第三十九話 ボーンチャイナ
「ンンー? 取引?」
今だ悪魔に憑かれたままの『私』が自分の意思で発言した件に関しては彼にとって何の疑問も
「ええ、そうよ」
じわり。言葉を
脳内の作戦を盗み出そうとしているのか、彼は無表情のまま海色のビー玉で三秒ほど私の瞳を射抜いてから、ニッタリと気味の悪い笑みを浮かべて首を
「ンッフフ。レディ、『命乞い』の間違いではございませんか?」
「いいえ、取引よ」
──……ベルゼブブの敷地に足を踏み入れてケルベロスを見送った直後、彼はこんなことを言っていた。
『小生は訳あって、
アレはつまり、何らかもしくは“誰か”の力によって、門扉とフェンスに
そして恐らく、それは赤の王による『呪い』ではない。ベルゼブブが赤の王ならびに『呪い』を
では、いったい誰が・どうやってこの悪魔の身を拘束し自由を“奪えている”のか?
「ねぇ、貴方──……」
落ち着いてこれまでの記憶を整理すれば、該当するたった一つの生き物にたどり着く。
「ドードーさんのせいで、敷地外へ出られなくなっているんじゃない?」
「──!!」
どのようなトリックを使っているのかまでは知らない。百パーセントの確信を持って口にしたわけではなく、時間稼ぎの
けれど、一羽の名前を聞いた途端にピクリと跳ね上がった彼の眉が、私の憶測を事実へと昇華してくれる。
(やっぱり)
白の王は言っていた。帽子屋の居場所はドードーさんがよく知っている、と。
それから、城で聞いたあの意味不明な歌。
『ドードー鳥は火で
ドードーさんが異常なほど帽子屋を怖がり、近づきたがらなかった理由。それはきっと、
「……貴方はドードー鳥を食べようとして失敗した結果、何らかの手法で存在場所を
ザリザリ、ズッズ。唐突に、頭の中でノイズ音が走る。
不快感から反射的に顔を
「……レディは……ボーンチャイナと言う物をご存じですか?」
何の脈絡もなく突然変化した話題に驚き、反応が遅れてしまう。
ボーンチャイナ。
三拍分の間を置いて息継ぎを済ませ、「ええ、もちろん」と
「小生はそれを造るのが趣味でして」
「……? それが、」
何の関係があるの?
投げようとした問いかけは喉元で引っかかり、間抜けに開いたまま静止させていた唇を引き結ぶ。
そう──……ミルク色の陶器が。
(まさ、か)
嗚呼、嗚呼、気づいてしまった!知りたくもなかった
数分前に浴びた哀れみの眼差し、流れ込んだ悲しみの感情。全ては錯覚や思い込みなどではなく、食器……いいえ、『被害者』達が放っていたものだったのだ。なぜなら──……
瞬間、全身の肌が
「小生はあの自称・ドードー鳥を食した後、
「!?」
骨格標本ですって!?冗談じゃないわ!!どこまでも
爪の先まで染みる軽蔑を込めてキツく睨みつけてやるが、
「取引……取引、ねぇ? ンッフフ。はぁ……まだ気づいていらっしゃらないので? 嗚呼、
クスリと
心筋が八回働いた頃に胃の中が冷たくなって、こめかみに熱が
「……何を言っているの?」
反射的に
「ンー? 何? 何とは? 言葉通りの意味ですが?」
「ふざけないでちょうだい」
「ンンッンー、小生はいつでも人様と
「うるさい」
だめよ、いけない。良くないわ。だめだめ。落ち着かなきゃ。
わかっていても、まつ毛の先が震えるほどの強い怒りで全身が熱くなり、理性がしゅわりと溶け始める。私は、陽だまりのようにあたたかく
でも、だって、だって!腹が立つのも仕方がない事でしょう?!命の恩人を
白の王が唆したですって?騙した?私を?あんなに
「彼はとても素晴らしい人よ。悪く言わないで」
グルグル、グラグラ。喉の奥で怒りが煮える。
人を食い、更には加工を
でも、大丈夫。ふわ、ほわり。ほらまた、甘い香りが
「……ふーむ……まあ、何をもってして“素晴らしい”と定義するかは
ベルゼブブはそう言って自身の顎を片手で撫でつつ、まるで溜息を
……ああ。黙れと叫んで首を絞めてやりたくなる。白の王がいかに素晴らしい存在であるか、声を荒げて説明しそうになる。
彼を侮辱するというのは、私を侮辱しているのと同義だ。なぜなら、彼はこの国で唯一はじめから私を『アリス』であると認識してくれていた。認めてくれた。そして、これまでにたくさんの“普通”を与えてくれた。
私にとって、白の王こそが神様と呼ぶに
湧き上がる強い殺意に吐き気さえ覚える。
「アレにあまり深入りしない方が
「笑えない冗談は程々にしてくれるかしら」
「ンン〜、小生はレディのためを思って言っているのですけれども」
たった一言。そのワードを耳にした瞬間、
『──……アリ……、いい? よく聞いて? 私は貴女のためを思って言っているのよ』
チリリン。鈴の音が頭の奥に響いて、全てがどうでも良くなった。
「……もういいわ。帽子屋なんていらない」
「ンー? 今、何と?」
「次は、憑いた相手と嗅覚も共有する『呪い』をかけてくれるよう、赤の王にお願いするといいわよ。って言ったのよ」
息を一つ吐いた次の瞬間──ガラスが砕け散るような音が室内へ響き渡り、地鳴りと共にベルゼブブの足下に稲妻型の亀裂が走る。
刹那、真下から出現した巨大な針が彼の太ももを貫通した。
「ン゛ン゛……ッ!?」
いつの間にか、何もない空間にポッカリと空いていた裂け目。その中では
ほわり、
「……オイ、答えろ
炎の赤を反射して
アリスが死んだ不思議の国には神が住む 百崎千鶴 @chizuru_mo2saki
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