第8話  初恋キャンディー

 夕ご飯を食べてお風呂に入ってから、うちは宿題をすると言って自分の部屋に引っ込んだ。リビングからは両親と兄がテレビのバラエティ番組を観て笑っている声が聞こえる。平和な夜だ。


 スマホに登録してある風森景太にラインを送る。「ベランダ」


 我が家と景太の家は隣同士でベランダが繋がっていて、間に高さ2メートルくらいの仕切り板が立っている。火事になったらこの仕切りを蹴破って隣家に逃げていいらしい。ちょっと楽しみ。

 ベランダは寒かったからパジャマの上からフードのついたコートも着た。サンダルを突っかけてベランダに出ると星がきれいだった。


「つぼみ? いるのか?」


 仕切りの向こうから景太の声がした。心臓がちょっと早くなる。


「いるよ。ごめん。呼び出して」


 しばしの沈黙。


「景太?」


「ひょっとして、今日、お前に呼び出されるの、2回目じゃね?」


 なんて勘の良い奴だ。もう全部まとめて謝ろう。


「そうだよ。手紙書いたのも、うち。ごめん。悪かったと思ってる」


 また沈黙。


「景太、殴ってゴメンね」


「それは反省して欲しいけどな」


「ごめんなさい」


「それ以外のところが分かんないんだよ。お前、何がしたかったの?」


 前言撤回。なんて勘の鈍い奴だよ。普通分かりそうなもんだろ。


「二人きりで話がしたかったの」


「だから、なんでだよ」


 ばっかやろ。そういうことは自分の頭で考えろ。タコ!


「つぼみ?」


「うん」


「ちゃんと答えろよ。気持ち悪いだろ」


「……」


 もう限界。うちには耐えられない!


「もういい!」


「良くねえよ。はっきり言えよ」


「やだね」


「やだねって、おま――」


 その時だった。うちの机の上がポワンと明るくなった。

 そこに載せておいた初恋キャンディーがキラキラと星のようにまたたきながら、フワリとちゅうに浮かんだのだ。三本のキャンディーは追いかけっこをするようにベランダに飛んでくると、うちと景太が観ている前で何度も同じコースを飛んで、光跡こうせきで夜空に字を書いたんだ。


  I love you ! I love you ! I love you !

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る