第五章(討議)


 傭兵団について、まずは説明をしよう。

 

 そもそも傭兵団とは決して荒くれ者の集団ではない。

 地域によっては憲兵以上に護衛として地域を占める組織も存在する。別の地域によっては町のお役人のような仕事もしている。つまり、拠点とする場所でその地に相応しい働きを臨機応変に対応できる組織こそ、この大陸での傭兵団の立ち位置であった。

 特に世が戦乱で満ちると傭兵団の立場は大きく変わる。その地を略奪する者から防衛する側となり、新たな領土を求めて進撃する時には先陣きって出陣する側にもなる。

 貢献度合いが高ければ高いほど報酬は上がり、その地での信頼も厚くなる。

 そのためか、場所によって複数の傭兵団が点在する。

 護衛に特化した傭兵団もあれば、暗躍するような人目を避ける依頼に特化した傭兵団等。

 

 特に名の知れた傭兵団といえば、王都とはかなり離れた地に拠点を置くエストゥーリ傭兵団が有名である。

 大陸を統べる大帝国とは言え、海を越えれば別の国が存在する。その内の、何処かしらの兵が大量に船に乗って海岸地方の街を侵略した時があった。

 その時に活躍したのが、エストゥーリ傭兵団の団長フューリー・ウィンドウェイだった。

 彼の知略により海岸地方の防衛を固め、隙を突いて敵の船を根こそぎ燃やしたという。武器も食糧も失った侵略者は降伏し、改めて大帝国より侵略してきた国に対し大きな賠償金を払わせたという事件があったという。

 パトリシアは他国から侵略者がいた話こそ知っていたが、そこに傭兵団の存在があったことを知らなかった。

 王都ではあえて傭兵団の存在を公表していなかったのだ。

 それには理由があり、王都の威信や傭兵団に妄信することを警戒した国の対応策であったのだが。

 それもまた、パトリシアの知るところでは無かった。






 話は戻して、今居る場所は宿の入口。

 捕縛され使用人に見張られているコソ泥が一人。パトリシアに謝罪していた亭主とパトリシアが話していたところ。

 二人の会話を遮るような形で訪れた男性は、穏やかな笑みを浮かべた美青年とも呼べる顔立ちだとパトリシアは思った。

 貴族の中でも見たことがないほど整った顔。それでいて身長も高く目を惹く美しさがあった。

 まるで鑑賞する絵画から出てきたような青年の恰好は雄々しいとも言える鎧だった。軽装とはいえ甲冑を身に纏った青年は帯剣もしている。王国の憲兵にしては鎧の装飾も少ないため、そこでようやく彼の言っていた意味を理解した。


「ドレイク傭兵団の方?」

「ええ。ドレイク傭兵団が副団長のアルトです。ご主人、話を伺っても?」


 パトリシアを一瞥してからアルトという男性は宿の亭主に視線を向けた。

 何故だろう。

 パトリシアを一瞥した時の視線から、何処か敵意を感じたのは気のせいなのか。


「はい。実は……」


 亭主はドレイク傭兵団の名を聞いて安堵した様子のまま、事の顛末を話し出した。

 その間、パトリシアは黙ってその場に立っていた。どうやら泥棒はドレイク傭兵団に預けられることになるらしい。

 この町に国兵はおらず、憲兵の姿も見当たらなかった。自警団によって町の安全を守っているのだろうか。


「なるほど。こちらのお嬢さんがあの泥棒を退治したと」


 ふと、自身の事を話されていたことに気付いたパトリシアがアルトに視線を向けた。微笑んではいるものの、やはり何処か棘のあるような視線だ。


「正当防衛だと思っておりますわ」

「でしょうね。女性の、しかもこのように身分が高い方がされることに驚きました」


 パトリシアはまだ名乗っていない。にも関わらず、アルトは見た目だけでパトリシアの身分に気付いた。パトリシア自身は襲撃して使用人に泥棒を引き渡してから、急いで購入したばかりの平民服に着替えていたというのに。


「運が良かっただけです」

「そうですね。運が悪ければ今頃人質にされているか殺されてもおかしくはないです。本当、運が味方したようで良かった」

「…………」


 パトリシアはチクチクと刺さってくる棘を心の中で振り払っていた。

 確かに、パトリシアは無鉄砲ではあったかもしれない。

 彼女自身武術に何の心得も無い。大人しく眠ったふりをしようかとも考えた。

 けれど、それは出来なかった。

 何故なら男が盗もうとしていた鞄には、パトリシアの全てが入っている。お金も、服も何もかも。

 これを全て失ってしまえば、パトリシアは生きていく道が無かったのだ。

 だからこそ意を決して男に対し攻撃をした。自身の身を守るためにも。

 その事に悔いは一切無い。


「さて主人。犯人は捕まえましたのでこれから先は町の役所に突き出して罪状を明らかにした上、処罰が決定すると思います。おたくの宿が被った損害に対して支払わせる責任も出てきますけど、相手が文無しの男だったので更生するまでは厳しいでしょうね」

「まあ、そうでしょうねぇ」

「あとはここの宿の警備環境の見直しは必要ですよ。夜間の警備が緩いようだし、使用人だけが見回りしているだけじゃ今回みたいなケースはまた発生するかもしれない。その辺りは良ければ今回の依頼に含めてアドバイスしますよ」

「それは助かる! ぜひともお願いしたい!」


 つらつらと話を進めるアルトの話は、パトリシアは聞いてて大変好感が持てた。

 仕事に対して責任感の強い印象があるからだ。


(真面目に仕事をする人に悪い人はいない……前世の考えなんだけど)


 なんだけど。

 何故、こちらに棘がふり掛かってくるのだろうか。


「さて。次にお嬢さん。先ほどこちらのご主人に話していた話なんですけどね、ちょっと厚かましいんじゃないでしょうか?」


 ピクリ。


 パトリシアのこめかみが僅かに動いた。


「……どういうことでしょう?」

「盗み聞きしたようで悪いけれど、こちらのご主人に今回の件を任された以上、そちらの条件に関しても口出しをさせて貰いたいんですよ」

「アルトさん、私は別に……」


 亭主が慌てた様子で止めようとしたが、アルトによる無言の圧力で口を閉ざした。


「確かに宿で起きた窃盗なんだから宿にも責任はあるが、そもそもはお嬢さんが高い身分やその荷物にも関わらず、こうした平民向けの宿に泊まることにも責任があるのでは?」

「……盗みに入られたのは私にも責任があると仰りたいのですね?」

「その通りです」


 美しい顔立ちの男は憎らしいほど朗らかに微笑んだ。


「貴族の方には貴族の方に相応しい宿もありますよ?」

「…………」


 パトリシアが感じていた刺について確信を得た。

 アルトという青年は、パトリシアが高い身分だと思っている。そして、だからこそ非難しているのだ。


 身分が高い者なら相応の場所に泊まれと。

 不相応な宿に泊まるお前が悪い、と。


「…………そうですわね。確かに、こちらが高額な鞄を持って出歩いたことで招いた事かもしれません。それについてはお詫びしたいと思います」

「では……」

「ですが」


 アルトの言葉を強めに遮り、パトリシアはアルトと同様に朗らかに微笑んで見せた。笑顔の圧力である。


「以前より、こちらの宿にはわたくしが宿泊する旨を手紙で伝えておりました。それに、こちらの宿に宿泊する条件に『貴族の方又は高額な品物を持参する者はお断り』と明記していらっしゃいましたでしょうか。何よりも、手紙でやりとりさせて頂いた以上、こちらの宿でも相応の宿泊客が来ることは認識していらしたでしょう」


 だからこそ高い宿泊費を払い、広い部屋に案内されている。それこそが、安全を確保するためだった。

 確かに貴族を専用とした宿もある。だが、これから平民として暮らしていくパトリシアは少しでも節約をする必要があった。贅沢などして露頭に迷うのは間違いなくパトリシア自身なのだから。

 その事情も知らずに身分だけで敵意を示すアルトが、パトリシアには気に食わなかった。


「貴方が仰ることも分かりますが、では犯罪を犯されるのもわたくしに非があるのだから泣き寝入りしろと言うのかしら?」

「………………」


 アルトの表情が強張った様子を見て、パトリシアの怒りも少し鎮まった。言われたい放題なのは好きではない。


「……でもそうね。ご主人、宿泊費を半額免除は言い過ぎましたわ。ごめんなさい」

「お客様……」

「だからそうね……三割免除で如何かしら?」


 優しく歩み寄るパトリシアの穏やかな微笑みの影に。

 

 商人の姿が見えたと。

 後に宿の亭主は語った。



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