第5話

 ステンドグラスから注ぐ月光が教会堂を青白く照らしている。猟銃を手にした土井神父は頬がこけ、目は血走りまるで幽鬼のようだ。昼間の柔和な笑みを浮かべた温厚な姿は、見る影もない。

 火鳥と水瀬は縛り挙げた達郎を床に放り出した。水瀬は剣呑な視線で土井神父を見据える。神父は現役ヤクザの睨みにも怯む様子はない。

「お前には悪魔が憑いている、闇の世界へ戻るのだ」

 土井神父は達郎に銃口を向ける。達郎は父親である神父を怯えた目で見上げている。親子の歪んだ関係を垣間見て、火鳥は唇を引き結んだまま思わず目を顰める。


「悪魔って、こいつはお前の息子だろ」

 呆れた水瀬が肩を竦める。

「こいつは悪魔憑きだ。とても世間に顔向けができない。闇の世界へ閉じ込めておくしかない」

 土井神父は怒りに震えながら顔を歪めている。

「迷える子羊って奴じゃないのか、それを救うのが神様だろ」

「黙れ、チンピラ風情が。お前も悪魔に取り憑かれているのか」

 神父は水瀬に猟銃を向け、威嚇する。水瀬は慌てて両手を挙げて無抵抗のポーズを取る。


「ふふふ、悪魔の姿を見たお前たちを生きて帰す訳にはいかない」

 神父は肩を揺らして笑い始めた。その顔は狂気に歪んでいる。神父は怯える三人の子供たちを見つめ、穏やかな笑みを浮かべた。

「もう怖くないよ、天上におられる我らが父の元へ行けるのだから」


「神父も悪霊に支配されているのか」

 水瀬が火鳥に耳打ちする。

「いや、達郎に見えたような瘴気は感じられない。奴はただのサイコパスだな」

 火鳥は腕組みしながら頷いている。

「どうするんだよ、ここで大人しく皆殺しになるのか」

「どうするかな」

 火鳥は悩む素振りをしながら、縁なし眼鏡をクイと持ち上げる。

「俺が奴を引き付けておくから、達郎の縄を解け」

「はぁ、どういうつもりだよ。奴を逃がすのか」

 水瀬は火鳥の提案の意図が分からず、首を傾げる。


「神父さま、どうか天に召される前に懺悔をお聞きください」

 火鳥が仰々しい仕草で神父の前に跪き、両手を重ねて祈る。神父はピクリと眉間に皺を刻んだ。

「今日昼飯を食べた店で代金を支払ったところ、店員が百円多くおつりを返したのです。私はそれを知りながら何も言わず、財布に入れて店を出てしまいました」

 行きつけの中華料理店揚子江でお釣りをネコババしたという。なんて奴だ、水瀬は呆れながらもこっそり達郎に近付いていく。

「この間は、街頭で高校生が持つ募金箱に紙幣を入れる振りをして、財布にあったいらないレシートを入れました」

 神父はあまりの告白のくだらなさに何か言いたそうだが、火鳥は畳み掛けていく。

「賞味期限が切れたシュークリームを、もったいないので事務所に来るヤクザに出してしまいました」

「なっ」

 水瀬は達郎の紐を解きながら、火鳥をチラ見する。神父を引き付ける方便としてもやりかねない。


「よくぞ告白してくれた、神は寛大である。祈りにより、お前の罪は許された」

 神父は目を閉じて十字を切る。


「よし、これからどすうる」

 水瀬は達郎の縄を解いた。しかし、達郎は父に怯えて床に蹲ったまま震えている。火鳥は立ち上がり、ジャケットのポケットから人形のようなものを取り出した。

「ジル、立ちなさい。目の前の敵を倒すのよ」

 火鳥が手にしたのは、地下の祭壇にあったジャンヌ・ダルクのキャラクターフィギュアだった。いつの間にかくすねていたのだ。愛するジャンヌの姿を見て、達郎の目の色が変わった。

「うわああああ」

 叫び声を上げて立ち上がり、神父に向かって突進する。火鳥は不意を突かれた神父の手から猟銃を奪い取った。


 達郎は土井神父の頬を殴りつけた。

「おぉ、やるな。右の頬を打たれたら左の頬も出せよ」

 生っちょろい達郎のパンチは大して効いていないが、今まで押さえつけて反抗を許さなかった我が子に刃向かわれて、神父は驚きのあまり錯乱している。水瀬は面白そうに親子げんかを観戦している。

「警察ですか、すぐ来てください。誘拐された子供を保護しました」

 火鳥は平然とスマホで警察に連絡していた。閑静な住宅街にサイレンが鳴り響き、クリスマスの夜を赤く彩った。


 ***


「胸クソ悪い事件だったな」

 火鳥探偵社のソファにどっかりと腰を下ろした水瀬は、苦虫をかみつぶしている。ドラ息子とその父親も逮捕され、借金の取り立てが出来なくなってしまったのだ。

 子供たちは無事保護され、そのうちの一人藤倉航大は火鳥の依頼主である藤倉氏の元に送り届けられた。これで成功報酬が上乗せされ、今月の家賃、光熱費の支払いが賄えると火鳥はほくそ笑む。

「土井神父は厳格な人物で、達郎をずいぶん厳しくしつけていたそうだ。達郎は大学受験の失敗を機に引きこもりになり、神父は彼を教会の地下へ閉じ込めた。世間体が悪いから、達郎を外に出したくなかったわけだ」


 達郎はスマホゲームにのめり込み、ジャンヌダルクの幻影を見るようになった。ジャンヌと共に戦ったジル・ド・レに自分を重ね合わせ、悪霊の言うまま子供を生け贄にしようとした。

「地下を抜け出して、教会の公園に遊びに来た子供たちに催眠術をかけ、夜中に家を出るよう誘導した。藤倉氏の奥さんが聞いた聖歌は催眠のスイッチだったのだろう」


 火鳥は冷蔵庫からストックしていたシュークリームを出してテーブルに置いた。

「お、シュークリームか」

 水瀬はシュークリームにかぶりつこうとして、パッケージを確認する。賞味期限は今日だ。

「多かった釣りはちゃんと返したし、募金箱には百円を入れた。俺は懺悔するようなことは何も無い」

 火鳥はふんと鼻を鳴らして、シュークリームを美味そうに食べ始めた。


 ***


 ジャンヌ・ダルクの幻影に惑わされたとはいえ、達郎は初めて父親に立ち向かった。それで何かが変わるだろうか、それはどうでもいいことだ。火鳥はくすねたまま持って帰ったジャンヌ・ダルクのフィギュアを、棚の観葉植物の横に置く。そして、祭壇の聖女事件をレポートにまとめ、Kファイルに綴じ込んだ。

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火鳥探偵社のKファイル 神崎あきら @akatuki_kz

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