マンロラロラ(2)

「マンドラゴラは、栽培できます」


 マンドラゴラ農家を名乗った男は、深い声で断言してモーの隣に座った。


「正確には、わたしたちがついに交配に成功した、という言い方のほうが正しいかもしれませんね」

「交配?」

「ええ。オスのマンドラゴラとメスのマンドラゴラを、こうやって、エイッと」


 初老の男が両手を使ったジェスチャーで、ずぶり、と突き刺す。モーは思わず顔をしかめた。マンドラゴラ農家は苦笑いして、それでも手の形は変えない。


「失敬。しかし、これが実に難しい仕事なんです。先ほどあなた、悲鳴の話をされましたね」

「まあ、しましたけど」

「この、交配の時にも、”啼く”んですよ。マンドラゴラは」


 ガシャン、と隣でプラムプラムが氷しか残っていないグラスを倒して覚醒した。しばらく天井を睨み、半目になって二人のほうに向きなおる。


「ちょっと待っれ」

「え、プラム、吐くの?」

「違う、吐かない」

「何よ」

「マンロラロラろ悲鳴の話、続きを聞きらいんれすが」


 そのまっすぐな目にマンドラゴラ農家は少しひるんだようだったが、頷いて続きを始める。モーは二人を見比べて、いやそうな顔になる。


「ええ、ええ。続けましょう。悲鳴の話でしたね。オスのマンドラゴラのマンドラゴラを、メスのマンドラゴラのマンドラゴラに、こう、エイッとした時に」

「あの、そのジェスチャー何とかならないんですか」

「すみません、つい、この説明方法いつもウケがいいものですから、ついつい使ってしまうんですよね」

「それより続きを」

「ああ、そうです。こう、エイッとしたときにですね、不思議なことにメスではなく、オスのほうが大きな声で啼くんですよ」

「ろんな声なんれす?」

「うちの株は、ヤギみたいな声で長く啼きます」

「ヤギ」

「らめええええええ、って」

「今、らめえ、って言いましたよね」

「言いました」


 プラムプラムが頭を掻きながら、モーのマンドラゴラビールを勝手に飲んだ。体内の弛緩剤を薄めようとしているのだろうか。半分くらい残っていたそれを空にしてから、同じものを二つ、とジェスチャーで注文する。

 あろね、とプラムプラムは赤い顔のままモーの肩に手を置く。


「らめらよ、この会は、まあ、大人の会なんらし、わらしらちもまあいい歳なんらから、ウィッロとユーモアを」

「わかるけど、この人の手つき、ちょっとユーモアをこえて、だからその手つき、やめてくださいって」

「すみません」

「れもちょっと待ってくらさい。マンロラロラの悲鳴は聞くと死ぬんじゃ…」

「ああ!そう!そうなんです。この話のキモはここなんですよ」

「さっきの、らめえ、って?」

「そうそう、らめええええ!!って、そりゃないんじゃないかな!」

「ちょっと、何ですかあなた」


 更なる新手だ。顔から話に割り込んできた男を、モーが左手で押しのける。

 有翼人の、浅黒い肌の男だった。押しのけられるままに男は一旦下がり、うん、とうなずいてから改めてマンドラゴラ農家とモーの間にグラスを割り込ませる。男のグラスには、縦に割った濃緑色のマンドラゴラスティックがマドラー代わりに挿さっている。


「ごめん、横で話を聞いてたんだけどさ、こっちのオジサンが言ってるのは、ちゃんとしたマンドラゴラじゃないよ」

「何ですか、失礼な」

「いや、気を悪くするだろうとわかって言ってるんだ、喧嘩売るみたいでごめんな。でも、これははっきりさせておかなきゃいけない。声を聴いても正気でいられるんだとしたら、おれたちの獲ってるマンドラゴラとは一緒にしてほしくない」

「ええと、あなたは」

「ああ、おれ、マンドラゴラ掘りのクレックスっていうんだ。親父も爺さんもマンドラゴラの悲鳴を聞いて死んでる。マン掘りは危ない仕事なんだ」

「マン掘り」

「ちょっと、ハッキリさせておきたいんらけど、マンロラロラには雄株と雌株があるろ?」

「何、こっちの嬢ちゃんは悪い酒でも飲んだの?」

「弛緩剤を、ちょっろ。それより雄株と雌株」

「ダメだダメだ、そんな薬剤みたいなのとうちの酒をチャンポンしたら。舌が腐る」

「由緒あるマンドラゴラ掘りの方にこういうことを言うのは失礼かもしれないですがね、扱いにくい魔草掘りにも、文化的な価値は確かにあるかもしれない。でも、我々のマンドラゴラをバカにしていい理由にはならない。今は工業生産の時代です。品種改良って言ってもらいたいものですね」

「オーケー、一個一個いこう、まず、雄株と雌株は、明確に存在する。ほら、見ろ」


 クレックスが掲げるグラスには、突起物を持ったマンドラゴラだ。

 通常、普通の酒場で話しかけられる類の与太話の域を超えている。さっきから愛想笑いをベースにしていたモーの表情筋が死につつある。


「ともあれ、マンドラゴラが何で悲鳴を上げるかって話だろ。おれはひとつ仮説を持ってるんだ」


 クレックスがプラムプラムの目をまっすぐに見ながらウインクして、グラスの中身を煽った。マンドラゴラの突起物が揺れた。












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マンロラロラ絶命叫 高橋 白蔵主 @haxose

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