第6話 「華麗なる萬★ジョン次郎先生」と創作論
今日も例によって例のごとく、手土産を片手に友人の家を訪ねた。
そして、インターホンでいつも通りの会話をして、花と写真が飾られた玄関を上がり、二階の部屋へ向かう。それから、扉をノックしていつも通りの声をかける。
「『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「うむ、入ってくれたまえ」
部屋の中ではいつも通り、薄幸そうな未亡人っぽい見た目の女性がノートパソコンを覗き込んでいた。
コイツこそが私の高校時代からの友人、立花ゆかり、もとい、自称Web小説家の「華麗なる萬★ジョン次郎先生」だ。
そして、いつも通り「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は回転椅子を回して、こちらに笑顔を向けた。
「やあ、真由美、調子はどうだい?」
「まあ、ボチボチだね。そっちは?」
「ふふふ、ビーほんのちょっぴりノウンといったところだね」
「つまり、相変わらずの知名度なのか」
「まあ、そんなところだね」
例によって例のごとく、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はのんきな口調でそう答えた。口では閲覧者数を増やしたいと言っているのに、相変わらずやる気が全く感じられない。
「ふーむ、なぜ閲覧者数が増えないのか、皆目見当もつかない」
「そうやってのんきに不思議がってないで、なんか実力をつける努力をしたら?」
呆れながら問いかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「ふふふ、真由美よ。実は、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』もそう思って、カルチャーセンターにでも行って小説講座を受けようとしたんだ」
「お、珍しく前向きかつ効果的そうなことをしてるんだ」
「ああ。ただ、この近くで開催されてる講座は、全部パートの時間帯と被ってしまっていてね」
「あー、それは、残念だね」
「だから、いわゆる創作論って奴を読んだりしてるんだ」
「創作論?」
「ああ、『Web小説を書くならこうした方が良い』という、アドバイスみたいなもんだね。そんなものが、SNSでドンブラコッコと流れてくるのだよ」
「へー、創作界隈って、そんな話題も流れてくるんだね」
「渾身のオノマトペをスルーしないでくれよ……」
「はいはい、ごめんごめん。それで、何か得るものはあったの?」
「うん。大いに参考になるのだよ。たとえば、縦書きのときと、横書きのときでは見やすい表示方法が違うとか」
「縦書きと横書き……ああ、たしかにそうかも。言われてみて、はじめて気がついたわ」
「ふっふっふ、そうだろ? そんな感じで、言われてみるとそのとおりだけど見落としがちな大事なことを、改めて気づかせてくれるんだ」
「それは結構ありがたいね」
「ああ、本当にありがたいよ。ただな……」
そこで言葉を止めると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は深いため息を吐いた。
「どうしたのよ? そんな、ウナギの骨が喉に刺さったような顔をして」
「ははは、それはひどい顔をしてしまったようだな。まあ、ともかく、これを見てくれ……」
そう言って差し出されたノートパソコンの画面を覗き込むと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」が宣伝等に使っているSNSが表示されていた。
「えーと、なになに……、『上から目線で偉そうなことを言うのは楽しそうですね』、『私はただ創作に悩んでいる人のことを思って発信してるんです』、『創作論って言ってるのにただの感想になってますよ。なにか客観的な証拠はあるんですか?』、『そうやって人の善意を素直に聞けないから、成功しないんじゃないですか?』、あー……」
「ふっふっふ、君の次のセリフは、『何これ、地獄かな?』と言う!」
「したり顔で、どっかで聞いたことのある言い回しをしながら、指をささないで。まあ、たしかにそう思ったけれども……」
「まあ、そう思うだろうね。ちなみに、このやり取りが発生したのが一ヶ月前だ」
「一ヶ月前……」
「ああ。その後、どちらかが創作論を発信して、どちらかがその創作論に反論して、さらにその反論に反論して……、という事態がほぼ毎日続いているのだよ……」
「そうなんだ……。でも、なんとういうか、こう、名前に『論』てつくものが、こんな殺伐とした感じでいいの?」
「そうだなぁ……、『論』という語を辞書で引くと『自分の意見』という意味と、『言い争うこと』という意味が見つかるから……、創作について自分の意見を口にして相手と言い争っているこの状況こそが、まさに『創作論』なのかもしれないな」
「それだと、なんだか、やるせないね」
「そうなんだよなぁ。二人ともこの『創作論』に短編小説一篇くらいの文字数を費やしてるから、双方の作品が好きな身としては、やるせないの一言につきるんだよ」
「あー、うん。私もファンだったら、ケンカに文字数使うくらいなら、何か小説書いてって思うよ」
「だよなぁ……」
そう呟くと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は再び深いため息を吐いた。
それから、椅子を回して窓に顔を向けた。窓の外は、一面白い霧に包まれている。
「私も、待ってる人を悲しませるようなことは、してほしくないし、したくないと思うよ」
ゆかりはそう言いながら、霧に包まれた外の景色を見つめていた。
きっと、待っている人のことを思っているんだろう。
「……うふふふふ! そう思っているのなら丁度良い! いつも私の到着を待っていてくれる『華麗なる萬★ジョン次郎先生』を悲しませないために、今日は美味しいあんパンを持ってきたわよ!」
おどけながら声をかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は勢いよく回転椅子を回した。
「それはありがたい! それでは、こちらは特級品のホットミルクを用意しよう!」
そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は立ち上がり、鼻歌交じりに部屋を出ていった。
あんパン一つでこんなに喜んでくれる相手を悲しませるなんて、私は絶対にしたくないかな。
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