第3話  見知らぬ敵

  早朝の下駄箱寒し寒雀かんすずめ


 いきなり一句詠んでしまった。俺の趣味は俳句である。これでも俳句クラブの副部長だ。俳句は難しい。いま詠んだ句も季重きがさなりだ。小学五年生にしてはハードルが高めだが、自分で自分の限界を決めてはいけない。さて上履きを取ろうとしたら、大きめの茶封筒が靴に乗せてある。


「なんじゃ、こりゃ」


 驚き過ぎて心の声が出てしまった。不覚だった。

 上書きは、風森かざもり景太けいた。俺の名前だ。ただし、再放送のミステリードラマのように、一文字一文字を(雑誌か何かから)切り貼りしてある。大きな文字と小さな文字のバランスがなかなか上手いが、宛先に「様」を付けないのはいただけない。中を確かめようとしていると人の気配がしたので、急いでサブバックに押し込んだ。


「ああ! いまなんか隠したべ!」


 このバカ陽気な声は四年の猿渡さるわたり悟朗ごろうだ。俳句クラブの会計係である。


「先輩、いまの何?」


「君には関係のないものだ」


「知~り~た~い~」


「体をくねらすな。気色の悪い」


「ちょっとだけ! 誰にも言わないから、ね? ね?」


「お前のその好奇心を勉学に回すべきだぞ」


「回しても余っちゃうんですよウ」


 根負けした俺は猿渡に封筒を見せた。


「ええーっっっ!!!」


 猿渡は上半身をのけぞらせた。体の柔らかい男だ。


「先輩。これって脅迫状きょうはくじょうじゃないですか?」


「うむ。俺もそんな気がしている」


「大丈夫っすか? 警察呼びます?」


「その前に先生方に連絡が先だろう」


「いやいや、先生達の中に犯人がいる可能性もありますからね」


「そうか、なるほどって。お前、ミステリ好きだろ?」


「将来の夢は私立探偵ッス」


 始業時間にはまだ余裕があったので、俺たちは二階の渡り廊下に行った。ここは吹きさらしで寒いので、冬場はあまり人が来ないのである。

 さて封筒を開けると(べったりのり付けしてあったのでハサミが必要だった)中にはA4サイズの白い紙が四つ折りにされて入っていた。広げてみると、また切り貼りの文字がつらなっていた。 


「先輩、これは!」


 猿渡は文面を読むなり目をむいた。リアクションがバリエーションに富んでいて素晴らしい。俳句よりお笑い向きだと思う。後でアドバイスしてやろう。     

文面は簡単なものだった。切り貼りで長文を作る苦労をさけようとしたのがにじみ出ている。


 ―― 今日の放課後、体育館裏の芋畑に来い。必ず一人で来い。誰にも言うな。

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