第一章 出逢

一話 お茶会

 天高く広がる空の下。

連日続いていた長雨は一旦鳴りを潜め、天高く広がる高い空から久方ぶりの日の光が降り注ぐ。

木漏れ日を浴び、色とりどりの宝石のように煌めく美しい葉は、秋が深まっている事を告げていた。


そんな帝都の一角に、その場所はあった。

色とりどりの花々の垣根に囲まれ、この世から隔離されたような秘密の花園。いつかの御伽噺で聞いたような、立ち眩みしてしまう程芳しい花香が薫るその場所に、うら若き乙女たちは集っていた。


「婚約おめでとうございます。和泉子様」


口々に祝いの言葉を述べる乙女達が取り囲むのは、まるで英国の絵から切り抜いてきたような、美しい少女――和泉子、と呼ばれたその少女は、恥ずかしそうにはにかんだ。


「ありがとう皆様」


煙るような長いまつ毛を伏せながら、和泉子は白い頬をほんのりと赤く染める。その形容しがたい美しさに、その場にいた全員がため息をついた。

黒く濡れ烏のような艶やかな髪をそよ風に遊ばせ、しなやかに座るその姿は、どんな人の目をも引き付けてしまうだろう。


「ご婚約者様とは頻繁にお会いになられますの?」

「ええ、つい先日も花束を頂いて…」


きゃ、と羨望にも似た悲鳴があがる。


「素敵ですわ」

「和泉子様、詳しく聞かせてくださいな」


瞳を輝かせながら食い入るように矢継ぎ早に質問する少女達は、まるで玩具を得た赤子のようだ。

その様子を、灯万里はただぼんやりと眺めていた。

同じテーブルを囲んでいるのに、話の輪の中から外れ、話題に入ろうとする素振りも見せず、ただただ椅子に座っている。

その表情はなんとも退屈そうで。ぼうっと少女達にに注がれる目線は、それを捉えているようで捉えていなかった。


(みんな楽しそうね)


ぼんやりと目の前の光景に目をやりながら、ティーカップに口をつける。

テーブルに並ぶ、色とりどりの菓子。恐らくこの屋敷の料理人が、この日のために朝から用意したのだろう。

しかし少女達は菓子には一切手をつけず、ひたすらその薔薇を溶かしたような唇を動かしている。


(まあわからない訳でもないけど)


つい先日、名は忘れたがどこかの公爵家の嫡男と婚約を交わした和泉子の噂は、この帝都中を駆け巡った。

容姿端麗、頭脳明晰。おまけに華族の中でも指折りの名家である西園寺公爵家の令嬢。まるで物語から飛び出したような彼女に、憧れる者は男女問わず少なくない。


そんな彼女の婚約話に、帝都中の者が心奪われた。

ある者は彼女と婚約者の夢物語に心躍らせ、ある者は唐突に訪れた秘めた恋の終わりに夜毎枕を濡らしたとか。


そんな噂の渦中の人である和泉子を前にすれば、妙齢の女性であればこの令嬢たちのような反応を取るのが一般だろう。

しかしそういった話に昔から興味のない灯万里には、この時間が退屈そのものでしかなかった。


(帰りたい)


ティーカップに注がれた琥珀色に目を落としながら、灯万里は退屈そうに内心ため息をついた。


「ねえ灯万里様、伏見様はどのような女性がお好きなのかしら」

「え」


どれぐらいそうしていただろうか。

唐突に話を振られ、素っ頓狂な声がでる。

驚いて顔を上げると、いつの間に令嬢たちの視線が自分に集まっていた。


「お兄様ですか?」


手元のティーカップに波紋が広がる。

いつの間に話題が変わったのだろう。まるで気がつかなかった。


「ええ、ええ!」


そう興奮気味に上擦った声で頷くと、隣に座っていた令嬢は身を乗り出しながら灯万里に詰め寄った。

その勢いに思わず身を引いてしまう。


「伏見様といえば、帝都中の女性の憧れの的ですもの!」

「それなのに、婚約話は全て蹴ってしまわれるというではないですか!」

「よ、よくご存じで…」

「つまりまだまだわたくし達にも、伏見様の奥様になるという機会は残っているということなのです!」


徐々に大きくなっていく声に、うんうんと周囲の少女達が大きく頷く。

助けを求めるように視線を泳がせていると、ぱちりも和泉子と視線が交差した。

しかしその瞬間、彼女は先程までの花のような笑顔を崩し、意地の悪い笑みを浮かべた。


(和泉子ったら!)


恐らく兄の話題を振ったのは彼女だろう。

自分が話の輪に入らず、退屈そうにしているのに気づき、自分を巻き込むような話題を振ったのだ。


しかし、この話題から逃れる為には何か言葉を発さねばならない。さあどうする。

きらきらと輝く瞳に囲まれ、引きつった笑みを浮かべるしかできない灯万里は、考えあぐねた結果なんとか言葉を絞り出した。


「今度お兄様に聞いて参りますね…?」

 

これしか今の灯万里には思いつかなかった。

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