2020年6月19日(金)
また楓(がかけた目覚まし)に叩き起こされた。
だけど、いま大音量で鳴り響いているのはベルを叩く音では無い。昔の懐かしいアニメの歌が、枕元に置いてあったわたしの携帯電話から鳴っていた。
わたしは頭に霧がかかったまま、布団からのろのろと手を伸ばして携帯電話を手に取る。ロックを解除してアラームを止めてぼーっとしていたけど、頭の中で違和感という綿あめがむくむくと大きくなっていった。
「あれ、なんで携帯のアラーム…あれっ!?」
わたしは一気に覚醒して、がばっと跳ね起きた。
少し離れた机を見る。
昨日わたしが作ったお弁当の包みが置いてあった。包みの下にはメモ用紙が見える。
楓が起きなかった!?
起きなかったという表現はどうなんだろうと思いながら、ふと携帯の画面を見る。
6月19日、金曜日と表示されていた。
ん?確かお弁当を作ったのは6月17日の夜だったような…
わたしは間違い探しのように机の上に目を凝らした。
あ、お弁当の包みの柄が違う!
…気がする。
わたしは机に近づくと、お弁当の下のメモを手に取った。
メモには『まずかったらごめんね 6/18 カエデ』とだけ書いてある。
楓がわたしのために作ってくれた。
わたしの肺が笑いともため息ともつかない呼吸を引き起こした。手が少し震えている。
わたしはふらふらとベッドに倒れた込んだ。
倒れた勢いで背中が押され、うふふえひひと、我ながら気持ち悪い声が溢れ出てくる。
楓の心遣いが嬉しい。
よし、今日の日記に、お礼と、楓への想いを何か書こう。
想い…想い…どう書こう。
好きだよー、とか。だめだ照れる。
今度デートしようね、とか。いやできないだろそれ。
わたしの身体を好きにしていいよ、とか。
わたしのお気に入りの下着、穿いてね、とか。
…なんかダメになってきてないかわたし。
そんな妄想にふけりながら、交換日記を開いた。
『携帯ロック、解除できちゃったよ』
日記の最後を読んで、ゆるゆるとさっきの興奮が冷めてきて、逆に冷えた汗という液体が滲み出てきた。わたしの身体は爬虫類と化したのか。
ロックを解除したから携帯電話のアラームをセットできたんだ。
なんでパスコード分かったんだろう。
いやそれより、それより。
楓写真集を見られた!?
わたしは机の前に立ったまま、両手で開いている日記で顔を覆った。
顔と日記の間から、自分の声とは思えない絶望のうめき声が漏れ落ちる。
まずい。
めっちゃ引かれた。
だから日記があんなに淡泊なんだ。
あああ、まずいやってしまった。
わたしは日記で顔を覆ったまま部屋の中をうろうろしたが、いつまでたっても考えの整理がつかないので、ひとまず学校に行く準備をすることにした。
定期的にため息や呻き声を出しながら、準備を終えて学校に旅立つ。
歩きながらも悶々と考えて考えて。
落ち込んでも仕方ない、と思い至った時には、学校に到着していた。
そして午前の授業が終わって昼休み。
誰かが食事を誘いにくるかな、と思ったが、まだ芳川や他の子も声をかけてこない。
でもわたしにとっては好都合だった。今日は楓の手作り弁当をゆっくりと堪能したかった。
いそいそと鞄から弁当箱を取り出して包みをほどき、ゆっくりと蓋を開ける。
わたしから見れば、プレゼントされた宝石箱を開けるようなものだ。
弁当箱の蓋の隙間から、宝石の光が漏れ出てくるようだった。
興奮して、ちょっと鼻息が荒かったかもしれない。
そして蓋を開けると、お米の上に海苔で『まゆ』と書かれた文字が現れた。
身構えていたが、それでもダメだった。
「かえで…」
思わず声が出てしまい、近くの子がこちらを見てハッとする。
目から溢れる涙を隠すのに、少しの間机に突っ伏していなければならなかった。
楓のお弁当を食べ終わった後、持ってきていた交換日記をそっと取り出した。
そして、今心の中を満たしている想いをそのまま書いた。
『楓、おいしかったよ、ありがとう、大好き』
恥ずかしいから、帰ったら消そう。
けれどそれまでは、自分の一番の想いを大事に持っておきたい。
午後の授業までもう少し。
教室に差し込む陽射しは、わたしの心を暖かく包み込んでくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます