後編: 渚のアオイ
人は自然の動物ではない。もっとずっと、神がかった悪意を、ときにかいま見せる。
母親と夫に
アオイはもう、手をさしのべてやることもできない。
エリバーが、ひざまずいた。
「私がつきそいましょう。一緒に船に乗り、ともに
「……
「最後まで、そばにいます」
だが、しゃがむ男のうしろ姿は落ち着いている。
やがて、女は指で涙をぬぐい立ち上がる。
「おことわりだ!
会ったばかりのオヤジの同情なんて……。
アオイが
「あの地で肉体を返せば、
「そうする。こんな人生もう、うんざり!」
そう言って、女は船の方を向いて、
船は
「エリバー。さっきはどういうつもり?
本当にあの人と行こうと思ったの?」
壮年の男は動じず、
「アオイ様ははじめ、『
だから、私が彼女を
アオイの目が
だが、エリバーはほろ
「わかるのです。私も同じだったから。
誰かに、少しでも求められれば、不思議と足が動くものです」
そう言って彼は、今度は熱いまなざしで、アオイを見つめた。
くるりと彼女は背を向ける。
彼が去りゆくことを想像し、まだ胸の奥がズキズキ
頭が混乱していると、自分でもわかった。
それから数日、アオイはエリバーとろくに口もきかなかった。
◇
『
これまでふたりは、いつエリバーが
しかしそれぞれが顔を赤らめ言いよどみ、日々は
その日、エリバーはアオイに全て
「
アオイの
エリバーは静かに語る。
「私は、思いを
いつからか、あなたのそばで
いたずらっぽく、アオイが
「しばらくしたら、私があなたを子育てするかも」
男も
「いつからか……なんと言うか……その先も願うようになりました」
アオイは、
男はまっすぐ彼女を見つめる。
「好きです。このうえなく」
だがしかし、顔を上げたアオイの
「私もあなたが好き。でも、私は––––」
エリバーはアオイの
彼の
背中に感じる手のぬくもりに、肌が
波打ち
しかし、ふいにエリバーの肉体がアオイの体に沈む。背中にまわした腕も、寄せる顔もまるで水に
あとには何も残らず、彼女は
アオイは、
砂に、涙のしずくが落ちる。
そして
「私は、
◇
エリバーと呼ばれた
「ここはどこ?」という思いも、もやもやとはっきりしない。
だが、すでに重い肉体を返し、軽くなった自分に気づく。
そして感じる、彼女の存在。
とりまく
いつしか、そそぐ白い光に目を
はるか上、ゆらめく水面の向こうにある、丸い
「月だ」
そう思った
『与えられなかった
『
ほかも、あのひとと見送った者らの
かつて『
新世界へ、
そうしてそれは、アオイのことを、忘れてしまった。
◇
砂の上を
涙のしずくが、髪を、指先を
浜辺をさまよい、アオイは絶望する。
どうして。
これほど生きていても、ふと誰かを愛してしまう。私はもう、人ではないのに。
無数の
大切なひとりを失うと、さみしくて消えてしまいたくなる。
砂にふせるアオイは、ふと夜空の明かりに気づいた。
弟が、帰ってきたのだ。
人の気持ちによりそい、
どれだけの
彼女はそんな、長命の種族。
エルフの水 その海いずこもつなぐ 王立魔法学院書記官 @royal_academy_secretary
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