後編

 教室内の騒めきを一瞬忘れる程、鮮明に思い出した大切なあの日。


 で、連れて行かれたのは保健室だったんだよね。


 冗談みたいなセリフを言った後、小鳥遊はしっかりと私を支えながら、ゆっくりと歩いてくれた事も同時に思い出し、自分の頬が緩んでいるのを感じた。


「ねぇ、なんでさっきからにやにやしてんの?」


 思い出の彼は今は隣の席なのに、なんでこうも違うのか。


「思い出に浸ってたのに、ぶち壊さないでくれる?」

「なにそれ、酷くない? ってかさ、聞きたい事あるんだけど」


「みんな、席に着けー!」


 そのタイミングで先生が教室に入ってきたので、筆談に移った。


『なに?』

『女子って屋上で告白とか、憧れるもんなの?』


 な、な、なんで私の告白されたい場所の質問なんてしてくるの!?


 焦りながらも、私は返事を書く。


『憧れるよ。屋上って、なんかいいでしょ?』


 説明になっていないけれど、雰囲気が伝わればいいやと思い、そのまま小鳥遊に紙を渡す。


『訳わかんない。屋上って閉鎖されてるじゃん』

『うちの学校はそうだけど、憧れなの! ってかなんでこんな質問してきたの?』

『卒業式の日に告白するための、参考にするから』


 参考って……。


 この瞬間、私は失恋した。


 好きな人、いたんだ。

 こんな形で知るとか……。


 ぎゅーっと締め付けられた胸に気付かないフリをして、私はやけくそな気持ちで返事を書く。


『それはどーも。小鳥遊だって卒業式の日とか言ってるけど、男子は憧れるの?』

『卒業式の日に告白したら嫌でも思い出してくれるでしょ。なに? 気になるの?』

『私も好きな人に告白する時の、参考にするから』


 私はやり返すように、そんな返事を書いてしまった。


「はぁ?」


 そして機嫌の悪そうな小鳥遊の小さな声を合図に、私達の筆談は終わった。


 ***


 ——卒業式当日


 あの筆談の後、私達はどこかギクシャクしたまま、今日を迎えた。



「一ノ瀬先輩!」


 卒業式を終えて教室で花澄と談笑していたら、あの時の後輩達が声をかけてきたので、すぐにそちらへ向かった。

 

「一ノ瀬先輩の大好きなお菓子、受け取って下さい。今日まで本当にありがとうございました!」

「ありがとう!」


 嬉しいな……。


 あの時、小鳥遊がくれたアドバイス通りにちゃんと気持ちを伝えてみたら、彼女達の態度は大きく変わった

 

「小鳥遊先輩!」


 後輩達にお礼を伝えている間に、小鳥遊も後輩の女子に呼び出されていた。

 それなのに急いで何かを書いた紙を花澄に渡しながら、少しだけ会話をしているのが見えた。

 それが終わると、その女子と共に消えていった。


 花澄に何を渡したんだろう?


「小鳥遊先輩、モテますよね〜。私の友達にも告白する、って言ってる子がいますよ」


 後輩のその言葉に、モヤっとした。


 でも小鳥遊にはもう好きな人がいる。


 そんな事を考えてまた心が重くなる。


「今日で想いを伝えられるのが最後だから、絶対伝えるそうです。凄いですよね」


 他の後輩からそう声をかけられ、私はハッとした。


 そうだ、今日で最後なんだ。

 私がずっと好きだった気持ちをこのまま伝えなかったら、小鳥遊には何にも伝わらない。

 私の大切な想いが、何もなかった事になる。


「……うん、凄い。ありがとう!」

「? 一ノ瀬先輩、久々に元気になりましたね」


 後輩にもわかるぐらい落ち込んでいた事に驚きつつも、私は後輩達と別れの挨拶をしっかりと済ませ、急いで自分の席に戻った。


「優衣、これ……」

「ごめん、また後で!」


 花澄の言葉を遮って、私は後輩達に貰ったお菓子を机の中に入れると、急いで教室を飛び出した。



 小鳥遊のいそうな場所を散々探し回ったが、一向に見つからなかった。


『卒業式の日に告白するための、参考にするから』


「あっ……」


 不意に小鳥遊の言葉を思い出して、私は屋上に続く階段へと急いだ。


 参考にするって言ってたから、きっとこの階段を上った先に、小鳥遊がいる。


 たどり着いた階段を目の前にして足がすくむ。それでも震える足を引きずるように、ゆっくりと階段を上った。


 本当に、伝えるの?


 弱気な自分が声をかけてきたが、また一段踏みしめるように上った。


 今ならまだ、引き返せるよ?


 それでもここまで来たんだからと、また勇気を出して階段を上る。


 他の人に告白している小鳥遊と遭遇したら、どうするの?


 この言葉で私は立ち止まった。


 そうだ、それなら私は……行かない方が——。


『卒業式の日に告白したら嫌でも思い出してくれるでしょ』


 そっか。

 これは私の……、独りよがりな想いの伝え方だ。

 好きな人以外からの告白は、嫌がらせになるのかもしれない。

 そう思われても、小鳥遊の理想の告白の日に、ちゃんと気持ちを伝えたい。


 小鳥遊の言葉を思い出しながら、私はようやく階段を上り切った。



「来てくれたんだ」

「来てくれた?」


 予想通り、屋上の扉の前に小鳥遊はいたけれど、その言葉の意味がわからなかった。


「……もしかしてメモ、読んでない?」

「メモ?」


 メモ……。あっ。もしかして、さっき花澄に渡していた紙の事、言ってるの?


 しかし、読んでいない私は小鳥遊が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。


「じゃあなんで……、あっ、誰か待ってんの?」

「待ってないよ。小鳥遊こそ、誰か待ってるんじゃないの?」


 こんな話がしたくてここに来たわけじゃないのに、なかなか想いを伝える言葉が出てこない。


「意味、わかんないんだけど。それに俺が待ってたのは——」


 その先を聞いたらきっと、私は自分の気持ちを言えなくなる。


 言え、言うんだ、私!


「わ、私は、小鳥遊を探してた!」

「えっ? 俺?」

「あ、あのね、私ね……」


 よし、伝えろっ!


「待った」


 この勢いで想いを伝えようとしたのに、小鳥遊に遮られた。


「……何?」

「俺の話から聞いて。俺が待ってたのは、一ノ瀬だよ」

「えっ?」


 信じられない言葉に、私の心臓はどくんと跳ねた。


「告白するなら一ノ瀬の理想の場所でしたかった」


 真剣な表情の小鳥遊から、私は目が離せなくなった。


「ずっと……、ずっと、好きだった。だから俺と付き合って下さい」


 夢にまで見た小鳥遊からの告白に、私は嬉しさのあまり、泣いていた。


「わ、私も、ずっと好きだった! うっ、うわぁぁん!」

「嬉しいなら、泣かないでよ」


 その困ったような表情が、私が恋に落ちた日の小鳥遊の顔と重なって、更に泣いた。


「泣いてるとこ悪いんだけど、返事、くれる?」


 この言葉で私は涙を拭いながら、返事をした。


「うっ、うぅっ……。不束者ですが、よろしく……お願いします」

「何それ、嫁に来るの?」



 こうして私達は中学生卒業の日に、片思いも卒業したのだった。


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中学生最後の日〜私はあいつに告白をする〜 ソラノ ヒナ(活動停止) @soranohina

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