「世界一役にたたない機械」の世界一無意味な使い方

1103教室最後尾左端

「世界一役にたたない機械」の世界一無意味な使い方

「伊織、この白い箱なんだ?」


 伊織の部屋は、相変わらずモノであふれていた。何に使うか見当もつかない工具やら機械やらが床に散らばっており、文字通り足の踏み場もない。僕が週に一度掃除に来なければ、この部屋は地域でも有名なゴミ屋敷になり果てているだろう。


 小中校と同じ学校に通った幼馴染の僕と伊織は、家族みたいな関係ではある。が、兄弟姉妹というよりは親と子に近い。


 僕が今持っているこの白い箱も、掃除をしている際中に床に転がっていたものだ。


 僕の呼びかけに、伊織の背中はビクッと反応し、驚いたようにこちらを振り返った。まるで、僕がいたことを忘れていたかのような大げさなリアクションだ。今日も小柄な身体に全くあってない大きな白衣を着ていて、黒くてまっすぐな髪と大きな眼鏡のせいで隠れがちだが、意外にも端正な顔立ちをしている。


「あ、ああ。いたの? リョウ君」


「いや、お前が呼んだんじゃないか。この部屋に」


「いつからいたの? 気づかなかったよ」


「ひどいな……一応幼馴染だろ? 僕たち」


「気づいてたけど意図的に無視してたよ」


「なお悪いわ!」



 僕が苦言を呈すと、伊織は申し訳なさそうに頭をかいた。本当に気づいていなかったらしい。まあ、伊織は集中しすぎて周りが見えなくなってしまうことが度々あったのでほっとかれるのは慣れている。



「で、この白い箱は何なんだよ」


「あーそれね。ラベルに書いてある通りだよ」


「ラベル?」



 白い箱を眺めまわしてみると、側面に「ON」と「OFF」と書かれたボタンが付いており、その下に確かにラベルが付いている。ラベルには手書きでなにか書かれているが、随分前に書かれたらしく所々インクがかすれていた。



「……『世界一役にたたない機械』?」


「そうそう。『ON』のボタンをおしてみて」



 言われるがままに、「ON」ボタンを押す。数秒モーター音がしたかと思うと、次の瞬間、箱の上の部分が開き、「手」の模型が出てきた。「手」人差し指だけを立てていて、手首から先は金属の部品でできている。



 箱から飛び出した「手」は、一直線に「OFF」のボタンに向かって伸びていき、そのまま「OFF」ボタンを押すと箱の中に戻っていった。



「……?」



 何が起こったかよくわからなかったので、もう一度「ON」ボタンを押す。すると、やはり先ほどと同じように「手」が飛び出して「OFF」ボタンを押し、「手」は箱の中に戻った。何度繰り返しても結果は同じだった。



「……なるほど」



 どうやら、この機械は「電源を『ON』にすると電源が『OFF』になる」だけの機械らしい。確かにこれでは「世界で最も役にたたない機械」だろう。



 しかし……。


「……なんでこんなもん作ったんだ?」


「……なんかさ、かわいくない?」



 伊織は少しだけ笑って言った。割とはっきりと感情を表す伊織にしては様々な感情が入り混じった、複雑な表情に思える。


「かわいい? 面白い、じゃなくて?」


「そう。かわいいでしょ。それ」


「いやいや。『電源を入れると電源が切れるだけの機械』っていう意味の無さは、ハイセンスなジョークには見えても、かわいらしさは感じないぞ?」


「えー。かわいいよ。ほら、ハムスターが滑車をくるくる回すのってかわいいじゃん? あれと一緒。無意味なことに一生懸命な姿ってかわいいんだよ」


「別にかわいくねぇよ……」



 多分それは単純にハムスターがかわいいだけな気がする。が、伊織は主張を曲げる気がないらしい。僕は言い返すのをやめた。



 伊織はよくこういうよくわからないモノを発明品と称して作った。大概は『世界一役にたたない機械』と遜色ないほどに役にたたないモノばかりだったが、その発想や使われる技術は非常に高度らしく、伊織の発明品に高い値段を付ける酔狂な人間もいるらしい。伊織は高校を卒業すると、発明品を売りながら生計を立てるようになっていた。



「で、今日は何の用だ? 急に呼び出して」



 伊織とは小中校と同じ学校に通った。家も近所だったので、何かと一緒にいる時間が多かった。高校を卒業しても、家が近所ということと、彼女と気心がしれていることからか、よく発明品の第一被験者とされることが多かった。今日も多分、新作の発明品でも見せられるのだろう。


 


「うん。今日は見て欲しいモノがあるんだ」

「はいはい……どんな発明品だ?」


 僕のおざなりな返事を意にも介さず、伊織はちょっと得意げに髪をかき上げた。そして、部屋の奥にあるパソコンの画面とそれにつながった大きなクローゼットみたいな金属の塊を指さし、堂々と言った。




「タイムマシーン!!」




 伊織の声が室内に響き、その後、部屋の中は痛いほどの静寂に包まれた。



「……部屋に籠りすぎて頭おかしくなったか。早めに病院行くんだぞ。じゃ」


「いや、ほんとだって!! 待ってって!」



 踵を返して足早に部屋を出ようとする僕の袖に、伊織は飛びついた。



 一本釣りされそうなマグロのごとく全体重をかけてジタバタと必死に抵抗する伊織を見て、漁師よろしくこのまま外まで引きずってやろうかと思った。が、意外と重かったので断念した。


「……なんかすごく失礼なことを思われたような気がする」


「気のせいだ。で、本当にタイムマシーンなのか?」



 立ち上がって、服を整えながら、伊織は説明を始めた。


「そう。まあ、正確にはタイムリープマシン、だけどね」


「タイムリープマシン?」


「そう。物体としての身体ごと過去に送るんじゃなくて、過去の自分に今の自分の記憶のコピーを飛ばせるの。で、過去の自分の記憶に上書きができるって感じかな」


「な、なるほど……」



 過去の自分に、今の自分の記憶を上書き……。


 確かにそんなことができるのなら、それはタイムマシンと言っても問題なさそうだ。



「で、でも、記憶を過去に送った後の今の自分はどうなるんだ?」


「どうにもならないよ? コピーを送る前後の記憶はちょっと曖昧になるけどそのくらいだね」


「じゃ、じゃあ過去の自分に上書きされた今自分が、本来とるはずだった行動と、違う行動をとったらどうなるんだ?」


「うーん……ちゃんと試したことが無いから正確には分からないけど、理論上は戻った時点から分岐して別の世界線に切り替わることになるね。ありていに言えば、パラレルワールドってやつ」



 それから僕は伊織にいくつか思いついた疑問をぶつけた。伊織はその疑問に一つずつ答えてくれた。が、どれもこれも信じられない話ばかりだった。



「……すごいな」


 一通り質問を終え、すべてにある程度納得いく回答をされた後、僕は思わず嘆息した。伊織が凄いことは何となく知っていたが、ここまでとは思わなかった。


 僕の驚きと称賛が入り混じった顔をのぞき込んで、伊織は心底嬉しそうに笑った。


「それそれ。リョウ君のその顔が見たくて頑張ったんだ」



 その満足げな表情はなんだかとても可愛らしくて、その瞳の奥には、何というか、僕の勘違いでなければ、僕への好意みたいなものが感じられた。


 しかしそれを感じ取った瞬間、心の中には正体不明の黒いモヤみたいな後ろめたさが漂う。



 僕は心の動揺をごまかすために、話題を変えた。


「……で、これ、どのくらい前まで戻れるんだ?」


「え? 五分」


「……はい?」



 一瞬伊織が何を言っているか分からなかった。



「だから、五分。今の技術じゃ、五分前の自分に干渉するのが限界だよ」



 いや、五分て。ほぼ何もできないじゃないか。



「あ、でも、五分戻った先でまた五分戻って、って繰り返せば……」


 僕が思いついたアイデアを伊織に言うと、伊織は首を軽く横に振って言った。


「このマシーン、起動に五分かかるの」

「……はい?」

「だから、エネルギー溜めたり、記憶を上書きしたりするのに五分かかるの」


 何を言っているのか分からない。僕は伊織が言っていることを頭の中で反芻した。


「……ってことはあれか? 『マシーンを使うとマシーンを使う前まで戻る』だけってことか?」


「そういうことだね」


「なんだそりゃ……」


 それじゃ、これって本質的にはさっきの『世界一役にたたない機械』と同じじゃないか。


 ものすごく遠回りして、エネルギーを使って、技術を駆使して、時間まで越えて。やっていることがあの冗談みたいな機械と同じとは、何とも伊織らしい。



 が、流石に言わざるを得ないだろう。



「なんでこんなもの作ったんだ……」


「だから、無駄なことに全力かけてる姿がかわいいんだってば!」


「かわいくねぇよ、そんなの……」


 僕は心の底から脱力し、そう言った。


 伊織は画面の前の椅子に座り、怪しげなヘッドギアと、これまた怪しげな赤いスイッチを取り出した。画面には「FULLY CHARGED」の文字が浮かんでいる。


「これを付けて、ボタンを押すと、記憶を飛ばせるの。今はもう準備できてるから、五分待たなくても五分前に戻れるよ。やってみる?」


「いや……遠慮しとく。怖いし、戻っても意味無さそうだし」



 僕は投げやりにそう言った。


 しかし、伊織はぎゅっと口を閉じて、緊張した面持ちで僕の方を見ている。



「……伊織? どうした?」


「……この機械はね。言うほど無意味じゃないよ。これでいいの。これで十分なの」


「それってどういう……」



 問い返そうとする僕をよそに、伊織は大きく深呼吸をした。そして、まっすぐ僕の瞳を見つめて、ちょっとだけ震えた声で言った。







「リョウ君。私ね。あなたのことが好き。私と恋人になってくれないかな?」






「……へ?」






 伊織の言葉が突然すぎて、僕はうまく受け止められなかった。そんな僕を置いて、伊織は続けた。


「ずっと好きだった。私を支えてくれて、くだらない話をしてくれて、一緒にいてくれた。これからも、ずっと一緒にいて欲しいって、そう思うんだ」

「……」

「だから、私と、付き合って欲しい」


 ……あまりにも急な話だ。さっきまでタイムマシンの話をしていたとは思えない。こんな話になるとは全く思わなかった。




 なのに、おかしい。僕はなぜか伊織にこうやって告白されるのを知っていたような気がした。



 伊織の表情もおかしい。伊織はひどく寂しげに笑っている。それは、告白の答えを待つ不安げな顔ではなかった。まるで、小さな子供が薄々感づいていたサンタクロースの正体の証拠を見つけてしまったときのような、わずかな期待がふっと消えてしまったような、うっすらとした諦めの表情だった。



 幼馴染として長い事一緒にいるが、こんな伊織の顔は見たことがない。もちろん、告白なんてされたこともない。伊織が僕のことをそんな風に思ってくれていたことも知らなかった。



 その、はずなのに……。


 僕はなぜか伊織のこの顔にも見覚えがあった。


 それは、似たような表情を見たことがある、とか、似たようなシチュエーションを体験したことがある、とかそう言うものじゃないように思えた。



 既視感。全く同じ状況を経験したことがある感覚。


 それも、一度や二度ではない。


 何度も何度も同じことを繰り返したという、覚えのない奇妙な既視感が脳を揺さぶる。倒れ込みそうになるほどの眩暈がする中で、「パラレルワールド」という言葉がリフレインした。理屈は分からないけれど何となく何が起きているかは感じられる。



 ああ、そうか。

 もしかして伊織は……。



「……伊織」

「……」

「これ……『何回目』だ?」

「!!」

 


 伊織は僕の言葉に驚いたように目を見開いた。そして、観念したかのように大きなため息をついた。



「……20回を超えてからは数えてないな」

「……やっぱり、そうなのか」



 伊織は、この告白までの五分間を何度もやり直している。この一見役にたたないタイムマシンを使って、伊織は何度も告白の場面をやり直しているのだ。



 やり直している。

 つまり、それは、彼女の望む結果が出ていないということだ。



 今までずっと。

 そして、今回も。



 伊織は、もう一度、大きくため息をついた。



「バカだよね。私。フラれるって分かってるのに過去にまで戻るなんてさ」


「……どうしてこんなことしたんだ?」



 野暮だとは思ったが、思わず僕は聞いてしまった。伊織はまた自虐的な笑みを浮かべながら話し始めた。


「……私さ、分かってたんだ。リョウ君が私のことを家族と同じくらい大切にしてくれてるって。だから、恋人みたいな不安定な関係になるの、嫌だろうなって。このままの関係でいたいんだろうなって。私も、それでいいかなーって思ってたんだ」


「……」


「でもね、このタイムマシンの理論を思いついた時に気づいちゃったの。これなら、告白しても大丈夫なんじゃないかって。告白して失敗しても、別のパラレルワールドに逃げればなかったことにできるって」



 伊織はそう言いながら、機械と接続されたヘッドギアに手をかけた。そしてそのまま自分の頭に被せる。



「一回目に失敗したとき、過去に戻って、もう告白するのはやめようって思った。でもね、期待が捨てきれなかったの。前の世界では駄目だったけど、今度は大丈夫なんじゃないかって。関係ないのにね。でも、もしまた駄目だったらまた過去に戻ればいいやって思えたからさ」


「……」


「二回目、三回目って繰り返しているうちにさ、段々引っ込みつかなくなってきちゃったの。もしかしたら次は、もしかしたら次はって思ったら止まらなくなっちゃってさ。いつの間にか戻るのがやめられなくなっちゃった」


 伊織は、ボタンに手をかけた。ちらりと時計を見る。あまり時間はないらしい。


「ごめんね。迷惑だったよね。でも、このボタンを押したら、私は過去に飛ぶ。残された私は記憶があいまいになってるから、私自身リョウ君に告白したこと、覚えてないの。都合がいいでしょ?」


 伊織はそう言って笑った。そんな笑い見たくもなかった。が、その笑いにも見覚えがあったし、伊織がこの後どうするかも何となく理解できた。


「……また戻るのか?」


「……うん。無意味だとは思うけど、一応ね」


「……なあ、僕は、恋人じゃなくても、お前を大切にする。今までと同じように。それじゃ、ダメか?」


「……ダメ。それは残った私に言ってあげて」


「……そうか」


「じゃあね。バイバイ」



 伊織は最後ににっこりと笑うと、手に持っていたボタンを押した。

 次の瞬間、爆発のような光がヘッドギアから発せられ、部屋の中にあふれた。



 目が元の明るさに慣れると、目の目に伊織が倒れているのが分かった。

 

 駆け寄ると、伊織は寝息を立てていた。顔の横には、例の「世界一役にたたない機械」とラベルのついた白い箱が落ちていた。僕は一つため息をついて一言だけつぶやいた。



「……やっぱり、かわいくねぇよ」

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