君が空を泳ぐいつかのその日まで
友大ナビ
つぼみ
それは高校生活が始まって間もない朝のこと。教室の入口でわたしは足止めた。
隣の席の
クラスでもひときわ目立つあの三人のなかにどうやったら割って入ることができるのか……どう考えても答がない。
「なぁ、女子的にこの髪色ってどうなの? 」
嶋野君は久住君の髪をさわさわしながら不満そうにつぶやいた。
「あたしは黒髪好きだよ。久住ならなんでも似合うと思うけど」
戸田さんは頬杖をついて、彼の寝顔を眺めている。
「にしてもこれはさぁ」
テンション高めな話し声はほとんどがふたりのもので、当の久住君はといえば机につっぷして、ほとんど相手にしていなかった。
「今カノが黒髪好みなんだ?」
「…………」
完全無視を決め込んでいるみたい。
「否定しないってことは、イエスってことだな?」
煽られても無反応。
「えー、久住彼女いんの?」
戸田さんが甘い声でゆすってもまったく動じない。
「寝かしてくれないエロい年上彼女ができたんじゃね? 毎日ダッシュ下校なのは告られんの避けてるとか。束縛強めな女だな」
「テキトーなことばっか言わないで。ねぇ 久住そーだよね?」
このやりとりはいったいいつまで続くんだろうか。教室の入り口付近でずっと待機しているわたしは、すでにクラスメートたちに不審がられている。
教室に入っていくみんなの邪魔にならないよう半身をかわし誰とも視線があわないよう下をむく。
早くチャイムが鳴ればいいのに。
時間を確認しようと顔を上げたら、とろんとした表情の久住君とおもいきり目が合ってしまった。
気まずくてあわてて下を向いたけどたぶん回避できなかったと思う。
「戸田あのさ」
意外にもはっきりとした口調で久住君がそう言うのが聞こえた。
「わ、久住が起きた!」
「そのピアスいいね」
戸田さんは大きな目をぱちぱちさせてかあっと顔を赤くした。
「見せてよ」
「いきなり? 今日右と左で違うんだけど」
「んーと、そっち」
「外す?」
「いやそのままでいい」
「あんまマジマジ見ないでよね、恥ずかしいじゃん」
椅子を引く音がしたからおどおどと顔を上げると、彼女は左隣にいる久住君に右耳のピアスを見せようと立ち上がってそして……席が、空いた。
ぽかんとしていたんだろうか、久住君がくるりとこっちを振り返りきゅっと口角を上げた。
その口が「ほら」と動いて「座んなよ」って彼の目がそう言ったのがはっきりわかった。
「ね、ピアスは? なんで即寝すんの? ねぇってば!」
「ぎゃはははは、うける~」
嶋野君と戸田さんは楽しそうな喧嘩をしながら渋々自分の席に戻っていく。
本鈴が鳴ったからわたしも急いで席に着いた。
久住君にお礼……言った方がいいのかな。
たぶんさっき、助けてくれたよね?
ちらりと隣を見ると、彼はもう安らかな寝息を立てていた。
さっきの様子は会話が面倒だったからじゃなくて、ほんとうに眠かったからなんだ。
数分もしないうちに担任がやってきて教壇に立ち、挨拶をしながらいつものようにぐるりとクラスを見回した。でもその視線は、案の定久住君のところでぴたりと停止してしまった。
久住君、先生見てるよ?
起きないと怒られちゃうよ?
なんて気軽に聞ける性格なら、日常でこんなに苦労していない。
戸惑っている間にも先生が鬼の形相でこっちにやってきた。
「久住おい。こら!」
それなのに魔法にかかっているみたいに彼は太い声にぴくりとも反応しない。あちこち身体をつねられてもまったく起きなかった。
みんなはくすくす笑ったけれど、人間ってこんなにも深く眠れるんだと、わたしは妙に感心してしまった。
他人の目とか、気にしないんだ。
あまりにも健やかなその眠りは、思わず見とれてしまうほどだった。
でも、久住君に注目しすぎたせいか、戸田さんとばっちり目があってしまった。というか、完全に睨まれていたと思う。
今度は一限目の国語の先生がやってきて、やっぱり久住君を起こそうとしたけれどゆすってもさすってもつついても、彼は微動だにしなかった。
口がぽかんと開いてる。
つやつやの黒髪が春の風にふわふわ揺れてすごく気持ち良さそう。
ついでに寝顔は子供みたいにあどけない。
半端にあいた口が何か呟いた。何て言ったのか聞き取れなかったけれど、言い足りなさそうに口をもぐもぐしているのはたぶん寝言だと思う。
その顔を眺めていたら突然視界いっぱいに花吹雪が舞った。正門の桜が急な突風でいっせいに散ったらしい。今年はもうこれで最後かもしれない。
それにしても国語って退屈だなぁ。
板書しながら、特に意味もなくノートのはじに「ダビニフス」と書いてみた。
それは最近読んだ小説のなかに出てきて、意味を知って更に心惹かれてしまった言葉だった。
でもこうやってカタカナで書くとファンタジー小説に出てくる登場人物の名前に見えなくもない。
たとえば久住君は春のひだまりでまどろんでいる勇者で、魔王もこの季節に毒気を抜かれて今はお互い休戦中ってところ。
そんなふうに意識が自然と彼のほうに傾く。
睫毛長いなぁって、思ってしまった。
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