それは決して自棄などではなく

九十九 千尋

それじゃあ、いっそ……


「あ、居た! 探したぞ、はる。まーた、勝手に美術室の部室で昼飯取ろうとしてるだろ」


「あ、けい。いや、美術部員なら良いかな、って」


「嗚呼……美術部の期待の星で学年一のモテ男な俺の幼馴染の残念なところは、絵の具で汚れた机の上にパンを並べて食べようとするところだよ」


「えぇ? でも絵の具は全部渇いてるし、パンはまた封を開けてないよ。ビニールに入ってる。大丈夫じゃない?」


「いや、その絵具がこびり付きまくった机で食事をとるな、と……あ、いや、それどころじゃないんだった」


「何? 何かあった?」




「おい、聞いたぞ、遥」


「螢、パン、結構な数があるんだけど、食べる?」


「お? やった! 貰う貰う……じゃなくてだな!」


「いくつか種類あるけど、余ったら海斗かいとたちに渡しちゃうから、早めに選んでね」


「え、あ、マジか。じゃあ、何がある?」


「なんだろう? 色々」


「色々? 自分で買ったわけじゃ……あー、お前また……名前も知らない女子たちからパン貢がれたのか。ってそれどころじゃなくてだな?」


「貢がれた、っていうか。なんていうか? でも、全然会話もしたことない子たちだよ?」


「いや、それ、お前に食べて欲しくて女子たち買ったんじゃないの? この前みたいにお前のストーカー女子の手作りパンモドキは嫌だぞ。って、そうじゃなくて、その話は脇に置いといて……」


「ああ、無い無い。あの時の子はもうしっかり叱っておいたから」


「え……なんか怖い」


「え……なんで怖い?」


「いや、遥が叱ってる絵があんまり浮かばないから……じゃなかった! 俺流されてる! そうじゃなくてだな!」


「でもそうか。なるほど」


「おい? 俺は聞いた話の真偽を確かめに来たんだが? 話をわざと逸らそうとしてないか? 大丈夫か? 耳ついてますかー?」


「いや、そうか。なるほど。なるほど……このパンって、そういう意味だったんだ。お昼代浮くし良いかな、程度に捉えてたや」


「……なんだよお前、割とアレだな? ニブチンだな?」


「ニブチン、って、要するにあれでしょう? オレに好かれたい、ってことでしょ?」


「おいもっとオブラートに包めイケメン野郎」


「んー、そっか。じゃあ、断らないとな。あと、恥ずいからやめて」


「断るのか!? もったいねぇ! それはそれとして、遥はイケメンだから言う。嫌味も込めて」


「まあ、断るよ。だって、好きでもない相手から施しを受けても全く嬉しくないし、むしろ……ああ、んと……」


「いいよ、別に。わざわざ言葉を選んで感情を誤魔化さなくて」


「えー、さっきオブラートに包めって言ったじゃん」


「何言ってんだ。いつも言ってるだろ? 俺たちの付き合いは、お産で入院したオカン同士の付き合いからだから、今更お前が本当はどんな目で周りを見てても驚かねぇよ」


「そう?」


「そう」


「そっか」


「ああ」





「じゃ、パン返してくるね」


「待て待て待て。それはそれ、これはこれだ」


「え? でも、『お気持ちに応えられません』って返すべきじゃなく?」


「よせバカやめろ。俺の今日の昼飯はお前への貢物頼りなんだよ」


「もしかして、おばさん、また寝坊したの?」


「そうなんだよ。夜中までオトンと一緒にゲームやってるから……うちのオカンが寝坊して、今日は弁当無しなんだよ」


「……ついでに喧嘩もしたので、思わず家を出る時に『パンを買うお金もいらねぇ!』とか口走ったとか」


「……え、やだ。俺の行動、予想されすぎ」


「お、当たったんだ」


「いやなんで解るんだよ。何? あれなの? カメラとか盗聴器とかある?」


「ないない」


「まあ、有っても家すぐ近くだし、直接覗きに行けばいいもんな」


「覗かないよ。螢のおじさんにもおばさんにも、オレ顔割れてるし」


「割れてるも何も家族ぐるみの付き合いだからな。何を今更」


「そうそう。あと、螢は解りやすいからね」


「対して、遥は解りにくい……咄嗟に何考えてるか分からない時はある。あ、いや、でも、話してると何考えてるかはよくわかる」


「そうかな? そうかぁ」




「あ。そうだったそうだった。遥、聞いたぞ! お前さ……」


「あ、このパン、甘い奴じゃないや。ほら、コッペだけど、隙間からソース見えてる」


「え? マジで? そんな白パンみたいな外見で? いや、ソースじゃなくて黒蜜じゃないか? っておい、話の逸らし方が露骨過ぎるだろうが」


「えー? でも、ほら、ちょっと胡椒みたいな粒が見える」


「んー? 貸してみ?」


「はい」


「ああ、あれだ。きっと黄粉だ」


「黄粉かな?」


「黄粉だ」


「螢が言うならそうなのかも。じゃあ、今日のお昼はコレにしとこう」


「いや、そのパン返すんじゃねぇのかよ」


「んー、よく考えたら、これ返したらオレのお昼も無かったや」


「お前……その年で貢がれて昼を食べるとか……くそぉ、イケメン羨ましい」


「イケメンじゃナイデス」


「うるせぇ。俺と比較してから言え」


「じゃあ猶更はっきりと言えるけどイケメンじゃないね」


「やめろ恥ずかしい」


「オレの気持ち察した?」


「ちょっとな」


「ちょっとかぁ」





「だいたい、遥と俺じゃ顔どころか成績とか雰囲気とか違うし、女子に好かれる要素が……で思い出したわ! 聞いたぞ遥!」


「残りのパンだけど……」


「流されんぞ。遥、お前さ……」


「……」








「お前、彼女できたって」


「……ああ、うん」


「しかもよりにもよって、流華るかと」


「……うん」


「うん、じゃねぇよ。なんでよりによって、俺ら六人組の中から彼女を選ぶんだよ。お前も海斗も」


「え? んー、ほら、身近な人の方が気心が知れてって奴だよ」


「ちげぇよ。男女六人組だろ? 俺ら」


「うん? うん」


「俺、遥、海斗の男三人」


「うん」


巳夜みよさつき、流華の女三人」


「うん」


「その六人組で、既に海斗と巳夜は、カップル。だよな?」


「うんうん」


「で、更にこの度、遥と流華が、付き合い始めました。ね?」


「なんでそんな情緒たっぷりに言うんだよ。ちょっと笑えてくる」


「いやいや、大事なことだって!」


「そうすると、残りは俺と皐しかいないじゃないか!」


「え?」


「だってそうだろう!? 六人組でまたどっか遊び行った時に、俺と皐だけ浮くんだぞ!? 気まずいだろうが!」


「……」


「考え込むなよ! あ、いや、まぁ……誰が誰を好きとか、そこに口出しちゃいけねぇんだろうけどさ」




「じゃあ、螢は……皐と付き合うの?」


「……え?」


「だって、六人組でしょう? うち四人がカップルで、残った二人が気まずいなら……」


「あー……その発想はなかった」


「なかったの!? 今の話の流れでなかったの? ええ……あ、いや、良い、良いんだ。そっか。そっかぁ」


「なんでそんな笑うんだよ」


「いやだって、その、螢は皐と付き合うつもりなのかなって、そう思ったから」


「ないない。皐は三年の貝原かいばら先輩にオネツだろうが。というか、皐もと付き合い長いが彼女じゃなく友達としては良い、って印象だな」


「ふーん。友達として、かぁ」


「おう。あいつに関しては、友達以外の関係はイメージしがたいな」


「そっかぁ」




「ってか、なんで皐と俺が付き合うかどうかを、遥が聞くんだ? お前は流華が居るだろ? あの女番長」


「え? ……あー、ああ、うん。そうだね」


「なんだその反応」


「いや、別に」


「ってか、ほんとなんで、流華なんだ? ほぼ男じゃねぇか」


「ほぼ、って……後でヘッドロックかけられても知らないよ」


「いや、三年の不良連中を拳で黙らせた時代錯誤のスケバンって言われてたじゃねぇか」


「あー、言われてたね。流華ちゃん」


「というか、ぶっちゃけ、どこが良いんだ?」


「……んー」


「おい? 考え込むな。お前の彼女だろ? あれか? もしかして、告白は流華の方からなのか?」


「いや、そう居んじゃないんだけど……」


「もしかして! 遥、お前は本当は皐が好きで、でも皐は貝原先輩にラブだから、紛らわすためにゴリラ女を選んだとか!」


「こら、流華ちゃんに失礼だよ。割と乙女だよ、彼女」


「お? 惚気か? 惚気かこのイケメン野郎」


「んー……本当はさ」


「ん?」


「口止めされてたんだけど、でもやっぱり言うわ。言いたい」


「な、なんだ? 流華が本当に男だとかそういう……」


「オレら、付き合ってないんだ。偽装恋人」





「は?」


「いやだから、付き合ってる、ふり、してるだけ」


「いや、え? は?」


「ん? 本当は付き合ってなくて……」


「いや、言葉の意味は解る。けど、じゃあ……なんで?」


「うん。流華ちゃんさ、ストーカーされてるんだ」


「え、マジで? あんな腕っぷし強いのにか? いや、むしろ腕っぷし強いのにストーカーが居るって、それ、海斗たちにも話して対策練った方が良いんじゃ……」


「ああ、いや、そういうレベルじゃない……と思うんだけど。でも、付きまとわれて困ってるから、その対策に、って」


「それで、偽装彼女、偽装彼氏、と。まぁ、学年一モテる男が彼氏なら、普通は引き下がるよな」


「ううん、それだけじゃないんだけどさ」


「あ! そうか。お前もストーカー被害あったじゃん。そっかそっか。じゃあ、お互いにストーカー対策だな」


「え? ……ああ、うん。そう、そうだね」


「ん?」




「いやでもそうかぁ。なんだ、良かった。二人は付き合ってないんだな」


「え? 良かったの?」


「そりゃそうだろ。六人組で遊ぶとき、俺だけ浮く心配はないってことだ!」


「ああ、そういう……」




「ってか、彼女とか、大変だろうしな」


「そうなの?」


「ほら、時々、海斗が巳夜に振り回されてるじゃん」


「ああ、巳夜は気難しいからね」


「そもそも、世の男性陣はなんで女子に振り回されて良しとしてるんだか。解らねぇ。俺ら六人組の間ですら、時々男女の壁を感じるのに」


「あー、そうだねぇ。同性の方が理解は早いよね。オレは同性の方が良いかな」


「もしかしたら、そうして振り回されるのを楽しむのかもな」


「オレには解らない感覚だな」


「海斗は振り回されて楽しそうではあるけど……確かに、巳夜は男心を惑わす何かがある気がする」


「その度に悪態ついたりしてるじゃん。オレは嫌だ」


「巳夜、外見が綺麗なだけに男泣かせだよな。でもきっと、そこが良いんだろうな」


「……あれ、化粧だけどね」


「え? そうなの?」


「そ、化粧。見てわからない?」


「み、見てわからない」


「あー、螢、女の子に騙されそうだね」


「遥に言われたくない」


「ええ? なんで?」


「いや、むしろ遥が騙す側か? 騙すつもりなく天然で騙して女の子泣かせそう」


「えー、そんなことしないよ」


「パンを貰えるからって貰ってるくせに」


「んー、そんなんじゃないよ」


「お? じゃあ、どんな?」


「……パンを貰いに来る人が居るからね。その人向け」


「その人? 誰? よく解らないけど?」


「あ、うん。螢はそんなだよね」


「ん? んん? なんかわからんが、今馬鹿にされた?」


「そこは察するんだ」





「てかさ、遥」


「何?」


「遥は流華と偽装で付き合ってるわけじゃん?」


「そうだね」


「本当に好きな人とか、居ないのか?」


「え? それは……」


「いや、流華にもだけどさ」


「あー、うん。螢はそういう所、美徳だよね」


「ん?」


「あ、流華ちゃんの好きな人は、正直解らないな。そもそも、あの子、もしかしたら女の子が好きなのかもしれないし」


「え……」


「……引く?」


「いや、むしろ納得」


「ちょっと……」


「いや、茶化してごめんて。……いやまあ、流華がそうであっても、別にだからって今までの流華と変わらないだろ? 俺の認識が少し変わるだけだ。そこに居る流華は変わらない」


「……そっか」


「ショックを受けるな、ってのは無理だろうけど。受け入れられないわけじゃない」


「うん。聞けて良かった」


「ん? そうか?」




「螢はさ、どうなの?」


「どうって? 何が?」


「だからさ、好きな人、とか」


「俺か? え、やだ。修学旅行の夜みたいな話題」


「別に言いたくないならいいよ。……うん」


「んー、そうだなぁ。俺、特に誰かとそういう恋人同士になった自分を想像できないな」


「そうなの?」


「そうだぞ。そもそもモテないし。恋人とのイベントごととかには憧れるけどな」


「試しに付き合ってみよう、とかは?」


「いや、そもそもその相手が居ないからなぁ」


「誰かから『お友達から始めましょう』とか、『お試しで良いので付き合ってください』とか」


「ないない。お前と違って、俺はモテないの」


「んー、オレなら……螢はさ、ちゃんと優しいし、運動できるし、勉強も言うほど悪くないし、外見も……悪くないんだからさ」


「褒めてんのか褒められてないのか微妙なラインだな、おい」


「そっかぁ。誰か、螢を好きな人、居ると思うよ」


「あー、あんがと。慰めが沁みるわー」


「本心だよ」





「ってか、なんだ? 『お試しで付き合う』ってのは?」


「え? よくあるみたいだよ。好きな人が誰かに取られる前に、恋人になってお互いによく知り合って……っての」


「お試しも何も、お互いによく知ってるから付き合うんじゃないのか?」


「お互いによく知ってても、恋人同士になったら違う一面が見えたりするもんだよ。それにそうすれば、誰かに取られる心配もない」


「んー、なんか、なんだか……そうかぁ」


「だからさ、螢も誰かから『試しに付き合ってみてください』って言われるかもよ」


「マジで? 言ってもらえたら良いけどな。でも、俺、恋人が欲しいんじゃなく、こう……恋愛、熱愛? が、したいんであってな」


「……うん」


「俺が好きな人と、付き合いたい。お試しでもな」


「お試しでも」


「そう」


「じゃあ、例えば、どんな人が良いの?」


「え? あー……そうだなぁ……」





「うん、そうだな。遥みたいなのが良いな。気心が知れてて、外見が綺麗で、俺のワガママとか詰まんない話とかに付き合ってくれるような、そんな恋人が良いな」


「……あ、あー、うん。そ、っか。うん」


「お? なんだ? 愛の告白みたいになってるな。悪いな、冗談として受け取っといてくれ」


「あ、いや、じゃあ、さ」


「お? うん?」


「じゃあ、だよ?」


「なんだよ」





「それじゃあ、いっそ……」




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