マンロラロラ絶命叫

高橋 白蔵主

マンロラロラ(1)

「ねえ、なんでマンドラゴラは引き抜く時に悲鳴をあげるのかなあ」


ベティ・モーがふとした疑問を口にした時、プラムプラム・フーリエッタは既に泥酔状態だった。


「ええ、何らって?」

「だから、マンドラゴラ、これの原料よ」

「あ…?」


元来それほど酒に強い種族ではないホビットは、深酒をするということ自体が稀である。酒の弱さに自覚のあるモーはノンアルコールのマンドラゴラビールで留めておいたのだが、今回の試飲会は特別すぎた。同行した好奇心の強い友人が、あれこれ試さずにいられる訳がなかった。


何せ会のタイトルが「催淫剤と制欲剤、同時に飲むとどうなってしまうのか」だ。考えた方の頭がどうにかなってしまっていると率直には思う。


主催が集めに集めた怪しげな薬酒やら錠剤がずらっと並べられている。会場入りするなり、両手を猛烈に擦りながら、プラムプラムは主催と早口で何かの打ち合わせを始め、相槌を打ったり頷いたりしながら立て続けに三杯のショットグラスを空にした。催淫剤と制欲剤を同時に飲むのになぜ偶数杯ではないのかと疑問に思ったのを覚えている。


すぐにどたん、とひっくり返った友人は、起き上がって以来、ずっと顔を真っ赤にしてしゃっくりをしている。

モーの仕事は用心棒だ。時折、この厄介な友人に頼まれてこうした介護のようなことをしている。背中をさすってやりながら、彼女は会場内に目を配る。思ったよりも会場内の治安は悪くない。そこかしこで乱行パーティーみたいになるのかと思いきや、参加者はそこそこ分別を備えているらしい。いや、これはもしかしたら制欲剤が催淫剤との勝負に勝ったということかもしれない。


「マンロラロラろ悲鳴かあ、考えたことらかったなあ」

「呂律全然回ってないよ」

「これは、さっき、弛緩剤も飲んらかられ」

「弛緩剤」

「催淫剤っれいうのは興奮剤、つまり、血流をよくする薬ら訳。逆に制欲剤は、らんていうか、簡単に言うとお腹いっぱいにする薬らのね」

「私バカだからわかんないよ」

「まあ、つまり、効きをよくするらめには、弛緩剤を一緒に飲むのがいいわけよ」


そこまで言ってプラムプラムは大きな欠伸をひとつ。


「あらし、ちょっと寝ます。夢見も確認しないろ」

「ちょっと」


声をかけるも、言いたいことだけ言って小柄なホビットは、カウンターに突っ伏して眠り始めてしまった。モーは肩をすくめて天井を仰いだ。


「失礼、話しかけても?」


そんな彼女に背後から声をかけてきたのは、先ほど主宰と一緒にいた初老のヒューマンだ。羽織っている法被には、青地に白く、屋号らしき紋章が染め抜かれている。


「お話が耳に入ってしまったもので、その、マンドラゴラの悲鳴にご興味がおありだとか」


訝って返事をしないでいると、男は声を潜めた。


「わたくし、マンドラゴラ農家をしております、サキュモト、と申します。怪しいものじゃございません」

「マンドラゴラ農家」

「まあ、自分で申し上げておいてアレですが、怪しいですよね」


モーは思わず頷きかけて、慌てて微笑んだ。サキュモトは慣れた様子で微笑みを返す。


「お気になさらず。自分でも怪しいと思います」


その微笑みがあまりにも誠実そうに見えたので、モーは思わず聞き返してしまった。


「マンドラゴラって、栽培できるものなんですか」

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