第5話  仕組まれた罠

 毎年、芋畑では3年生がサツマイモを育てているが、この時期には収穫もすんで、熱心な園芸児童もやっては来ない。つまり人知れず何かを行うには最適な場所ということになる。なにかってなんだ。考えてみれば人目をさけるのは悪いヤツと決まっている。……帰ろうかな。


 引き返そうとした俺の耳をかすめて何かが飛んできた。見れば吸盤きゅうばんのついたオモチャの矢だった。おみくじのような紙が結びつけられている。矢の飛んできた方を見渡したが、だれもいない。


 ――果たし状の次は矢文やぶみかよ。


 俺はおみくじっぽい紙を開いて見た。こんどは定規で引いたような直線だけで、字が書いてある。切り貼りは疲れたのか。


 ――足もとの矢印を見ろ。


 矢印だと? 足下をみると、白い小石が右向きの矢の形に並んでいた。

 俺は犯人が楽しんでやっているとしか思えなかった。この性格の人物をよく知っているような気がする。誰だったかな?


 右に進むと、また石の矢印があった。芋畑の向こう側に行かせようとしているらしい。畑を越えるとまた矢印があった。たどり着いた先は、リヤカーやシャベルが入っている倉庫だった。最後の矢印が倉庫の入り口を指し示している。中に入れということか。さすがに恐くなった。開けた途端とたんに矢の餌食えじきになるのはいやだ。


「おい!」


 俺は入り口の前に立って中に呼びかけた。


「来たぞ! 用事はなんだ?」


 耳を澄ませても倉庫の中は静まりかえっている。


「出てこい! こんなところまで来させて、どうするつもりだ」


 俺は徐々じょじょに腹が立ってきた。お前は怒るのが遅いと、よく母に言われる。


「勝負するなら受けてやる! 堂々と出てこい!」


 弓矢を持った狩人かりゅうどが素直に出てきたら逃げようと思いながら、俺は身がまえた。すると。

 倉庫の引き戸がきしみながら開いた。

 そしたら、津雲つぼみが真っ赤な顔をして飛び出してきたんだ。


「つぼみ! 大丈夫か?」


 俺と果たし合いをしたい狩人が、つぼみを捕まえて人質にしていたに違いない。俺はつぼみの両肩をつかんで、自分の背中でかばおうとした。するとつぼみは左のこぶしで俺の手を振り払いざま、右から鋭いストレートを放った。



       * * * * *



「先輩! しっかりしてください! 先輩!」


 猿渡の声に目を覚ますと、俺は倉庫の前に寝転んでいた。


「俺はなんでこんなところで寝てるんだ?」


「そんなの、俺が知りたいっすよ。いったいどうしたんですか」


 俺の最後の記憶はつぼみのキレの良いパンチだけだ。なぜ殴られなければならなかったのだろうか。


「いつまで経ってもブザーが鳴らないから、様子を見に来てみたんすよ。そしたら先輩が目のまわり黒くして倒れてるじゃないすか」


 たとえテコンドーの有段者だとしても、女子にパンチをくらって気絶したとは言いたくなかった。だから。


「心配かけて悪かった。ちょっと眠くなったから横になっただけだ」


「師走の地べたに?」


「冷え切って気持ちが良かったんだ」


「先輩、ウソついてますよね」


「ウソなんかついてませんねー」


「それ絶対ウソだ。語尾の『ね』にウソが集約されている」


「ほっといてくれ。俺は帰る」


「ちょっと、先輩!」


 俺は猿渡に背を向けて校門に向かって走った。

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