番外編:ある小娘の追憶

【番外編:猫魔女隊秘密会議】の後日、第一章のクロイツェルとの思い出を回想する、ユッティ視点のお話です。


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 あたしの家は、大元おおもとの一族からは母方ははかたの分派で、最近仕入れた知識から言えば女系じょけい系譜けいふでつながっている。


 父は学者で、あたしの遺伝形質はこちらの比率が高いと思う。


 母方の一族は由緒正しい大貴族で、外面そとづらはまあ良いのだが、とにかく内向きが堅苦しい。


 その最たる権化ごんげが、ばあちゃんだ。


 分派の婦女子の一人一人にまで、淑女しゅくじょたる格式と良識を行き渡らせることに余念がない。


 ひまさえあれば学術書と機械油にまみれているあたしなど、もう親のかたきのようににらまれていた。


「ひいじいちゃんも、ひいばあちゃんも、あたしが生まれる前に死んでるじゃない。かたきなんて、なりようがないんだけど」


 口応くちごたえしたら、ぶん殴られた。


 隣にいた、申し訳なさそうな顔をした執事に。さすがは淑女のかがみだ。


 そんなだったから、とても外にはお出しできないと踏まれたのだろう。花嫁修業に放り込まれたのは、遠縁の武門の家だった。


 14歳の小娘にはどうしようもなかったし、それなりに努力して飛び級した帝国高等学校に、続けて通わせてくれただけでもおんだった。


 相手は背も高く堂々として、物腰も丁寧ていねいな色男だった。置物おきものとしては、願ってもない出来できだ。


 学問とはこころざしであり、生活苦は最大の敵だ。将来に渡って衣食住いしょくじゅうを確保するため、手段を選んではいられない。


 常々つねづねそう考えていたところに、これは破格の好条件と言って良かった。


 銀髪と青い目がすずしげな色男は、自分の、ちょうど半分の年齢の小娘にも、あれこれと気を使ってくれた。


「少しすれば、お祖母ばあさまの気持ちも静まるでしょう。それまで、のんびり構えていれば良いですよ」


「まだまだ死にそうにないけどね」


 せっぽちの子供の、可愛かわいげのない言葉にも、苦笑して本に視線を戻していた。


 そう、本だ。


 武門の人間なんて肉体派ばかりと思っていたが、考えてみれば曲がりなりにも貴族だし、教養があって当然だ。


 あたしが積み上げた学術書を、気がつけば近くで読んでいる、そういう休日が多かった。


 機械油で真っ黒になったり、離れで爆発騒ぎを起こしたりした時などは、子供みたいに大笑いしていた。


 夕食も、よく一緒だった。学生の身では知り得ない、かつ、適度に知的好奇心を刺激する話題を振られていたから、会話に苦労することもなかった。


 勉強していると、夜も遅い時間なのに、お菓子を持って来てくれたりもした。


 太るからと辞退すると、これは絶対に太らない秘伝の携行食けいこうしょくだなどと、わかりにくい冗談を平気で言った。


 これは困った。


 武門の人間だから修行は得意だろうが、これは無益むえきだ。


 見た限り人間としての欠陥けっかんはなかったし、挨拶に来ては丁重ていちょうに追い返される美人も一人や二人ではなく、こっそりとすごい目でにらまれたりしたから、状況は把握はあくできた。


「あのさ。毎日子供の夕食につき合ってたら、まるものもまるでしょ。大人なんだから、酒くらい飲んで、女を抱きなよ。美人の知り合いが一杯いるじゃない」


「彼女達が、なにか言いましたか?」


「言う言わないの問題じゃないわ。あんただってそう。どうせ、ばあちゃんからは早く女にして手懐てなづけろって言われてんでしょ? どっちつかずの我慢がまんなんて、意味ないわよ」


 少し驚いた目を向けられた。


 子供と小娘は、同義ではないのだ。もちろん都合よく使い分けるが、男に向き合う覚悟もないとあなどられるのはしゃくだった。


「誰かがあたしのために我慢するのは、嫌なの。どんな状況になったって、あたしは好き勝手させてもらうんだから、あんたにも好き勝手してもらわなきゃ困るわ。ばあちゃんが死ぬまでの体裁ていさいだって言うなら、ちゃんと他の恋人と遊びなさい。あたしを妻にする気があるなら、さっさと抱いて、ばあちゃんに良い顔なさい。二つに一つよ」


「……なるほど。我慢と言うのは違和感がありますが、どっちつかずであったのは認めます。あなたは聡明で、主張も筋が通っている。まあ多少、あけすけ過ぎる気もしますが」


 手を握られた。けっこう固い。ごつい。


 普段から、剣だの銃だの振り回しているんだろうし、そりゃそうか。


 こういうところは、少し印象と違うな。おもしろいな。


「女性としてのあなたに敬意を払います。それ以外のことは全部、後からゆっくり、つけ足しましょう」


 これで良い。対価を提供してこその契約で、取引だ。まずは、望ましい結果だった。


 一方で、懸念けねんもあった。


 最近ようやく、それらしい丸みを帯びてきたとは言え、あたしは運動が大の苦手で、柔軟性も壊滅的だ。


 あくまで個人差と聞いているが、傾向的に不安要素ばかりが多い。


 あんじょう、大声で叫ぶほど痛かった。思わず手が出た。にぎこぶしで、顔面と言うか、眼球に。


 日を変え、体勢を変え、何度も再挑戦を申し込んだ。


 ひざがあばらに、ひじあごに入ったこともある。背中に爪を刺して流血させた時は、点々と残った赤い染みに、勘違かんちがいして喜んだ。


 仕事場では新しい修行で通していたらしいが、こっちにしても、まごうことなき修行だった。


 ようやく最後までできた時には、思わず、互いの健闘をたたえ合ってしまった。


 人間の興味深いところで、一度障害を越えると、すぐに馴染なじんだ。


 具合が良くなれば、前向きにもなる。淑女のかがみの親のかたきとしては、もう、いろいろとやってみるのが楽しかった。


 新しい遊びを覚えた。


 その程度だと思っていた。


 ある日の朝、隣で眠っている顔を見て、可愛いな、と思ってしまった。そのことに、いきなり心臓をつかまれたような衝撃を感じた。


 違う。


 目的と手段を見失っている。


 どこで間違えた?


 いつから?


 記憶をさかのぼる。愕然がくぜんとした。最初からだ。


 自分が小娘だということを忘れていた。


 背も高く堂々として、物腰も丁寧ていねいな色男、銀髪と青い目がすずしげで、あれこれと気を使ってくれて、教養があって、気がつけば近くで読書していて、こっちが失敗した時は子供みたいに大笑いして、夕食を食べながらたくさん話をして、夜にお菓子を持って来てくれて、冗談を言ってくれて、それから……しっかりと向き合って、あたし一人を選んでくれた男性に、のぼせ上がらないわけがなかった。


 自分の乙女心おとめごころ、いや、もう乙女おとめではないが、とにかくそれらしい感情の扱いにくさが、計算に入っていなかった。


 好き勝手させてもらう、とは言ったし、このまま自分の人生に利用してもだましたことにはならないはずだが、それではこの感情を裏切ることになる。


 自分がそう感じる以上、どう言い訳しても通らない。


 かと言って、感情を受け入れて生き方を変えれば、もっと根本的な、自分のなにかを裏切ることになる。


 もう少し年齢を重ねていれば、流されるのもまた人生だと、鼻で笑うことができただろう。


 だが、青雲せいうんこころざしを抱く若人わこうどにとって、どんな形でも、自分自身への裏切りを認めるわけにはいかなかった。


 今すぐ、正しい答えに立ち戻るしかなかった。


 うん、阿呆あほうだな。


「ごめん……ごめんなさい、アルフレット……ごめんなさい……」


 あたしは彼を、アルフレットと呼んでいた。


 ちゃんと発音するのが気恥ずかしかったからだけど、彼は語尾がおそろいだと喜んでいた。


 そういう所も、子供みたいだったな。あたしだけのアルフレット。


 泣いてあやまるしかできないあたしを、アルフレットが抱き寄せた。


「そんな気がしていましたよ……。あなたは今まで、ずっとがんばってきて……これからも、がんばっていきたいんですね。ここで、少しだけ休んでいった。それで良いと思います」


 こんちくしょう。


 なんでも見透かしやがって。


 くやしいから、その日はもう一言も話さなかった。ずっと離れなかった。


 家に出戻でもどったあたしに、ばあちゃんからは、なんの音沙汰おとさたもなかった。


 上手うまく取りなしてくれたんだろう。


 次に会った時は胡散臭うさんくさい口ひげを生やしていたので、泣くのと笑うのを、いっぺんにこらえる羽目はめになった。


 ついでに、けっこうすぐ奥さんと結婚したのにも、理不尽を承知で腹を立てたけど、こっちが次にれ込んだ相手もすぐ近しい知り合いだったのだから、多分お互いさまだ。


 いろいろあったな。


 人生、なにがどうなるか、ホントわからない。


 それにしても、あたしがれた男は二人とも死んでるな。


 魔女か。魔性の女か。


 困ったな。次は、長生きしそうな男にれたいな。



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 ちょっと切ない、しくじり婚約者ユーディットさんのお話です。

 第一章の時点で元婚約者という設定はあったのですが、内容的に蛇足のため割愛しました。


 本編はここで前半戦が終了、後半戦の『もっと猫の手も借りる!! 世界大戦2』に続きます。

 そちらもまた、おつき合い頂けたら嬉しいです!

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猫の手も借りる! 世界大戦 〜黒髪の剣術娘、立身する! 猫とロボと仲間を連れて、世界中の戦争に飛び込みます〜 司之々 @shi-nono

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