第9話 「華麗なる萬★ジョン次郎先生」と悪役令嬢もの

今日もまた、手土産を片手に友人の家を訪ねた。

 そして、インターホンでいつもの会話をして、花と食虫植物と写真が飾られた玄関を上がり、二階の部屋の前へ辿り着く。


「『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」


「うむ、入ってくれたまえ」


 ふざけた名前を呼びかけながら扉をノックすると、いつものように偉そうな返事がくる。

  扉を開けると、薄幸そうな未亡人っぽい見た目の女性がノートパソコンを覗き込んでいた。


 コイツこそが私の高校時代からの友人、立花ゆかり、もとい、自称Web小説家の「華麗なる萬★ジョン次郎先生」だ。


 そんな「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は回転椅子を回すと、こちらに笑顔を向けた。


「やあ、真由美、調子はどうだい?」


「まあ、相変わらずボチボチだよ。そっちの方は?」


「ふふふ、とってもアンディスティングィシュな感じだね」


「つまり、相変わらずパッとしないわけか」


「まあ、そんなところだね」


 相変わらずのんきな口調で、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は答えた。そして、相変わらずその声には、切実さがまったく感じられない。


「ねえ、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は、本気で閲覧者数を増やすつもりがあるの?」


 問いかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はなぜか勝ち誇ったような表情を浮かべた。


「ふっふっふ、もちろんだとも! 閲覧者数を増やしたいというのは、全Web小説家の悲願だからな!」


「ならさ……、もうちょっと対策とかしないの?」


「対策というと?」


「流行のジャンルを書いてみるとか……、ほら、はやってる『悪役令嬢もの』だっけ? あれとか」


「『悪役令嬢もの』か……」


 そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は深いため息を吐いた。


「な、急におじいちゃんのヒジみたいな顔して、どうしたのよ?」


「ああ、すまない、それはシワシワな表情をしてしまっていたのだね。ただ、そのジャンルは、ちょっとな……」


「ちょっと、どうしたっていうの?」


「ふむ、そうだな……」


 そこで言葉を止めると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は腕と足を組んだ。


「たしかに、『悪役令嬢もの』というのは、『異世界チートもの』だとか、『パーティー追放ざまぁもの』に並んで、テンプレートが確立されていて書きやすいジャンルではあるな」


「ふーん、そうなんだ」


「ああ。まあ、極論すると、『フラれた主人公が、自分をふった相手より良い条件の人物に溺愛される』か、『フラれた主人公が、恋愛から解放されて趣味や仕事で自己実現をしていく』が、人気の二大テンプレートだ」


「へー。私は趣味とか仕事に走っていく話の方、ちょっと好きかもしれない」


「ああ、それなら各種サイトで、恋愛ジャンルの年間ランキングを調べてみるといい。きっと、真由美の好みの話が沢山出てくると思うぞ」


「そうなんだ。じゃあ、今度調べてみようかな」


「ああ、そうするといい。まあ、そんなこんなで、書く方は、そのテンプレートに則ったり、少し崩したりしながら、物語を作っていくのだよ」


「そこまで分かってるなら、書いてみればいいんじゃないの?」


 問いかけると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は再び深いため息を吐いた。


「ああ、まったくもってそうだよな……、ただ、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』はなぜか、その二大テンプレートに則った『悪役令嬢もの』が苦手でな……」


「え? なんで?」


「うん、それが自分でもよく分からなかったから、ひとまず『仕事や趣味で自己実現をしていく』系を書いてみたんだよ……」


「そうだったの? でも、公開はしてないよね?」


「ああ、途中でキーボードを打つ手が止まってしまったからな……、比喩表現ではなく、本当に」


「えぇ!? どんなに閲覧数が少なくてもめげない『華麗なる萬★ジョン次郎先生』がなんで!?」


「ああ、それがな……」


 そこで言葉を止めると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は深く息を吸い込んだ。




「書いているうちに、非モテの負け惜しみを垂れ流してる気分になって、いたたまれなくなったんだよ」


「うん、とりあえず、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』は各方面に土下座した方がいいよ」




 私の言葉に、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は目を見開いて、組んでいた腕を解いた。


「ち、違うんだ真由美! それは、この『華麗なる萬★ジョン次郎先生』が非モテだから、そう思うだけであって!」


「まったく、なにが非モテよ。あんなに、いい旦那さんがい――」


 ――まずい。

 思わず、口に出したけど、これは禁句中の禁句だった。


「……ごめん」


「なんで、謝るの? 私が結婚しているのは事実だよ」


 ゆかりが、苦笑をしながら首を傾げる。


「でも、旦那さんは……」


「ああ、そうだね。『あの日』以降、まだ一回もここに帰ってきていないね」


 宥めるような声が聞こえるけれど、顔を上げられない。


「ごめん……」


 顔を上げられるはずがない。私のことを親友だと言ってくれる相手に、無神経なことを言ってしまったんだから。

 きっと、ゆかりも本当は私なんかじゃなくて、旦那さんに側にいてほしいと思っているはずなのに。


「だから、謝らないでってば……ああ、そうだ、さっきの真由美の発言、一つだけ間違いがあるぞ!」


「……間違い?」


 顔を上げると、ゆかりはしたり顔をして回転椅子から立ち上がった。


「ああ、そうだ! この、美貌に溢れウィットに富んだ『華麗なる萬★ジョン次郎先生』を待たせ、大事な親友を涙ぐませるような事態をつくりあげたんだから、アイツは極悪非道な旦那さんだ!」


「……そっか」


「そうだとも! だから、アイツが帰ってきたときには、なんかちょっとした仕返しをしてやらねばならんのだ!」


 そう言い切ると、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」はウインクをした。


「だから、特級品の番茶でも飲みながら、なんかちょっとした仕返しについて、知恵を貸してくれないかい?」


「……ふふ、なんなの、その矛盾した飲み物は」


「ははは、すまない。来客用のお茶を買い忘れてしまってな、『華麗なる萬★ジョン次郎先生』ってばウッカリ!」


「あははは! それじゃあ、私が持ってきた特級品の徳用カステラをお茶菓子にしますか。『華麗なる萬★ジョン次郎先生』、この間カステラを満腹になるまで食べたいっていってたでしょ?」


「おお! 覚えていてくれたのか! それはありがたい! ならば、善は急げだ!」


 そう言うと、「華麗なる萬★ジョン次郎先生」は腕を大きく振りながら、部屋を出ていった。

 さて、私もいつまでも泣いてないで、なんかちょっとした仕返しの作戦会議に向かいますか。きっと、すぐに旦那さんは帰ってくるだろうから、あんまり、準備に時間がかからないものにしないとね。

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