第一章:神通力(ちから)無き種族
逃亡奴隷
血の気の引いた人間の肌の色を「青白い」と呼ぶ事は有るが、突如現われた、その羅刹の女のように、本当に「青みを帯びた白」では無い。
遠い異国には金色の髪の毛の人間も居ると言われているが、よもや、目の前に居る者のように、黄金で出来た糸としか呼べぬ
身重の千代と共に逃げ出した力丸の前に、それは現われた。
「何故、逃げる事が出来た?」
羅刹女は咎める様子さえ無く、不思議そうに、そう聞いた。
「何故……って?」
「我に、何故、そなた達が逃げると云う意志を持つ事が出来、その選択が可能だったかを説明せよ」
まるで、職人が自分の師に「この手順は何故必要なのか?」と尋ねる時のような口調だった。
「鳥に『何故、お前たちは空を飛べるのか?』と聞くようなモノなのか? お前たち人間にとっては、奴婢となったら逃げるのが自然なのか?」
どうやら、羅刹女は、力丸と千代の顔に浮かんだ表情を見て、2人が自分の質問の意図を理解していない事だけは判ったのだろう。
物分りの悪い子供に諭すような口調に変った。
「何故だ?……何の
続いて、羅刹女は自分の考えを纏めるかのように、そう呟き続けた。
その者達は、自分達を「羅刹」と呼び、人間達もそう呼んでいた。
人に似て非なる姿。人には無い超常の力。
その者達は力丸が住んでいた村を襲撃し、攫った村人を奴婢として酷使した。
羅刹達が人間の奴婢に何をさせようとしているのか、力丸には判らなかった。
おそらくは、羅刹達の社会構造や日常生活が人間の奴婢の存在を前提にしているだけで、何か崇高な……もしくは邪悪な目的が有る訳ではなく、羅刹達にとって人間の奴婢は「安価で取るに足らないが、無いと不便な道具」に過ぎないのだろう。
ただ、力丸の無学な頭では、その事を十分に理解出来ていない。羅刹の奴婢となって1年半ほど経った頃には、何となくは、その事が判ってきたが、他人に言葉で説明しろ、と言われても必要な語彙は力丸の脳内には無かった。
農作業。植林。牧畜。建物の建造。羅刹達の身の回りの世話。荷物の運搬。
やっている事を挙げれば普通に思えるが、羅刹達にとっては、人間の奴婢は、死んでも補充が効く者達のようで、酷使の結果、力丸と同じ村から連れて来られた者の内、体力の衰えが始まる年齢より齢上の者は過労で死に絶え、力丸ぐらいの齢の者達の中からも死者が出始めていた。
「まったく、おめぇは使えねぇ奴だな」
数日前から、力丸に割り当てられた仕事は、ある羅刹の一族の別荘の建造だった。
「す……すいません……」
奴婢となる前は、村に数人しか居ない大工だったが、人間の使う家や物置や家畜小屋と、羅刹の住まう豪邸では色々と勝手が違う。
「村に居た頃は、もうちっとマシなヤツだと思ってたが……とんだ与太郎だったみてぇだな」
羅刹達は、人間の奴婢に職人芸など求めていなかった。
従順で、1つ1つの仕事に熟練する必要は無いが、単純作業を素早くこなせる者や、その時その時に割り当てられた仕事をすぐに覚えられる者が重宝された。
だが、力丸は根っからの「職人」だった。
羅刹達は、頭は良く無いが力自慢の者を奴婢頭……他の奴婢を監督する奴婢……に取り立てた。
一方で「その者にしか出来ない技術を持っている人間」には何の価値も見出さなかった。
村の鼻抓み者だった連中が、真面目な者達の上に立つ。奴婢にされる前とは、全てが逆転していた。
誰もが寝静まった深夜になって上弦の月が、東の空から登った。
今の
その噂を聞いた時、力丸は逃亡を決意した。
羅刹達にとって、奴婢は道具に過ぎず、余分な「奴婢」が居れば、「奴婢」を必要としている同族……または異種族に売るか譲る。そんな事は良く有る事らしかった。
奴婢達は男女別の区画に住まわされていた。
力丸は月明かりを頼りに女用の区画に侵入した。
「おい……おばさん……起きろ。そして、大きか声
「だ……誰ね?」
「誰でん良かやろ。殺す気は無かけん……。すまんが、教えてくれ……
まだ夜明けまで時間は有った。
「千代……起きろ……
だが、千代をようやく見付けた力丸は、ある事に気付いた。
「力丸さぁ……?……そんな……来んでくれ……」
「そ……そ……そんな……」
力丸の
おそらくは、奴婢頭となった乱暴者達の子を……。
「千代の子供なら、
「けど……そんな所、有るとね?」
「有る……きっと有る筈じゃ」
後の世で、羅刹から人間の奴婢を解放した英雄、そして、弥芭提国の
羅刹皇再臨─弥芭提国紀最終章─ @HasumiChouji
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