ナッティは逃がさない


 王太子と取り巻きの無様を晒した卒業式から明けて一ヶ月後。


 ナッティと王太子の婚約は王国側の正式な場での謝罪を持って婚約解消となった。

 婚約解消に伴い、カース王太子とその取り巻きの侯爵家の第一継承権を持った若者達は廃嫡となり、王太子と共に東以外の領都、または外国へと移転し蟄居させられている。


 あの一件から、ナッティはより評価をあげてしまい、王太子との婚約も解消したことから、外国、国内、領内からも引く手数多となっていた。


 選帝侯であるヴィラン公もまた、婚約者のいなくなった公爵令嬢として、行き遅れ、適齢期にならないよう彼女に新たな婚約を求め、お見合いを勧めているのだが、彼女は頑なに拒んでしまっている状態だ。


 現場にいなければ、それは彼女が男性不信となってしまったとも思え、そこからまた新たに美談が生まれていくのだが、現場にいた誰もがそうではないことを知っている。


 そして、それを知っているからこそ、


「お姉さまーっ」


 彼女の周りには、今日もナッティが王都に開いたお茶会には令嬢が集まっている。

 その彼女を見る瞳はうっとりとした様相であり、彼女をどのように見ているのか親としては心配になるような表情を浮かべる令嬢がほとんどなことが、またヴィラン公を悩ませているのだが……


「あらあら……今日も皆さんお元気なこと」


 ナッティは適度に楽しんでいるようで。

 その傍らには、数名の令嬢が固定で付き従う。その中には、先の被害者であった、ロォーン男爵令嬢のディフィの姿もあった。


「……」


 だがその表情は暗く。卒業式を迎えてナッティが学園を卒業してから日に日に暗くなっていく。


 それはあの一件による関節的な噂によるものではないかとナッティは考えていた。


 ナッティはあの時、相手を真っ向から打ち崩して婚約解消を自らもぎ取った。

 しかし、ディフィは、被害者でありながら結局は何もしておらず、助けられた令嬢という肩書きがつけられてしまっていた。

 そこまでなら、また悲劇のヒロインという印象がつけられるのだが、悪いことに、噂が噂を呼び、複数人から婚約者を奪った令嬢として悪名が轟き始めていたのだった。


 ナッティはその悪名を払拭するためにこの一ヶ月間、ディフィのためとも言えるお茶会で、友人と共に奔走し、その払拭に成功していたのだが、それでもやはり愛するディフィの表情の曇りが取れないことを心配していた。


 婚約解消による攻防を繰り広げたナッティでも、何が原因なのかが分からないまま、愛しい女性の考えが分からないのは辛く。


「ディフィ、何か心配ごとがあるなら話して? 私も辛いわ」

「……お姉さま」


 その憂いを晴らしてあげたい。

 悲しげに自身の手に優しく触れるナッティがその想いを告げる。


「お姉さまは卒業されたのでもうすぐ領都に戻られる……私は、私は……もうお姉さまに会えないかと思うと、離れてしまうと、私は……」


 ディフィは意を決したように自身の想いを伝える。


 離れたくない。

 ただ、それだけのことで、そこまで悲しむディフィがとても愛らしくて、思わずナッティは盛大に笑ってしまった。


「お姉さまっ! 酷い!」

「あははっ……ごめんなさいねディフィ。許して頂戴。でもディフィ。ディフィは私の元へと来ないつもりなのかしら? 元々私の侍女になる予定だったわよね?」


 「寂しいわ」と伝えるナッティがにやりと意地悪そうな笑みを浮かべると、ディフィは、嬉しさに花開くように笑顔を浮かべた。


「っ! 是非! 今すぐにでも!」

「愛い子ね」



 そして二人の瞳にはまた互いしか映さなくなる。

 その二人の世界に、周りも熱くなって目をそらしつつも興味は尽きず。



 一度手に入れたものは逃がさない。

 彼女の本拠地の領都には、彼女の元へ馳せ参じる令嬢がこれからも多くなりそうだ。




 そんな彼女達を――



 ――ナッティは、逃がさない。





 完

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