初恋キャンディー <モフモフコメディ>甘い扉 Ⅳ
来冬 邦子
第1話 占いキャンディー
それは北風がプラタナスの丸い実を揺らす午後のこと。
温かいパンの大袋を胸に抱えて、
「そこの可愛いお嬢さん!」
つぼみを待っていたかのように柔らかな女性の声が呼び止めた。だが、つぼみは全く反応せずに歩き出す。自分を表す形容詞に可愛いは無いと確信している者の堂々たる歩みだった。
「お嬢さんたら! ちょっと! そこの子! お待ちってば!」
やっと、つぼみが振り返ると、いつからそこに店を出したのか、パン屋の向かいに大人の背丈ほどの小さな屋台店があった。まったく記憶に無いのが不思議なくらい派手な店で、形は卵型、外装はショッキングピンク。内装は金色だった。
「うちのことですか?」
つぼみは驚きを隠せない。――うち、可愛いの? マジで?
「そうですとも。可愛いお嬢さん、こんにちは」
「う、こんにちは」
店の中には銀のマントを頭から被り、口元を残して、すっぽりと身を包みこんだ女が、小さなテーブルを前に置いて優雅に坐っている。問題はその口元で、どう見てもアヒルのクチバシだった。
「占いキャンディーをいかが? 好きな色を3つ選んだら占って差し上げますよ。一回百円よ」
店の内側の金色の壁には数え切れないほどのグラスが埋め込まれていて、そこに色とりどりの棒付きキャンディーが花束のように差し込まれている。
「占いキャンディー?」
つぼみの瞳が輝いた。占いと言うだけで心が躍る。
「そう。わたしは占い屋のダックビルよ。よろしくどうぞ」
パンのおつりの百円玉をひとつ渡すと、ダックビルはテーブルと坐っていた椅子を脇にどけて、つぼみがキャンディーを選べるように場所を空けた。
「すごい綺麗!」
キャンディーの色は一つとして同じものは無く、星空に迷い込んだようだった。悩みになやんでつぼみが選んだのは、桜の花びらのように微かに青みがかった淡いピンクと、六月の空のような儚い水色と、霧のように深い白だった。 すると。
「お嬢さん、あなた、恋をしてますね?」
驚いたつぼみはあやうくパンの袋を落としそうになった。
「どうしてわかるんですか?」
「お嬢さんの選んだ三色の組み合わせは、初恋キャンディーと呼ぶのよ」
「初恋キャンディー?」
テーブルと椅子を元の位置に戻して坐りこんだダックビルは、おもむろに銀のマントをはね除けた。現れたのはつぶらな目をしたカモノハシだ。カモノハシは脇に挟んでいた丸縁のメガネを鼻に乗せてつぼみを見上げた。
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