2020年6月16日(火)
迂闊だった。
また楓がセットしたのだろう、朝6時に鳴り響いたベルの音で目が覚め、楓が昨日書いた日記を読み終えた。
あああぁと呻き声が自然に出る。両腕の肘を机について両手で顔を覆うと、頬がいい感じに熱くなっていた。
楓と話せることに浮かれていて、楓の日記を読むまで色々と気づいてなかった。
このパジャマ、楓の家に遊びに行った時、こっそり確認して買ったお揃いなんだよね…
上着には、どでかいクマの顔が描かれている。自分の顔なんて一飲みの大きさだ。
これを着てお泊まり会とかできたらなあ、と妄想しながら買ったのを覚えている。
ついでにお泊まり会用とか思って下着も買ったなあ。
あ、そうだ、下着もだ…
楓、わたしの下着履いてるよね…
わたしの身体だし、わたしの家に住んでいるんだもの、そりゃ当たり前だ。
だけど、楓に下着を見られたんだよ!
それにそれに。
トイレとか風呂で裸見られてるよ!
わたしは誰もいない部屋の中で、呻き声を上げながら顔を覆って、ベッドの上を転げ回った。
………
いやでもそれって問題なのか!?
大体、楓は、本当に楓なのか!?
わたしの頭がおかしくなって、楓になったつもりで生活しているだけじゃないのか!?
あと、意識を失うとわたしと楓が入れ替わるって。何なの!?
…だめだ、知恵熱出てきた。
わたしはベッドに体を投げ出すと、窓枠から見える空を眺めた。
空から差し込む朝日が自室を淡く照らし出す。耳をすませば、外から朝の喧騒が聞こえてくる。小さく聞こえる電車のカタンカタンという音が、世界は平常運転ですと知らせているようだ。
それに比べて、わたしは心も身体もボロが出始めている。
昨日は登校中、事故現場を意識したら事故の時のことを思い出して、一気に気分が悪くなって退却するしかなかった。
なんとか帰宅した後、お母さんに一声かけてベッドに横になった。
楓が目を覚ましたのは、日記によると昼過ぎだったようだ。その後、通学路の迂回経路を調査をしてくれたらしい。
生きてるわたしよりずっと頑張ってる気がする。
わたし、だめだなぁ。
ここで踏ん張らないと、わたしを形作っている何かがぽろぽろとこぼれ落ちていく気がした。
よし、今日は楓が考えてくれた経路で行ってみよう。
わたしは目をつぶって、日記帳を抱きしめる。
これがわたしの御守りだ。
楓、わたしを守ってね。
………
楓に会いたいなぁ。
けど二人が使う身体はこの貧相な身体一つ。話すことは不可能だ。
声を録音しようかとも思ったけど、返事もわたしの声だと、なんか気持ち悪いし混乱しそう。
わたしは両手で日記帳を目の前に掲げた。
交換日記。こっちの方が楓をより近くに感じられるような気がした。
今日帰ったら部屋をきれいにしておこう。
明日、大好きな楓が気持ちよく生活できるように。
大好き
そう日記に書いてみて、慌てて消した。
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