セレウスの謝罪 その4


「なるほど……。確かにそりゃあ、嬢ちゃん呼びはマズイな……」


「ゲルヴィス様っ!?」

 ゲルヴィスにまで至極真面目な表情で頷かれて愕然となる。


「お二人ともしっかりしてくださいませっ! 一介の侍女上がりに過ぎぬ私などが、そんなっ、こ、ここここ皇妃様だなんて……っ!」


 誰か、これは夢だと言ってほしい。


 心の底から願っていると、ウォルフレッドが「ふむ……」を考え深げに頷いた。


「確かに、わたしの皇妃となる者は、トリンティア以外にはおらぬな」


「陛下……っ!?」


 驚愕の声を上げると、ウォルフレッドがつい、とトリンティアを見下ろした。端正な面輪に浮かんでいるのは、『冷酷皇帝』というあだ名とは正反対の頼りなげで不安そうな表情だ。


「……それとも……。お前は、嫌か?」


「っ!? い、いいえ……っ!」

 考えるより早く、弾かれたようにかぶりを振る。


「決してそのようなことは……っ! で、ですが……っ」


 へにゃり、と情けなさに眉が下がり、涙がにじむ。


「陛下に想いを伝えることができただけでもう、夢のようで……っ。さらに多くを望むなんて、おそれ多すぎるのです……っ!」


 ウォルフレッドは不快に思わないだろうか。不安を覚えながらも、正直な気持ちを伝える。


 恋心をウォルフレッドに伝えることさえ、願いが叶う日がくるとは、まったく思っていなかった。それどころか……。


 まさか、想いが実るだなんて。


 一晩経った今でも、夢ではないかと疑ってしまいそうになるというのに、皇妃だなんて……。気持ちが追いついてこない。


 こんなことでは呆れられてしまうのではなかろうか。


 不安を隠せず、唇を噛みしめて顔を伏せると、トリンティアを抱き上げるウォルフレッドの腕にぎゅっと力が籠もった。


「まったく、お前は……っ」


 はぁっ、と吐息混じりに呟かれた声に、身を強張らせる。


 やっぱり、先のことを考えもしていない愚か者と呆れられたに違いない。

 固く目を閉じ、ウォルフレッドの言葉を待っていると。


「想いを伝えられただけで夢のようだなど……。けなげで愛らしすぎるだろう……っ」


「…………え?」


 予想だにしていない言葉が聞こえた気がする。


 おずおずとまぶたを開けると、トリンティアを見下ろす碧い瞳と目が合った。澄んだ空の色の瞳が、柔らかな弧を描く。


「お前が望むことならば、わたしの力のあたう限り叶えてみせる気でいるが……。畏れ多いというのなら、お前の心が慣れるまで待とう」


 ふ、と口元をほころばせたウォルフレッドの面輪が近づいたかと思うと、ちゅ、と額にくちづけられる。


「っ!?」


「お前に負担をかけるのは、本意ではないからな」


「お、畏れながら……っ! そう思ってくださるのでしたら、下ろしてくださいませ!」


 まさか、額にとはいえ、くちづけられるとは思わなかった。


 ゲルヴィスもセレウスもいるというのに、抱き上げるばかりか、くちづけまで……。


「このままでは、慣れるより先に、心臓が壊れてしまいます……っ!」


 必死の思いで告げると、ゲルヴィスにぶはっと吹き出された。


「陛下。嬢ちゃんもこう言ってますし、ひとまず朝食にしませんか? ご公務の時間も迫ってらっしゃるでしょう?」


「ゲルヴィス! ですからトリンティア様のことはちゃんと呼びなさいと……っ!」


 セレウスが目を吊り上げる。が、ゲルヴィスは飄々ひょうひょうとっしたものだ。


「けど、嬢ちゃんがもうしばらく慣らしたいっていうんなら、今まで通りのほうがいいだろう?」

 「なぁ、嬢ちゃん?」と問われて、こくこくこくっ、と力いっぱい頷く。


「は、はいっ。そうしていただいたほうが嬉しいです……っ」


「ほら、嬢ちゃんだってこう言ってるじゃん」


「……わたしはあなたほど図太くはありませんからね。きっちりけじめはつけさせていただきます」


 セレウスが渋面で告げる。どうやら、呼び捨てに戻してくれる気はないらしい。


「で、では陛下、下ろしてくださいませっ!」


 トリンティアを抱き上げたまま、すたすたとテーブルへ向かうウォルフレッドに懇願する。


 が、不思議そうに尋ね返された。


「うん? わたしの膝の上で食べればよかろう。昨日もそうしたではないか」


「あ、あれは陛下がお放しくださらなかったからで……っ! そ、それに、あの時は私しかいただきませんでしたけれど、今は陛下も食べられるのですから……っ! お邪魔でございましょう!?」


 トリンティアは必死で訴える。


 仮眠から目覚めた後、どうしてもウォルフレッドが放してくれなかったため、確かに昨日はウォルフレッドの腕の中で食事をとった。というか、ほぼ手ずから食べさせてもらった。


 が、あれはトリンティアがまだ攫われた恐怖から回復していなかったうえに、ウォルフレッドがどうしても、と言ったからだ。


 小さな子どもでもないのに、しかもゲルヴィスとセレウスの前で食べさせてもらうなんて恥ずかしすぎる。


「ひゅーひゅー。陛下ったら、さっそく嬢ちゃんを甘やかしまくってるじゃないっすかぁ~」


 ゲルヴィスがいかつい顔を緩めてからかってくるのが恥ずかしくて仕方がない。


「ですが、陛下。トリンティア様がおっしゃることももっともです。謁見の時間が近づいておりますゆえ、なにとぞ今は……」


 生真面目がセレウスの声がトリンティアには天の助けのように聞こえる。


「ご公務さえ終わりましたら、後は陛下のお好きにしてくださってかまいませんので」


「セ、セレウス様っ!?」


 違った。天の助けだと思ったトリンティアが間違っていた。


「ふむ……。仕方がないな」


 ウォルフレッドが不承不承といった様子で、ようやくトリンティアを下ろしてくれる。


「いや~っ、嬢ちゃんがいてくれる限り、毎日楽しい陛下が見れそうっすね!」


 ゲルヴィスが弾んだ声を上げるが、答える気力もない。


 慣れるより先に心臓が壊れるのではないかと、トリンティアは本気で心配になった。


                          おわり



~作者より~


 書籍化おまけSSにここまでおつきあいいただきまして、誠にありがとうございました~!(深々)


 ついに明日、『身代わり侍女は冷酷皇帝の『癒し係』を拝命中 『花の乙女』と言われても無自覚溺愛は困ります!』がビーンズ文庫様より発売されます!


 売上次第では、もしかしたらトリンティアとウォルフレッドの続きを書けるしれませんので!(あくまでも可能性がある……かも??? くらいですけれど。でも、「トリンティア皇妃への道」とか書ける機会をいただけるなら、ぜひとも書いてみたいです……っ!)


 また、書籍化にあたり、さらにウォルフレッドが格好良くなるよう改稿しておりますので!(実はWEB版よりいろいろ削ったにもかかわらず、新しい設定が増えております!・笑)


 よろしければ書籍も手に取っていただければ、作者としてこれほど嬉しいことはありません!


 もちろん、連載作の更新や、カクヨムコン用の新作の準備などもしていきますので、そちらも楽しみにしていただければ嬉しいです~!( *´艸`)


 どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします~!(深々)


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