2020年7月4日(土)
今日、わたしは坂下家を訪問した。
事故に遭った後は初めての訪問だった。
ドアのチャイムを鳴らすと、楓の両親が優しく出迎えてくれる。
わたしは心の痛みを抑えて深々とお辞儀をすると、楓の部屋に案内してもらった。
楓は6月19日を最後に現れることは無く、日記帳に楓の日記が綴られることも無くなった。
でも、わたしはまだ楓を諦めきれなかった。
今日訪問した理由は、楓の携帯電話だ。
部屋に入ると、ご両親に許可を得て、遺品として机の上に置いてあった楓の携帯電話の電源を入れる。
わたしはある確信があった。
わたしは、楓の携帯電話のパスコードを知っている。
携帯電話が起動すると、画面に、わたしが苦笑している写真がアップで映し出された。
え、なんでわたし!?
わたしは呆気にとられたが、今日の目的を思い出して操作を再開する。
ロック解除のパスコードが聞かれる。
番号は、わたしの誕生日。
全て入力を終えると、ロックが解除された。
ロック解除のパスコードは、わたしの携帯電話と同じだった。
わたしの後ろで、ご両親から歓声が上がる。
そして、携帯電話の画面にメール着信のお知らせが表示された。わたしはご両親と目配せして、恐る恐るメールを開いた。
メールの送信者には『坂下楓』と書いてあった。
え?かえで!?
わたしは頭の中に疑問符がついたまま、メールの本文に目を通した。
『私から私へ。
まゆのケータイを借りて送信してます。
今日、私は消えると思う。
だって、まゆリストをいっぱい達成できて。
まゆに、好きって言ってもらえたんだもの。
でも、まゆには死人の私にこだわってもらいたくないから、交換日記は頑張って冷たく書きました。
でも。
でもね、私の本当の気持ちも残したい。
だから、私へのご褒美も兼ねて、私にメールしとくね。
頑張ったね私。お疲れ様。
まゆを守れて本当に、本当によかった。
お父さん、お母さん、大好き。
まゆ
大好き。
大好きよ。』
読んでいる途中から、涙が止まらなかった。
そして、携帯電話の画面下に『まゆリスト』というアイコンが目に留まり、恐る恐るそのアイコンを触る。
すると、画面が切り替わり、写真の一覧がずらっと表示された。
眺めてみると、どれもわたしが写っている。
震える指で一つ一つ拡大してみた。
部屋着を床に並べただけの写真に『いつか、まゆとお揃いのパジャマで寝る』と書いてあった。
次の写真はお弁当のアップの写真で『まゆにお弁当を食べてもらう』と書いてある。
その次の写真はわたしとのツーショットで『まゆと手を繋いで歩く』と書いてあった。
さらに次の写真は、教室でクラスの子に囲まれたわたしを遠目で撮ってあり『まゆの一番になりたい』
と書いてあった。
さらに次の写真を表示させるが、視界がぼやけて見えない。
「おおおおお」
もう、声を抑えることが出来なかった。
操作がままならなくなり、膝が床に崩れ落ちた。楓の携帯電話を胸に抱いて、わたしは号泣した。
「かえでにあいたい」
楓の部屋に、わたしの泣き声が響いた。
楓のご両親も後ろで泣いている。
「かえでに、あいたいよう」
わたし達は、そのまま涙が枯れるまで泣き続けた。
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