#6 鍋の中の冷静スープは緻密な計算の元に

 新たな推測によると、この『銀河』の何処かに、をデフォルメした異人イトと呼ばれる者たちの奇想空層レイヤーがあるらしい。

 その『人渡世ヒトヨ』と呼ばれる場で暮らす者たちは、みな一樣に人の姿で異種族間の交流を図る。


 人間は『人渡世ヒトヨ』の狭間に人知れず紛れる幻想種あやかしであると考えられており、人同士の対立や確執、騙し、陥れなどの原因を生み出すという。

 『人渡世ヒトヨ』で起こる不都合は全て、の所為であると恐れられているのだ。


 特に人々が集まる都パワースポットでは、濃密に奇想空層レイヤーが重なり合うが生じやすく、その軋轢から人間にまつわる怪談話が後を絶たない。

 としての人の信じる心が強固であるほど、も増すのである。


 その信心深さの核たる結晶が、『燃ゆる石』や『太陽の石』といった異名を持つ琥珀アンバーである。

 それらはエネルギーとしての"electricity 伝気"や媒体としての"electron 伝士" を駆使し、『人渡世ヒトヨ』を巡り、『銀河』各地のあらゆる営み糸波鑑賞干渉する。

 視たもの聞いたものの実在を認め、秘めたる情熱によって、すら浮き彫りにしてしまうのだ。

 そして書き記された物語は、時空を超えて、人々に語り継がれてゆく。


 つまり、彼らは意伝使ミームとして振る舞うのである。

 

 携帯性とユーザーインターフェイスに優れたタブレット型の情報通信端末は、意伝使ミーム意図イトを収集し、さらには物語パンの種を散らすのにうってつけのelectronics意伝媒体になりうるであろう。


――ブラン・ダルジャン著『超イト理論に基づくETディスプレイ開発』







「『貴方の人生は、』。これが私の設計した密言コードによる青写真シアノタイプだけど、もしかすると、今こうして私が話していることだって、どこかの誰かが書いた創作物かもしれないのよね」


 店内に人の姿はない。カウンターの中の人物を除いて。


「人の噂や思考なんてアテにならない。けれど、私のFANDOM創造した世界をウィッチクラフトと呼ぶのは、当たらずとも遠からず、ってところかしら」

 『月と太陽ルナソル』の店主はモニターを眺めながら独り言ちた。


「ねえハック、聞いてる? 『夢幻狸の琥珀世界アンバーワールド』のことよ」


 普段客の相手をする時とは違う若々しい女の声質で、背筋を奇麗に伸ばして椅子に腰掛けるその姿は、婆さんと呼ぶには難がある。黒く艷やかな髪を耳に掛けると白い陶器のような頬が顕になり、ルージュを引いた唇が弧を描いた。

 これが鷹の魔女キルケーの正体なのか、それとも偽りの姿なのか。

 そもそも姿形に意味など無いのかもしれないけれど。


「あの『異世界転移かみかくし論』のブラン・ダルジャン、今度は『超イト理論』ですって? 中々核心を突いてくるじゃない。どこの誰かは知らないけれど。あんな風に概念を生み出して私の創った世界に干渉するには、ロードするための密言コードが必要不可欠なのに。一体、何者なのかしら」


 閉店後の店内には誰も居らず、籐籠の中の白靴下の黒猫も今は眠っている。


「そう言えば、あの蜜玻みつはって子、貴方の言霊ナンセンスを解釈していたわね。貴方が発する言葉には、意味なんてないと思っていたけれど……幻の白狸の貴方も、もしかするとなのかしら」


 鷹の魔女キルケーは足元に蹲る白い獣に視線を移し、呆れたように一瞥した。


「気まぐれに方々に干渉ハッキングしたり、騙して人釣りフィッシングをしたり。トンネル効果穴抜け幻走術貴方はお気楽なものね、白金狸ハック異世界転送かみかくしだなんて言われちゃって」


 ふっくらとした毛に覆われたずんぐりむっくりの身体を丸め、ぐうぐうと眠る白い狸たぬきは、稀に噂されるものの、異世界転移かみかくしへと導く幻想種あやかしとして扱われるだけで、『人渡世ヒトヨ』に実在するものとしては認識されていない。


 実際、白金狸ハックは人の意識の片隅をかすめはすれど、記憶に残らない。ただ、己の存在に気づき、少しでも意識に留めた者に興味を持ち、いたずらに別の奇想空層レイヤーへ飛ばして面白がっているだけである。

 ある意味、厄介な存在なのだ。


「白靴下の黒猫さんは、今どんな夢を見ているんでしょうね。人間は幻想種。それとも実在する? 夢の中の自分にとっては、看板猫の自分こそ夢かもしれないし。『現実』って、一体何なのかしらね」


 この鷹の魔女キルケーもまた、誰かの夢が生み出した幻想種あやかしかもしれないのだ。



―― 了 ――

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妖し狸の神隠し 蒼翠琥珀 @aomidori589

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