第4話 未来に光あれ
「なるほど、そういう事があったのでござるか」
「二つの首飾りの謎、すごく興味がアリマス!」
「で、私達が呼ばれたってことはそういう事なのよね。アルド」
セバスちゃんと別れた後、アルドはサイラス、リィカ、エイミの三人を集めてミグランス城へ来てこれまでの事情を話していた。
アルドはエイミの問いに深く頷く。
「ああ。本当に首飾りを渡すだけで事態が解決するならそれでいい。でももし何か起こってしまった時のために備えておきたいんだ。三人とも、力を貸してもらえるか?」
「あいつかまつった。当然協力するでござるよ」
「リィカはいつでもアルドさんの味方ですノデ!」
「私も右に同じ。何が起きても私達で解決してみせましょ」
「ありがとう、皆!」
心強い仲間に囲まれ、アルドの心に救っていた不安の闇は一気に吹き飛んだ。きっと何があっても、この三人がいれば事態は解決できるだろう。
「それじゃミグランス王とカーシェに会いに行こう」
アルドの声に三人が頷くと、アルド達はミグランス城の中へと入っていった。
◇
「おお、アルド! 良く無事に帰ってきた。それに他の皆も息災であるようだな」
突然の来訪にも、ミグランス王はアルド達を大手を振って出迎えてくれた。カーシェもいつものようにミグランス王の傍らでひっそりと立っている。
「ところでアルド、お前が戻ってきたという事は、例の首飾りは……」
「はい、ここにあります」
そう言って、アルドは右手に白磁の首飾りを、左手に黒曜の首飾りを持ってミグランス王に見せた。ミグランス王は満足げに頷くと、後ろに控えていたカーシェに声をかける。
「カーシェ、この首飾りを見てくれ。お前の探していたもので間違いはないか?」
カーシェがすっと前に出る。そして二つの首飾りを一つ一つじっくりと見た後にアルドに向かって儚げに微笑んだ。
「間違いありません。これこそ、私が探していた首飾りです」
「そうか! これで世界が救われるんだな!」
「はい。後は私にお任せください。しかし、ここで事を起こすには狭すぎます。そうですね……バルコニーまでご同行願えますでしょうか?」
「ああ。行こう、みんな」
そうして一同はミグランス城のバルコニーへと場所を移すのだった。
一同はミグランス城内を移動し、バルコニーへとたどり着いた。時刻はもう夕暮れで、緋色の光がバルコニーを染め上げている。
バルコニーに到着すると、カーシェはアルドに向かって手を差し伸べた。
「アルド様、首飾りを私に預けてくださいますか?」
「……分かった」
ほんの少しだけ、アルドはカーシェに首飾りを渡すのをためらった。しかし、心の中で覚悟を決めると、アルドはカーシェに二つの首飾りを預ける。首飾りを受け取ったカーシェは、バルコニーの端へとゆっくり歩いていった。
「……く、くっくっく……」
その時、カーシェの方から彼女に似つかわしくない笑い声が聞こえた。どう聞いても男の声だ。アルドは異変に気づき、カーシェに声をかける。
「カーシェ、急にどうしたんだ?」
アルドの問いかけにカーシェは爛々と赤い目を輝かせながらにたりとアルドに笑いかけた。とても嫌な笑い方だ。まるで、カーシェが別人になりかわってしまったみたいに。
「本当にご苦労様。何というお人好しで馬鹿なやつだ。ここまで簡単に騙されてくれるとは」
「お前、一体何者だ!」
アルドが激高して叫ぶ。
今のカーシェの姿をしている者はカーシェではないとアルドは完全に理解していた。邪悪な気配がひしひしとアルドの肌に伝わってくる。
カーシェの姿をしたそれは、突然力なくだらんと四肢を垂れた。そして、その背後から黒い霧のようなものが吹き出した。それはだんだんと
「ふふふ、
「そんな、大幽鬼って、カーシェが倒したはずじゃ!?」
「確かにこやつには前の体で戦い敗れた。しかし肉体を殺されても儂は死なぬ。代わりにこやつの肉体を乗っ取り、貴様らを利用させてもらったという訳だ。この首飾りを再び我が手中に収めるためにな」
「アルド、こやつから漂う強烈な妖気、只者ではござらぬぞ」
「サイラスの言う通りデス。ワタシのセンサーのドレもが異常値を示していマス」
「ちょ、ちょっと! あれ、まさかお化けなんて言うんじゃないでしょうね!?」
アルドの後ろで備えていた三人が武器を構えた。アルドも剣を取り出して大幽鬼に向かって構える。
「大幽鬼! 今すぐカーシェを開放しろ!」
「ほう、いいのか? 儂がこやつから離れればこやつは死ぬぞ? 儂が乗り移っているからこそ、仮初の命で永らえているのだからな」
「何だって! くそ!」
大幽鬼の甘言によりアルドに迷いが生じる。これではカーシェが人質に取られているようなものだ。だがその時、サイラスから激が飛ぶ。
「アルド! こやつの言葉に惑わされるなでござる! お主はこの時の為に拙者達を連れてきたのでござろう。ならばやるべき事は一つ。悪は打ち倒すべきでござる!」
「やりましょう、アルドサン」
「ああもう、もうお化けだって何だって戦ってやるわよ!」
頼もしい三人の言葉に、アルドは自分を取り戻した。そう、アルドはもしかしたらこうなってしまうかもしれないと予測していた。ならば迷っている場合ではない。今、ここで大幽鬼を倒さなければ世界が滅びてしまうかもしれないのだから。
「ありがとう、皆。大幽鬼! お前はここで俺達が倒す!」
勇ましいアルドの覇気に怯みもせず、大幽鬼はこちらを小馬鹿にするようにニタリと笑う。
「どれ、ではまずはお前達で遊んでやろう。そして儂はミグランス城を手中に収め、ここから全世界を支配するのだ」
「そんな事は絶対にさせない! 皆、行くぞ!」
『おう!』
掛け声とともに四人は大幽鬼の元に飛び出した。まずは先陣を切ったアルドが、大幽鬼に向かって剣を振り下ろす。確かに剣は大幽鬼の体を袈裟懸けに切り裂いた……はずだった。しかし、アルドの手に大幽鬼を切ったという手応えはなく、すかっと空振りしてしまう。
「何だ!? 剣が効かないぞ!」
「ならば拙者が! 水天斬!」
サイラスが水の力を刀に乗せて大幽鬼に斬りかかる。しかし、それも大幽鬼の体を素通りし、ダメージを与えられている様子は全く無かった。
「むう、属性を乗せた攻撃でも駄目でござるか……」
続くエイミとリィカの攻撃も同様だ。どれだけ攻撃してもまるで手応えがない。アルド達の攻撃は全ていなされてしまっていた。
その様子を見て大幽鬼が大仰に笑う。
「がっははは! 無駄無駄無駄! 無駄よ! 貴様らの攻撃で儂に傷一つ付ける事叶わぬわ! さて、それではこちらからもいこうか」
大幽鬼がふわっと移動してアルドに迫る。アルドは大幽鬼の攻撃を受け止めようと剣を盾に構えた。大幽鬼の拳が振り上げられ、そのままアルドに向かって叩きつけられる。剣の上から凄まじい衝撃が走り、アルドは吹き飛ばされてしまった。
「ぐあ!」
アルドは背後の壁に背中を強かに打ち付けて叫び声を上げる。激しく咳き込み戦場を見ると、皆が大幽鬼の攻撃に成す術なく蹴散らされている。
「アルド!」
突然声をかけられてその方へ振り向くと、ミグランス王がアルドのそばまで来ていた。取り乱した様子はないが切羽詰まっている。そんな顔だった。
アルドはすぐに現状を把握すると、ミグランス王に進言した。
「王様、すぐに城の中に戻り、ユニガンの人達を避難させてください!」
「しかし、ここでお前達を残しては……」
「大幽鬼は必ず俺達がなんとかします! でももしあいつが城下に降りていって被害が出ないとも限らない。だからお願いします!」
ミグランス王は少しだけ悩んでいたが、力強い眼差しでアルドを見つめると、両手でアルドの肩をがしっと掴んだ。
「分かった。ここはお前達に任そう。頼んだぞ、アルド!」
そう言って、ミグランス王は城の中に走り去っていった。これできっとユニガンの人々は大丈夫だ。
アルドはすぐに立ち上がると、仲間を助けるために大幽鬼に向かって走り出した。
「このぉ!」
アルドはもう一度大幽鬼に向かって剣を振るった。しかしやはり大幽鬼に効果はない。剣は虚しく大幽鬼の体を素通りし空を切った。
「無駄よ。何をしようと儂を倒す事などできぬ。食らえ!」
大幽鬼の攻撃がアルドに向かって飛んでくる。アルドは今度はそれをガードせずに後ろに飛び退き、大幽鬼の攻撃を避けた。避けた先には皆が固まっていた。
「大丈夫か、皆!」
「致命傷はもらってはいないでござる」
「でもどうするの? このままじゃ、なぶり殺しにされるだけだわ!」
エイミの問いにアルドは答えを出せないでいた。何をしても全く効果のない敵。ここでアルド達が倒れてしまえばミグランス城は大幽鬼に瞬く間に支配され、いずれは世界中が大幽鬼に蹂躙されてしまう。
(そんなの絶対に駄目だ! でも、どうしたら……)
悩むアルドにリィカが声をかけてきた。
「アルドサン。手はあるかもしれまセン」
「本当か、リィカ!」
アルドの声にリィカはこくっと小さく頷いた。
「攻撃をするフリをして、あの大幽鬼のサンプルを採取しまシタ。コレを解析する時間を稼いでくだサイ。必ずなんとかしますノデ!」
そう断言するリィカにアルドは力強く頷いて応えた。ここはリィカを信じるしかない!
「分かった! サイラス、エイミ。それでいいな?」
「当然でござる。絶対にリィカ殿には指一本触れさせはせぬでござるよ」
「やってやろうじゃない。任せて、リィカ!」
「よし、行くぞ!」
アルドの掛け声と同時に三人は散開した。アルドは大幽鬼の気を引くために攻撃を仕掛ける。今度は相手にダメージを与えるための戦い方ではなく、細かく攻撃してアルドに注意を向ける戦い方だ。それは成功し、大幽鬼は鬱陶しそうにアルドを振り払おうとする。
「無駄だと言っているのがまだ分からんのか、この単細胞共め!」
「無駄かどうかはお前が決める事じゃない。俺達が決める事だ! 俺達は絶対にお前を倒してみせる!」
「何もできない虫けら共が吠えおるわ!」
アルドと問答していた大幽鬼の背後をサイラスとエイミが襲う。
「おっと、拙者達の事も忘れてもらっては困るでござるよ」
「あんたには分からないかもしれないけどね、人間には無駄だと分かっててもやらなきゃいけない時があるのよ!」
サイラスとエイミの攻撃はやはり大幽鬼には届かない。しかし三人の波状攻撃は確かに大幽鬼の気を引く事に成功しているようだった。そうやって三人はダメージを受けないようにしぶとく立ち回り、大幽鬼を翻弄させた。
しかし、ついにその均衡が破られる。
「……ふう、飽きた。もう良い。遊びはこれでしまいよ」
大幽鬼がポツリと呟いた。その手にはいつの間にか首飾りが握られている。
「ッまずい! サイラス、エイミ! あれを使わせるな!」
アルドがそう声をかけた瞬間、大幽鬼が両腕を大きく薙ぎ払った。アルド達はそれをモロに食らい、吹き飛ばされてしまう。
大幽鬼は二つの首飾りを自分の首にかける。すると、首飾りはキーンと甲高い音を立てて共鳴し始めた。
「受けてみるがいい。無限の力を! さあ、首飾りよ。儂に力を!」
大幽鬼の力が膨れ上がっていくのが分かる。アルドはそれを阻止するのは無理だと判断すると、サイラスとエイミに声をかけた。
「二人とも! 俺がリィカの盾になる! だから二人は俺を支えてくれ!」
そう言いながら自分もリィカの元に走る。そしてリィカの元にたどり着くと、サイラスとエイミが集結していた。
「オーガベイン!」
アルドはオーガベインを抜き放つ。あれを防ぐにはオーガベインを頼るしかない。
「頼む、力を貸してくれ!」
「ふん、良いだろう。このままお前と共に消滅するのは癪だからな」
そんなやり取りをしている間にも、大幽鬼の力はさらに膨れ上がっている。そして大幽鬼は両腕を前に突き出し、両手を広げて構えの体制に入った。
「さあ、儂の力の前に消えるが良い!」
言い終わると同時に大幽鬼の両手から白と黒の入り混じった凄まじい力の
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「耐えるでござる! アルド!」
「私達がついているわ!」
じり、じりとアルドは奔流に押されていく。しかし、それを後ろの二人がしっかりと支えてくれていた。ただ支えてくれているだけではない。アルドを信じる二人の想いが二人の両手を通して伝わり、アルドはそれを力に変える。
やがて奔流は徐々に勢いが収まっていき、ふっと消えた。アルドは敵の攻撃に耐える事に成功したのだ。だが、全力を出し切ったアルドはオーガベインを地面に突き立て、肩で大きく息をした。
「ぐっ! はあ! はあ!」
「ほう、よくあれを防いだものよ。その剣、何やら特別な力があるようだな。しかしそれも一時しのぎに過ぎん。さあ、次の一撃で今度こそ消し炭に変えてくれよう」
またもや大幽鬼の首飾りが共鳴を始める。
(くそ、これで終わりなのか……!)
すでに成す術なく諦めてしまいそうになったその時、アルドの前に人影が現れた。リィカだ。リィカは振り向き、いつもの無表情でアルドに告げる。
「ミンナ、ありがとうございマス。ようやく解析が完了しまシタ。ココからが反撃の時デス!」
そう言うと、リィカは両腕を広げてツインテールパーツをグルグルと回転させた。バチバチと電撃のような音が鳴り、リィカが何かをしようとしているのが伺える。
「エネルギー充填率……七〇……八〇……九〇……一〇〇! アンチアストラルフィールド展開!」
その瞬間、リィカの体から紫色の領域が弾け飛んだ。それは球体のように広がり、アルド達を包む。しかし、特にアルド達に変化は起きなかった。それは大幽鬼も同じだったようだ。自分の体を少し確かめるように動くが、すぐに大笑いを始めた。
「……ふ、ははははは! 何をしたかと思えば何も変わらぬではないか! こけおどしなんぞしよって」
「こけおどしかどうか、コレを食らってから言ってくだサイ! クラッシュスタンプ!」
リィカは大幽鬼に走り寄ると、その顔面に向かって槌を振り下ろした。今まで通りなら槌は素通りしてしまうはずだ。しかし、リィカの槌は見事大幽鬼の顔面を捉え、鈍い音を立てて叩かれた。大幽鬼は片手で顔面を抑えてうずくまる。
「ぐうぅ! ば、馬鹿な! お前達の攻撃が儂に効くなどありえん!」
「すごいなリィカ! 一体どうやったんだ?」
アルドの問いにリィカは両腕を腰に当てて自慢気に答え始める。
「大幽鬼の体は気体のようなもので形成されていまシタ。そこで、その気体を物質化させるタメに独自のフィールドを作り出して周囲に展開したのデス」
「という事はつまり……?」
「簡単に言えば、もうアルドサン達の攻撃も大幽鬼に通じるようになった
という事デス」
「なるほど! よし、これでやつに反撃ができるぞ!」
喜ぶアルド達を横目に大幽鬼が忌々しげに吐き捨てる。
「馬鹿めが! 儂にはまだ首飾りの力がある。今まではこの城を壊さぬように手加減をしておったがもうやめだ。周囲一帯を消し炭に変えてくれるわ!」
そう言うと、大幽鬼の首飾りが爛々と輝きだした。その光り方は先程の比ではない。本当に全てを消し去ってしまうつもりだ。
「させるか!」
「もう遅い! 消えろ! 虫けら共!」
より一層光が増し膨らんで爆発する……と思った瞬間、首飾りの光は急速に小さくなり消えてしまった。大幽鬼は完全に想定外だったようで大きくうろたえた。
「馬鹿な! どうした首飾りよ! 突然何があったのだ!」
その時、声が聞こえる。若い女性の声だった。
「この時を待っていた。大幽鬼、お前を倒しうるこの好機を。首飾りの力は私が抑えた!」
「カーシェか! この死にぞこないめが!」
声の主は、大幽鬼に寄生されていたカーシェだった。カーシェは両手を組んで、まるで願うようにしている。きっとカーシェの力で首飾りの力を抑えつけているのだろう。
大幽鬼は両腕を大きく振り上げた。
「もう貴様なぞを依り代にする価値などないわ。今すぐ潰してくれる!」
大幽鬼が両腕を振り下ろすその瞬間、アルド達の中から飛び出す影があった。その影は大幽鬼の腕に自分の拳を叩きつける。
「ダブルダウン! 殴れちゃえばもうあんたなんて怖くなんてないわ!」
飛び出したのはエイミだった。エイミの攻撃に大幽鬼の両腕が大きく上に弾かれ、大幽鬼は体勢を崩した。それを見逃すアルド達ではない。アルドとサイラスは同時に飛び出した。
「アルド! ここで決めるでござる!」
「ああ! 俺に合わせてくれ。サイラス! 行くぞ、アナザーフォース!」
アルドはアナザーフォースを展開し、大幽鬼の動きを止める。もう出し惜しみはなしだ!
剣を構えた二人は大幽鬼に迫る。そして刀身を輝かせると、お互いが交差するように動き、同時に大幽鬼に斬撃を繰り出した。
『エックス斬り!』
斬撃の狙いは大幽鬼の首元。首飾りの場所だった。二人の剣は首飾りを砕き、そして同時に大幽鬼の首を切り飛ばした。二人が剣をしまうと同時に、大幽鬼は後ろに大きく倒れる。
「儂が……負ける? ありえぬ、ありえぬありえぬありえぬ!!! 儂は世界を統べる王になるのだ。このような、ところ、で……」
残された首はそう言葉を残すともう何も言わなくなった。首を飛ばされた体ももうピクリとも動かない。アルド達はついに大幽鬼を討ち倒したのだ!
ふう、とアルドは一息ついて額の汗を拭う。すると、か細い女性の声が聞こえてきた。
「アルド様……アルド様、そこにいらっしゃるのですか?」
声の主はカーシェだった。アルドは慌ててカーシェの元に向かい、カーシェを抱き起こした。その時のまるで紙のような軽さにアルドは驚いた。
「カーシェ! 俺はここだ! 大丈夫か!」
「アルド様、私はもうすでに死んだ身なのです。今生きているように見えるのは、大幽鬼の力の残滓が残っているからに過ぎません。アルド様、最期に今回の件の
すぐに分かった。これはカーシェの遺言だ。それを察したアルドはカーシェに促した。
「……分かった。話してくれ」
「ありがとうございます。私が住んでいた村は代々門外不出の首飾りを守ってきて、私の家系は首飾りの守り人をしていました。しかしある日大幽鬼が村を襲い、私は守り人の役目を果たせず、大幽鬼に首飾りを奪われてしまいました。村人も私を除いて全て殺され、私は使命を果たすべく修行をしながら大幽鬼を追いかけ続けました。大幽鬼が完全に首飾りの制御ができるようになってしまう前に討たなくてはならなかったのです。そしてついにその日がやってきました。私と大幽鬼は死力を尽くして戦い、最後は私が大幽鬼の首を切り落として勝ちました。そして首飾りを取り戻した時、ふと気がつくと空間が歪んで穴のようなものができていたのです」
「強大な力のぶつかり合いで時空が歪み、時空の穴が空いたのやもしれぬでござるな」
「大幽鬼の力を計算に入れレバ、約78.6%の確率で発生した事象だと思われマス!」
「首飾りを守っていた村はもうありません。私はこの首飾りが新たな火種になる事を恐れ、その穴へ首飾りを投げ入れたのです。その瞬間でした。後ろから鋭利なものに心臓を貫かれて絶命したのは。そう、大幽鬼は生きていたのです。大幽鬼は他者の肉体に宿る鬼。その正体に気付かず、私は油断し殺されてしまいました。そして大幽鬼は依代を私に変え、私に成りすまして今回の事件を引き起こしたのです。皆様、この度は私の力が至らなかったばかりに大変なご迷惑をおかけしました。深く、お詫び申し上げます」
「そんな事ない! だってカーシェは被害者じゃないか! 悪いのは全部大幽鬼だ!」
「そうよ! むしろあなたはよくやったと思うわ!」
「カーシェ殿、終わりよければ全て良しと言うではござらぬか。全部、もう終わった事でござるよ」
「人的被害、物的被害共にほぼありまセン。コレはカーシェサンが首飾りの力を止めてくれたからデス」
口々にカーシェをかばう皆の姿に心を動かされたのか、カーシェは儚げに笑って目から一筋の涙を流した。
「皆様……ありがとうございます。最後にアルド様、罪滅ぼしに貴方の未来を視させてください」
そう言ったカーシェは、すっと自分の右手をアルドに触れた。
「俺の?」
アルドに触ったカーシェは目を瞑る。
「……視えます。貴方は暗い闇の中に一人ぼっち。それでも貴方は前へと歩き続ける。そこに集まる小さな光達。光はやがて道となり、貴方を支えてくれるでしょう。ああ、貴方の進む未来はこんなに光に満ちているのですね」
その時、カーシェの体がさらさらとまるで砂のように崩れ始めた。アルドは繋ぎ止めるようにカーシェの名を呼ぶ。
「カーシェ! カーシェ!」
「お願いですアルド様。どうか、その貴方の光で貴方を待っている人達を……照らして……あげ、て……」
最後まで言い終わると同時に、カーシェの体は脆くも崩れ去った。カーシェだったものは風に乗り、バルコニーから天空へと流れていく。皆は言葉もなく、ただそれを見送っていた。
アルドは泣きそうになる自分をぐっと堪えると、立ち上がって空を仰いだ。夕暮れは終わり、空は常闇が支配している。その中に一つ、際立って光り輝く星があった。アルドはその星に向かって語りかける。
「約束するよ、カーシェ。俺達が絶対に実現してみせる。カーシェが視えたその未来を。そしてその未来の先まで。だから……安心して眠ってくれ」
視えた未来のその先へ 夢空 @mukuu
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