2020年6月17日(水)
また朝6時にベルの音で叩き起こされた。
なんだか毎朝楓に『朝だ起きろ〜!』って起こされている気分になってくる。わたしの頭の壊れ具合が進んでいるのか、妄想も
わたしはノソノソとベッドから机に移動して日記帳を開く。これが起床直後の日課となってしまった。
そして日記帳を開いたままの体制で、わたしの体は凍りついた。
そうだ、授業中に居眠りしてたよわたし…
いきなり入れ替わった楓は、さぞかし慌てたことだろう。
いやでも本当に疲れたんだよ。
遠回りして歩いたのに、事故現場を意識しただけで、頭はぐらぐら、胃はむかむか、足はぎしぎしだったのだ。
ごめんね、楓。
自分のしでかした事に赤面しながら続きを読む。
ん、芳川?
あー、たまに話しかけてきてたなあ。まあいい子だね。
何が合格なんだろう!?
わたしは首を傾げながらさらに読む。
なになに、携帯電話のロック解除?
楓の言い分はごもっともだった。
事故に遭った娘にメールして返事なかったら、そりゃ心配するよね。
わたしはパスコードを書こうとして、ハタとあることに気づき、慌てて携帯電話を叩き起こす。
やばい、ケータイの写真データ、あ、パスコード間違った、ええいこの、よし開いた。
携帯電話の画面に、写真の一覧がずらりと表示される。
どれもこれも、楓が写っている写真だった。
公園で撮った楓との写メだったり、教室での楓の昼食姿だったり、登校中に楓を見つけてこっそり撮った後ろ姿だったり。
二階の教室から遠目で校庭を撮影した、体育着の楓なんてのもあった。
どんどん古い写真に遡っていくと、今より背が少し低くて髪が短い楓の写真が現れてくる。中学生の頃の写真だ。
思わず口元がにへらと崩れるが、ぶるぶると頭を左右に振って気持ちを切り替える。
今は楓の写真を愛でている場合じゃない。
これ、見られたらまずいよなあ…
うん絶対にまずい。一つ一つは他愛もない写真でも、それが百枚以上あったらどうだろう。
わたしが本人だったら絶対引く。盛大に引く。
わたしはベッドで四つん這いになって携帯を見ていた。さらにどこぞのカエルのように汗が噴き出てきた気がしてきた。
どうする、写真を消すか。いやそんなことは絶対できない。もう楓にはこの写真でしか会えないのだから。
じゃあ隠す?どうやって?
「まゆ、起きた?」
「ひゃい」
思考がそんな無限ループに陥っていたときにお母さんにドアをノックされたものだから、変な返事をしてしまった。
「どう?今日は学校行けそう?」
「う、うん。行ってみるよ」
ドア越しのお母さんの声に上の空で返事をする。
うん、とりあえず学校に行こう。
わたしは問題を棚上げにして学校に行く支度をすることにした。
二階から降りて洗面所に向かい、歯を磨き、顔を洗う。
そしてふと思うところがあり、洗濯機の蓋を開けた。
洗濯機の中には女物の下着が入っていた。
白色にワンポイントで淡い青で花の刺繍がしてあるだけの地味な下着だった。
まあ、わたしのなんだけど。
それはおそらく昨日着ていたやつで。
つまりは、楓が使っていた下着で。
そう考えている間に、右手が自律行動を開始して洗濯機の中に手を伸ばしていた。
何を悩む必要がある。
これはわたしの下着だ。温もりが残っているか確認して何が悪い。
悪くないよね?
とりあえず、洗濯物の割には微妙に丁寧に折り畳まれているシャツを手に取った。
ひんやりしていた。
…当たり前だった。
シャツの温度がわたしの心を冷やしていく。
これ、わたしが着ていただけじゃないか。
わたしは失意やら羞恥やらが混ぜこぜになって、小声でくううぅと呻きながらシャツに顔を埋める。
「まゆ?」
「うわはい!」
廊下から聞こえたお母さんの声に、わたしの両腕が脳からの指示よりも速く反応した。右腕がシャツを洗濯機の中に入れ、左腕が右腕を挟んだまま蓋を閉めた。
わたしは右腕を挟んだまま、洗濯機の蓋に突っ伏して大きくため息をつく。
あ、そうだ。
昨日やろうとしてた部屋の掃除、やってないじゃん。
唐突に思い出した。
閉じていた口が笑みで曲がり、苦笑の鼻息が漏れる。
わたしの様子を覗きに来たお母さんが、不思議な物を見た表情をして、ふっと和らいだ。
そうだ、明日のお弁当を作ろう。
ありがとうの思いを込めて。
明日、楓が元気に過ごせるように。
それと、私達が一緒に暮らすのに必要な情報を教えないとね。
結局、携帯電話のロック解除は棚上げしたままだった。
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