4:僕らは唯一残された道の先で

 …… ZZZ ……



「日中の脈拍、血圧は安定していますが夕方のこの時間になってきますと、寝ることへの恐怖でそれらが弱まってきています。特に血中の酸素飽和度サチュレーションも低下して行きます――」


「眠りが深く睡眠時の筋肉は活動を止めてしまっているため、寝返りができない状態が続きます。また長い時間眠られている関係からじょくそうができやすくなっていますので――」


突発性過眠症ナルコレプシーの症状が出始めた際より量を調整し、精神刺激薬ミダフィニルを投与してきましたが、これ以上は依存性の高い薬のため、投与を抑え、決められた時に休まれるように――」


 …… ZZZ ……


 順序良く回診を済ませていくが、時刻はすでに十九時を過ぎ、それぞれの病室で患者の睡眠活動計や日中の活動計を注視ちゅうししていたのもあいまって、疲労はかなり溜まっていた。

 しかし、弱音を吐く暇もなく、最後に訪れたのは休憩終わりに話していたさくらさんの病室。適切な挨拶を済ませ、病室に入るとさんと御両親が揃っていた。


 僕らの顔が見えると、カプセル式ベッドの対面に配置されたカウチソファから御両親は腰を上げ、その場で会釈をする。

 こちらもそれに応え、腰を下ろしてもらう。


 部屋は十畳ほどの広さで、全体的に白を基調きちょうとし、内装の家具は刺激色ではないリラックスできる緑や水色を主に置かれている。 

 ここでは患者に余計なストレスを与えないように、自宅に帰ってきたような感覚で過ごしてもらうため、家具のレイアウトなども自由に動かすことが可能だ。


 ただ一点、でかでかと存在を主張する睡眠治療用ベッドは、その例外だった。


「こんばんは、凛さんに咲楽さん。今日はよろしくお願いしますね」


 ベッド上で、こちらを見つめながら、か細くもつややかな声であいさつをくれた真彩さんは、頬の横を流れるサイドバングを耳にかき上げ、少しだけ口角をあげる。

 今夜、治療を行うことを事前に話していたが、予想に反して随分とリラックスしている様子に見えた。


 しかし、ベッド脇に繋がる行動計を見ると、すでに睡眠促進ホルモンメラトニンが多量に分泌されているため、基礎体温や血圧などの低下が確認できた。

 そのため、真彩さんの顔に張り付けられている表情が僕にはどうしても、悪夢をまた見てしまう恐怖に怯えながらも自分を誤魔化して強がっているように映った。


 だからこそ、僕はそんな真彩さんの努力に対し応えたいと、強い想いを抱く。


「真彩さん体調の方はいかがでしょうか、すでに睡眠促進ホルモンメラトニンの多量分泌が確認できています。恐らく体内時計も狂い始め、身体が言うことを聞かなくなったりしていませんか? 横になりながらでも――」

「いいえ、問題はありません。ご心配かけるほど弱い身体に生んでいただいてません」


 御両親の手前、無駄な心配を掛けたくないのか、真彩さんは僕の言葉をさえぎった。


 しかし、数値はうそをつくことは出来ない。

 今、こうして話す間にも、身体は睡眠促進ホルモンメラトニン誘惑ゆうわくに負け、体温や血圧、筋肉運動量は下がる一方だ。


「では手短に今夜の治療について簡易的な説明をいたします。たびたび省略しょうりゃくする箇所がありますが、ご了承ください」


 それに真彩さんと御両親が了承を示したため、説明に取り掛かった。


「この後、看護師よりストレス誘発ゆうはつ剤が投与されますと、一時的にストレス値を超過フローし、疑似ぎじ的に亜種夢強制共感病あしゅむきょうせいきょうかんびょうを発症させます。それを確認後、治療室に運び、私たちは、真彩さんが発生させる磁場を治療医用のベッドで受け取り、同調どうちょう、感染します。感染後、私たちは真彩さんの悪夢内に入り、ストレスの源であり、悪夢を形成する『メア』と呼称される記憶信号の集合体を攻撃し、相殺そうさい治療する形になります」


 と大まかなさわりの説明を終え、「何か質問や気になった点は?」と尋ねる。


「その、なんでしたか記憶信号(?)を治療すると、具体的にどうなるんでしたか? いたずらに年を重ねたせいで最近物覚えが……」


 お父様が冗談を交えながら申し訳なさそうに聞くので「納得いくまで何回でも聞いてください」と返した後、その問いに答えた。


「ストレスの源になる記憶信号が消えるので、それに関連する記憶が薄れます。これは後に控えるカウンセリング治療を行う際、真彩さんが少ないリスクでストレスの原因を思い出し、克服の手助けをするための治療法、と思っていただいても差異はないです」


 この回答にお父様は理解したのか、大きく相槌あいづちを取った。


「ではこれより、先ほど説明した手順で治療を始めさせていただきます」


 その後、僕の指示で看護師が真彩さんのバイタルチェックを行い、用意されたストレス誘発剤の投与が完了した。


 副作用により真彩さんの意識が次第に混濁こんだくとしていく中、御両親は「頑張って来いよ」などの声掛けをされ、それに真彩さんも精一杯の笑顔で応える。


「ではまた後程、迎えに上がります」


 これ以上家族の時間を邪魔じゃましてもいけないなと感じ、僕らは挨拶を済ませ、真彩さんに向けて一言だけ添えて退室した。


「はい、お待ち……、しております」


 僕らが病室内から見えなくなる最後まで、真彩さんは僕らに希望を見出すような眼差しを向けていた。


 その夜、二一時に時刻が差し掛かろうとした時、待機ステーション内で注視ちゅうししていたバイタルモニターの背景が、赤い警告色に切り替わった。


 …… ZZZ ……

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湧泉凛は悪夢に魘されない 士笑(ジエイ)@💤😈 @jiei_lycoris

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