第7話 つぼみの初恋
「ずっと好きだったわけじゃないの。いつもそばにいるってだけだったのに。なんか、こう、いきなり急に好きになっちゃったの。同じ教室にいると、いつも目で追っちゃって、目が会うと嬉しくてドキドキするの。うちって変なのかな?」
「いいえ。すこしも変じゃありませんよ。つぼみさんが少しずつ大人の女性へと成長しているだけですよ」
「そうなんだ。なんか、うん。ありがとう」
つぼみさんのうるんだ瞳が恥ずかしげにまたたきました。
「それで、その相手の方というのはどなたなんですか?」
「小学校の同級生なの。マンションも一緒」
「
「きゃー!!! 恥ずかしい!」
つぼみさんはスニーカーの足をばたつかせて暴れています。
「それではなかなか二人きりになれませんね」
「そうなの! だからね、困ってたら、超良い人に会っちゃったの!」
「超良い人ですか?」
「うん。昨日学校の帰りにカピバラのパン屋さんに寄ったら、パン屋さんの向かいにピンクの丸いお店があって、大きめの犬小屋くらいなんだけど、そのなかに銀のマントを着たカモノハシのお姉さんが坐ってたの」
「その生物なら、存じ上げてますよ」
悪気はないのですが、得体の知れないおまじないで人を惑わすカモノハシです。
「ほんとに? そのカモノハシさんがわたしを占って『お嬢さん、あなた、恋をしてますね?』って言ったんで、ビックリしちゃって。思わず『どうしてわかるんですか?』って訊いたら『占い屋だからわかる』って言うの」
「ほお。それでどうしました?」
つぼみさんくらいの年頃の子の半分近くは恋をしているだろうと思われましたが、わたくしは気持ちが顔に出ないように苦労しました。
「うちの話をいっぱい聞いてくれてね、告白するならこうしなさいってアドバイスしてくれたの」
「無料でですか?」
「ううん。上手くいったら、お小遣い三ヶ月分を一五回払いで払えばいいんだって」
「ずいぶん高い買い物をしましたね」
「後で考えたらそんな気もしたけど、その時はすごいお得だと思っちゃった」
「やれやれ」
わたくしのクライエントを
「でもね、雪ノ下先生、上手くいかなかったんだよ」
「え? どうして?」
「うちにも分かんないの。カモノハシさんに言われた通りに、差出人の分からない手紙も書いたし、二人きりで会える場所にそっと呼び出したのに」
つぼみさんはまた深いため息をつきました。
「来てくれなかったんですか?」
「来てくれたんだけど、なんかすごい怒ってたの」
「つぼみさんのことを?」
「わかんないの。やって来たと思ったら勝負しろとか言うの。うちが隠れ場所から出ていったら、いきなり肩を抱こうとするのよ。意味分かんないでしょ? だからグーパンチして逃げて来ちゃった。きっと嫌われてるよね?」
「うう~ん。さぞ混乱されていらっしゃるでしょうねえ」
「やっぱり怒ってると思う?」
「それは御本人に訊いてみないことには」
「そんなこと出来ないよ」
つぼみさんは目に涙を浮かべていました。
「つぼみさん、恋に必要なのは勇気なのですよ」
「そうなの?」
「まずは殴ったことを謝られてはいかがですか?」
つぼみさんはしばらく御自分のスニーカーの爪先を眺めていましたが、じきに顔を上げました。
「よし! 謝ってくる!」
「それでこそ、つぼみさんです」
「ありがとう、雪ノ下先生! またねー」
足取りも軽く帰って行かれましたが、大丈夫でしょうか。陰ながら応援しましょう。
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