視えた未来のその先へ
夢空
第1話 邂逅
ある晴れた日、アルドはミグランス城の城門の前に立っていた。というのも、ミグランス城の伝令がバルオキーにあるアルドの家に来て、ミグランス王から至急ミグランス城に来てほしいと依頼があったからだ。アルドは一つ返事で了解し、こうしてミグランス城に来たというわけだ。
アルドはミグランス城を見上げながら口に手を当てた。
「王様が一体何の用なんだろう?」
伝令からは詳細はミグランス王が直接話すとの事で聞かせてもらえなかった。聡明なミグランス王の事だ。何か理由があっての事だと思うが、わざわざアルドを呼び出したというのがアルドは気になっていた。
とは言え、こうやって城の前に立っていてもしょうがない。アルドは城門をくぐり、ミグランス城の階段を登っていって玉座の間にたどり着いた。そこにはミグランス王とその傍らに灰色のローブを身にまとった人影が立っている。ローブのフードは目深に被られ、その顔は影になっていてよく見えない。
ミグランス王は数歩踏み出すと両手を広げてアルドを出迎えた。
「アルド、変わらず息災のようだな。
「王様も元気そうで何よりです。俺の事は気にしないでください。王様の頼みとあれば
「うむ。その前に紹介しておこう。カーシェ、こちらへ」
ミグランス王は振り向いてローブの人影に話しかけた。カーシェと呼ばれたそれは足音を一切立てず、滑るようにこちらへと歩いてきた。そして両手でフードを取り、その下の素顔を
カーシェは女性だった。水晶のような銀色の髪に宝石を埋め込んだのごとく鮮やかな翠の瞳。そして往来を歩けば誰でも振り向くような端麗な顔立ち。しかし、その顔立ちには少しばかり影があるように見えた。
カーシェは儚げに微笑むと右手をアルドに差し出した。
「アルド様でございますね。私、カーシェと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく」
アルドは差し出されたカーシェの手を握った。驚くほど冷たい手だ。しかしアルドはそれをおくびにも出さない。冷たい手を持つ人の心ほど温かいなんて言葉もある。きっとカーシェもそういう人なのだろうとアルドは心の中で思った。
挨拶をすませた二人にミグランス王が話しかける。
「カーシェは悪さをする魔物を倒すために各地を旅歩いていてな、
「へえ、そうなのか。カーシェってすごく強いんだな」
アルドの素直な感心にカーシェは少しだけ微笑んで首を横に振った。
「アルド様のご活躍に比べれば私など大した事はありません。さて、ここから先は私がお話いたしましょう。私が魔物を狩るのには理由があります。私がまだ幼少の頃、一匹の魔物によって私が住む村は滅ぼされました。その魔物の名は大幽鬼と申しまして、私はその大幽鬼を討つために長年、己の技の腕を磨きながら放浪の旅を続けていました」
「大幽鬼は東の国からつい最近渡ってきた魔物らしい。大幽鬼による被害報告はこちらにも届いていたのだが、そのあまりの強さゆえ誰も奴を討伐する事はできなかった。それほどの強敵だったのだ」
「しかしつい先日、ついに私は大幽鬼の居場所を突き止め、奴と戦ったのです。戦いは苛烈を極め、三日三晩続きました。そしてついに私は大幽鬼を打ち倒すことに成功したのです」
「良かったじゃないか! カーシェの念願は叶ったんだな」
まるで自分の事のように喜ぶアルドとは裏腹に、カーシェの表情は気がかりがあるように冴えなかった。
「はい。そして私は大幽鬼の首を持ち帰り、ミグランス王へ報告をしようと帰路につこうとしたその時でした。私には未来詠みという、未来を視る力があるのです。その力が発動した時、私は視てしまいました。遠くない未来にこの世界は滅亡してしまうと」
「なんだって! 一体どうしてそんな事になるんだ!」
「私にもそれは分かりません。大幽鬼を倒してしまった事が原因なのか、それとも別の要因なのか。しかしその後にまた新しい未来が視えたのです。一人の人物が世界を救うという、そんな未来が」
「でもどうして会った事もない俺だって分かったんだ?」
アルドとカーシェは今が初対面だ。視えた人物がアルドであると分かるはずがない。しかし、カーシェはその疑問にあっさりと答える。
「未来詠みは視えたものの情報が断片的に分かるのです。その時に知った情報が、鍵となるのはアルド様という人物だと言う事。アルド様といえば私もその活躍は知っています。だから私はミグランス王にこの話を持ちかけ、アルド様を呼び出していただいたのです」
ここまでのカーシェの話に不自然な点はない。アルドはカーシェの言う事を信じることにした。しかし、だからといって何一つ身に覚えのないアルドは困り顔で返した。
「なるほど、だから俺が呼ばれたのか。けど、俺にはどうしていいか分からないよ。世界が滅亡する原因が分からなきゃ何もできない」
「それなのですが、私が見たアルド様は手に二つの首飾りを持っていました。一つは白磁の首飾り。もう一つは黒曜の首飾り。きっとそれが世界を滅亡から救う鍵ではないかと思うのです。アルド様、お願いします。どうかその首飾りを探してきてはもらえませんでしょうか?」
「アルド、私からも頼む。カーシェの未来詠みは必ず当たると有名だ。このままでは我々の世界は成す術もなく滅亡してしまうだろう」
二人に頭を下げられたアルドは慌てて頭を上げるように促す。
「やめてくれよ二人とも。そんな話を聞かされたらやるに決まってるじゃないか。王様、カーシェ、俺に任せてくれ。きっと俺がその首飾りを探してくる!」
「ああ、ありがとうございます、アルド様……! どうか、よろしくお願いいたします」
「頼むぞ、アルド。こちらも首飾りの所在は兵達を総動員して調べてみる。お前はお前の視点で首飾りを探してくれ」
「分かったよ、王様。絶対に世界を滅亡なんてさせない。その首飾り、必ず持ち帰ってきてみせるよ」
そう大見得を切って二人に約束し、アルドはミグランス城を後にするのだった。
◇
ミグランス王達から別れたアルドは移動するために合成鬼竜の元を訪れていた。
「よく来たなアルド。今回はお前をどこに運べばいい?」
「そうだな、情報が集まりやすい場所といえばリンデ、いやそれなら兵士達がもう調べてるはずだ。なら俺が行くべき場所は……」
そう言いながらアルドは口元に手を当てて考え込んでしまう。
ああは言ったものの手がかりはほぼ無いに等しいのだ。ミグレイナ大陸の主要な場所はミグランスの兵達が探し回っているだろう。ならば同じ所を探し回っても意味はない。アルドは改めて自分が手詰まりである事に気付かされていた。
その様子を見た合成鬼竜が呆れたように鼻を鳴らす。
「なんだ、どこに行くかも決めずに来たのか。全くお前らしい間抜けな話だ」
「うん、そうなんだ。あるものを探してるんだけど、どこを探したらいいか手がかりがまるでなくてさ」
「ならばアルド。その話、この合成鬼竜に聞かせてみるがいい。何かヒントを見つける事ができるかもしれぬ」
合成鬼竜の言葉にアルドははっと顔を上げた。自分ひとりで悩む必要はないのだ。ここで合成鬼竜に話を聞いてもらえれば何か手がかりが掴めるかもしれない。そう考えたアルドは合成鬼竜に訳を話し始めた。
「そうか、そうだな。分かった。実はとある首飾りを探しているんだ。何やら不思議な力があるらしくて、それがないと近いうちに世界が滅びてしまうらしい。合成鬼竜、そんな首飾りの話を聞いたことはないかな?」
「なるほど。ふむ……不思議な首飾りという話であれば聞き覚えがあるぞ」
「本当か、合成鬼竜!」
思いがけない収穫にアルドが飛びついた。合成鬼竜が得意げに鼻を鳴らす。
「この合成鬼竜、いつもお前だけを運んでいる訳ではない。お前の仲間もまた運んでいるのだ。その時にお前の仲間の誰かがそんな話をしているのを聞いた事がある。誰だったかは思い出せぬが……」
「十分だ! それで合成鬼竜、首飾りはどこにあるんだ?」
「うむ、だが聞いて驚くなよアルド。その首飾りの在り処の話というのはな、古代と未来の話なのだ」
「何だって! 現代にあるんじゃないのか!」
アルドは目をむいて驚いた。てっきりアルドは現代のどこかに首飾りがあると思い込んでいた。それがまさか時代を超えた古代と未来にあるとは思いも寄らなかったのだ。
しかし同時に納得もしていた。首飾りが古代と未来にあるのなら、時空を超えられるアルドにしか首飾りを見つける事はできない。カーシェはそこまで予見してアルドに依頼をしたのだろうか。
「それでアルド、どうする?」
「……よし、まずは古代に行こう。合成鬼竜、頼む!」
「任された。行き先はBC二〇〇〇〇年! 出発だ!」
合成鬼竜の威勢の良い掛け声と共に、アルド達は古代へ向かうのだった。
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