第6話  夕焼けセラピー

「こんにちはー」


 いつものようにセラピーの玄関扉を開けて入ってきた津雲つぼみさんは、わたくしに促されるまでもなくカウンセリングルームに入ってきました。この部屋の壁には、いまにも海に沈もうとする夕陽を描いた大きな絵が飾ってあります。


「どうしました。元気がありませんね」


「そんなことないし」


 と言いながらソファに腰を下ろすと、はあとため息をつきました。山のように抱えてきたカピバラのパンにも手をつけようとしません。明らかに日頃の元気ほとばしるつぼみさんとは別人のようです。


 皆さん、こんにちは。

 わたくしはこの夕焼けセラピーのセラピスト、雪ノ下ゆきのしたひそかと申します。御覧のように和服を愛用する和装男子です。   

 異界とこの世の境にセラピールームを構え、悩みを抱えた皆様のお話相手になることを生業なりわいとしております。特別な治療はいたしません。悲しいおはなしでも楽しいおはなしでも、ただ心ゆくまで話していただくことで心が軽くなればと願っております。

 わたくし自身が異界の出身ですので。どうしてもそちら方面のクライエント様が多いなか、本日のクライエントの津雲つぼみさんは、珍しくこの世の小学五年生です。つぼみさんはこの世から異界へ通じる「扉」を見つけて開けてしまうという特異体質の持ち主でした。いつもはその体質のせいで妙な事件に巻き込まれた相談を受けることが多かったのですが、どうやら今日は違うようですね。


「雪ノ下先生?」


 やっと、つぼみさんが口を開きました。


「はい。なんでしょう?」


「先生、恋ってしたことある?」


 おや、左斜め上から来ましたね。こういう場合、決して笑ってはいけません。


「ありますよ」


「ホントに?」


「お疑いなりますか」


「ううん。ゴメン。それで上手くいったの?」


「上手くいったこともあれば、残念なこともありましたね」


「それって何度もあるってことじゃん」


 つぼみさんは目をまるくしています。失敬しっけいな娘です。


「それほどでもありませんが」


「先生、結婚してたっけ」


「いいえ」


「最後の恋が残念なやつだったの?」


「まあ、そうかも知れませんね。ところで、つぼみさん、恋をしてらっしゃいますね?」


「ええーっ! なんで分かったの?」


「この流れで、なんでか説明するまでもないと思いますが」


「きゃー!!! 恥ずかしい!」


 つぼみさんは耳まで赤くなって両手で顔を隠しました

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