第2話 そして僕らは恋をする

それから数カ月、季節は進み夏になり、学校は夏休みだ。

チカさんは約束通り翌月オレに『チカ』と呼ぶよう強要しオレはファミレスでバイトを始めていた。今日からのために。


「水分はちょくちょく取れよ」

うちのガレージで父さんが背中に話しかける。

「は―い」

間延びした声がオレの代わりに返事をする。

チカだ。

あれからすぐにチカはうちの両親にに挨拶にきた。

どうやら『妻にする勢い』というのは本気のようだ。

両親はチカを気に入っていてオレが進路を就職に変えたことに理解を示してくれた。

同じようにチカの自宅に顔を出すとチカのお父さん『えっ、チカでいいの? 悪いなぁ』との第一声だった。

お父さんの後ろではクラスメイトでチカの妹早紀がやれやれみたいな眉毛をしていた。


チカはお兄さんに挨拶は?

などと言うから次の日から学校で早紀はオレを『夏にい』と呼びだした。

からかってるふうではない。

あと気になるのがチカが自分の家族にオレのことを『うちのひと』と呼んでるのだが、誰も『えっ?』みたいな反応がない。

そんなものなのか、いや違う気が。


チカはうちの父さんを『パパさん』と呼び母さんを『みきちゃん』と呼んだ。

何年も家族やってる人より家族になってる。

チカのタレ目は人を安心させる。


「父さん、行くわ」

「水分な」

父さんはそればかりだ。

仕事現場が暑いから熱中症の怖さを知っていた。


「みきちゃん行ってくるね」

軽い。

もう嫁以上に嫁だ。

「チカちゃん! 日焼け止めクリームたっぷりよ~~!」

母さんはサンダル姿で手を振る。

「了解! みきちゃん‼」

「夏希、行こうよ」

チカの掛け声。

手を振る両親。

太陽はいい感じに朝から飛ばしている。

蝉の声。

アスファルトの焼けるニオイ。

日傘をさす人の姿。

その何もかもが夏を感じさせる。


原付は時速30キロだ。

幹線道路を避け県道、市道を中心に走った。

その方が安全だし、なんか呑気なんだ。

太陽は真上、容赦ない。

それはそれでいい。

夏なんだから。

誰も通ってない信号。

赤で止まる、広がるのは陽炎かげろう


「チカ、38度だってよ」

電光掲示板が指し示す。

「かかってこいや~~‼」

たのもしいね、でも父さんの言葉。

水分だ。


ちょうどいいところに昔ながらの駄菓子屋があった。

オレはヘルメットをクイッとさせて『寄ろう』チカに合図した。

チカはつなぎを腰でくくっていて妙にかっこいい。

上はタンクトップだ。

そうチカはかっこいい。

サラサラの髪、引き締まった腰、大き過ぎない胸がどうしょうもなくかっこよかった。


見惚みとれてるの?」

軽口さえかっこいい。

オレは棒が二本付いたソーダのアイスを半分に割りチカに渡した。

チカは例によってタバコにみえるラムネとガム、瓶のコーラ2本買っていつも来ている駄菓子屋みたいにおばあちゃんと話しした。


店先には空き瓶を片付けるケースがあり、そこにあったスプライトの緑の瓶がヤケに夏をしていた。


「日本海までどれくらいかな」

「まだまだだろ」

そんな会話をしながらハンドタオルに水をつけ日焼けで赤くなったチカの肩を冷やしてやった。

追加で日焼け止めクリームを肩と腕に塗ったがされるがままだった。


「ずいぶん青いけど」

オレは日陰で腰掛け空を見上げた。

オレはチカの夢『ポカリカラー』の基準を確認した。


「まだまだこんなモンじゃないっしょ!」

これでまだまだか、なかなか目標高いな。

こんなすぐに夢が叶ってもらってはつまらん。

その空を求めてエンジンをかけた。


稲は青々と茂り風は稲を揺らした。

まるで緑の水面みなもを眺めているようだ。

水路には水が流れ小魚が反発的に方向を変えていた。

遠くから蝉の声、さらに遠くから震えるようなひぐらしの鳴き声が届く。


だいぶ走った気分だがまだ太陽は真上を少し回ったくらいだ。

目的地があるわけじゃない。

目標とする空、それがあるだけだ。


追いかけてもあるとは限らず、立ち止まっても来ないとも限らない。

だからこそ前に進む。その方がかっこいい。

前を走るチカはたまに飽きて足をびろんと横に広げる。

真似をしてみる。

風が足に絡みついて気持ちいい。

これがしたかったんだな。

追いついて並んでチカのタレ目を見たくなる。

承知してるのかチカは決まって1段上のタレ目をしてくれる。


一旦停止で止まる。

止まる必要あるか?

1キロ近く先まで何も来てない。

でも止まるんだ。

目的地があるわけじゃない。

目標があるだけだ。


その時風が横から過ぎ去った。

湿気を含んでいる。

ミラ―を覗くといつの間にか、黒みを帯びた入道雲。


「チカ。少し急ごう、何処か屋根がある所に」

チカはゴ―グルを上げて空を睨む。

彼方から遠雷が耳に届く。


道なりに走っているとちょっとした公園があり、隣接して小さな消防団の木造の建物に軒がある。

ここでやり過ごそう。

雨は来てない、まだ。


荷物を軒に運び込み腰を下ろす。

チカは雨に備えて腰で巻いていたつなぎに袖を通した。

オレも用心のためヤッケを二人分用意した。


「お腹空いた」

駄菓子屋以来店はない。

正確には開いた店はない。

オレはリュックにおさめてあったラングドシャをチカに渡す。

チカの好物だ。

1度チカの機嫌を損ねたことがあってその時『ダッシュでラングドシャ』と命令された。

チカはほっぺたを横にむにゅっとさせて食べた。

何枚か食べて半分かじったやつをわざわざオレの口に運ぶ。


オレは運ばれるまま口を開け食べた。

チカなりの愛情表現。

満足してるようだ。

風が公園の砂埃を舞い上げた直後雨が乾いた地面を叩きつける。


「さすがうちのひとは勘がいいね」

チカは座って出来た膝の山に顔を乗っけてニヤニヤしてる。

早めにした雨宿りは成功だ。

薄手のクッションをふたつ荷物ボックスに入れていたのでふたつ重ねてチカのお尻にひいた。


2枚くれるのはお尻がおっきいと言いたいのかな?

――と笑顔で苦情を言われた。

「夏希、今のうちに仮眠しとこ、まだやまないよ」

「そうするよ」

オレはチカの隣に座る。

チカは頭をオレの肩にもたれさせて数秒後に寝息をたてた。

オレもつられて落ちた。

どれくらい寝てたろう、雨はやんでいた。


そして、そこには雨に洗われた空。

「チカ。起きて。なぁ」

オレはチカを揺さぶる。

「えっ、なに?」

「やんだ、雨。用意して、行こう」

「夏希どうしたの、急に…」

チカは息を呑み、立ち上がる。

「これだろ?」

言葉にならない。

チカは小刻みにうなずいて跳ねる。


「夏希、どうしよ、これよ!」

目の前には『洗いたての青空』が広がっていた。

イイ感じで真っ白な入道雲が手招きをしている。

「チカ走ろう、もっと近くまで」

エンジンを回し走り出した先に去来する思い。

チカの言葉が蘇る。


「あのブルーと白い雲に包まれて行くの原付でどこまでも、どう? これ私の夢なの、ズレてる? でも行きたいのあの空の下、そこで恋したいの、ね? ダメ? 行こうよ、夏希、ぜったい楽しいって」


300秒後オレたちは恋に落ちる。

ポカリカラ―の空の下で。

オレたちは青空と照りかえる太陽、そして入道雲に包まれた。

そしてオレたちは永遠を感じた。


そんな夏のある日だった。

「夏希、海だよ!ねえ、夏希。大好き!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お前の姉ちゃん、焼きそばパンと等価なの? アサガキタ @sazanami023

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ