誰よりも認められたいという自尊心に翻弄された人生が切ない作品です

偉大な父王と、穏やかで控えめな弟。
息子であり兄である語り手は、二人への歪な感情を抱きながら成長し、その自身の心に運命を翻弄されていきます。

歪んだ感情が、けれど文章から切実に伝わってくる作品でした。
偉大な父に自身を認めてもらいたい。
誰が抱いてもおかしくはないその感情が歪みを見せたのは、自分よりも劣ると思っていた弟と自身が父から対等に扱われたことに対する、小さな不満からだったように感じられます。
父王は平等に、公平に二人の子を愛そうとしているようですが、自尊心が強過ぎたが故、語り手はその「公平さ」を受け入れられなかったのではないかと、私には思われました。
自分こそが最も認められるべきだという思いは、父の「公平さ」の前で打ち砕かれ、劣等感へ変わってしまったのではないかと。
誰よりも、弟よりも、愛されたかったのに、そうはならなかった。
彼の心にある盃は満たされず、自身が軽んじられている、認められていない、まともに見られてすらいない、そういう黒い感情に塗れていってしまったのではないかというのが、落ち着いた語りから滲み出してきます。

特に、その語り手の感情が強く迫ってくるのが、第3話。
彼のとった行動は、権力を得るためのそれですが、しかし、彼の心には、玉座より権力より命よりも、見て欲しい、認められたいというその思いが強くある事が、それができればその他のことなど構わないという狂気に近い悲しい思いが、垣間見えます。
行いがどれだけ残虐でも、その背後にある切迫した感情がその残虐さをも切なくしていました。

結局、最後まで自分を認めさせることのできないまま目的を達したことも哀しいです。
自身の力を認めさせたいその相手が不在であれば、もう何をするのも意味がないという、身勝手だけれどどうしようもない腑抜けた心が伝わってきました。

ラストは業の深さをひしひしと感じる展開でした。
行間に、切なさと共に、不穏さ、訪れえる哀しい出来事を彷彿とさせられました。

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