「私ならきっと大丈夫だから、泣かない……」

「っざけんなよ! こるぅぁ!」

「……でっ!?」


 ……思わず、口調が母に見捨てられるほどの不良だったころに、戻ってしまった。

 ゆかりがかなり焦っているけど、もう、知ったことじゃない。


「何格好つけてやがるんだ!? あぁ!?」


「ご、ごめん……」


「私がダチをヤバい場所に一人で行かせるような、薄情な奴だと思ってんのか!? こら!?」


「それは思ってないけど……え? まさか、ついてくるつもり!?」


「当たりめぇだろ! そんで、二人でいつまでも嫁を待たせるろくでもない旦那、ぶん殴るぞ!」


「ぶ、ぶん殴るのはちょと……」


「じゃあ、旦那は置いといて、あのわけの分かんねぇ光る奴らをぶっ飛ばすぞ!」


「え、えーと、私としては、あの人ともう一度会えれば、『顔の見えない人たち』は、放っておいても……」


「ウダウダ抜かしてんじゃねぇ! 返事は、はい、か、イエス、だ!」


「い……いえす……」


 ゆかりは戸惑いながらも頷いた。

 よし、これで、了解は取れた。


「そんじゃ、土産に買ってきたティラミスでも食いながら、作戦会議すっぞ!」


「……ああ、そうしよう! それでは、こちらは特級品のエスプレッソを用意しようではないか!」


 そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は足取り軽やかに扉へ向かっていった。


「真由美、ありがとうね……」


 扉を開ける音に混じって、そんな声が聞こえた気がした。

 さて、我ながら無謀な提案をしてしまったけど……まあ、なんとかなるか。

 厨二病と不良のコンビは、往々にして最強なものなんだから。

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「華麗なる萬★ジョン次郎先生」と私~今日もちょっとだけ不穏な世界でWeb小説家の友人とグダグダとだべってます~ 鯨井イルカ @TanakaYoshio

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