本性


「いくら私にとって遠い存在だとしても。いくら私が貴族の中でも下位であっても」


 そう彼女は、あの学園の美しい花がぱらぱらと心地良く舞い散る大樹の下で、高らかに謡う様に宣言していたではないか。


 それはカース王太子を含む王太子の子爵より上位の階級だけで固められた取り巻き勢が彼女に心を奪われた瞬間だった。


 まるで演目のようにその大樹の下で、舞うように、請うように、愛の言葉を告げる彼女。

 人懐っこい性格で、誰からも好かれる、可愛げのある男爵令嬢だ。


「私には、貴方を諦めることができないのです。なぜなら私は、深くお慕い申し上げているから――」



 その告白とも取れる彼女の仕草と言葉に、カースはすぐに虜になった。

 自分に向けて言われたその言葉に、その言葉に答えたい。今すぐ彼女に駆け寄りたいと思った。


 だが、それは婚約者のいる自分にとって禁句タブーではないだろうかと自分の気持ちにブレーキをかける。


 ……婚約を破棄すればいいのではないだろうか。

 いやだけども。

 もし彼女が自分のものにならなかったとしたら。

 私は、笑いものではないだろうか。

 だが、自由でなければ彼女の愛に答えることはできない。


 王太子としてそれは許されることではない。


 ああでも。彼女の傍で彼女と語らいたい。

 その瞳に自分だけを映しこませ続けたい。


 日に日に想いは募る。


 その想いが暴走へと至るまで、さほど時間はかからなかった。

 それは自身の取り巻きの彼女への猛烈なアピールがあったからこそ焦りからということもあったのだろう。


 彼女の名前を知った。彼女の名前はディフィと言う。

 爵位持ちの彼女であることを知った。ロォーン男爵の令嬢だ。それであればいくらでも私の力でどうとでもできるだろう。

 彼女の好きなものを知った。彼女に毎日のように贈った。

 彼女がどこに住んでいるのか。彼女がどこで働いているのか。彼女の私生活は。彼女が何をしているのか。彼女は今どこでどうしているのか。


 逐一、自身の護衛を走らせ調べさせた。朝も夜も、どこにいるのか逐一。

 体調が悪そうな時があればすぐさま駆けつけて介護し、彼女に困ったことがあればすぐさま駆けつけて護り。


 そうやって、周りの取り巻きからも護って自分との時間を少しずつ増やしていった。



「あの時、あの場で君が伝えてくれたあの告白を、私は受けようと思う」


 次第に仲良くなって、ついには先日告白をした。

 答えはもらわなくても分かる。いや、すでにもらっているのだ。

 彼女は、あの時から自分のことを愛していると――




「な、なぜ……」




 ――そう、思っていた。

 だから、カースにはそれが信じられなかった。




「おいで。私のネコ」


 ナッティがそう言った時に、自分達の背後から一気にナッティへと駆け寄っていくその影を。


 ナッティから隠していた彼女――ディフィが、ナッティへと令嬢にはありえない程にはしたなく駆け寄っていく様を。


「お姉さまっ!」

「あらあら。走ったりしてはしたないこと」

「お姉さまが私を呼ぶのなら私は誰にどうみられようともかまいませんわっ!」


 ナッティの開いた両腕に包み込まれるかのように、突撃するかのように飛び込んでいった彼女を。

 彼等は、見ることしか出来なかった。


 令嬢が外聞を気にせず走るなんてことをするわけがない。

 そんなことを思うのは当たり前だ。

 そもそも走ることができるようなドレスではないのだし、彼等からしてみると、彼女は自分達に護られるべき人であるので、自分から離れるようなことをするわけがないのだから。


「貴方達が何を勘違いしていたのかは存じ上げないのですが」


 自分へ甘えるように抱きついてきたディフィの頭を愛おしそうに撫でながらナッティは王太子達を見る。


「気持ち悪かったそうですよ。毎日のように見張られ続けて休める場所もなく、具合が悪い時も離れず付いてきて、お花を摘みにいくことさえままならなかったと」


 にこやかに宣告する彼女に、王太子達は何を言っているのか理解ができない。

 すでに自分達から彼女が離れていったことで、思考が追いつかないようだ。


「何度も相談を受けました。時にはあまりにも辛くて涙ながらに話をされたこともありました。ですので、私も何度も貴方達にはご忠告差し上げたとは思うのですが、聞き入れて頂けなかった上に、私のことさえも中傷する始末。その上、勘違いして自分達の婚約者方を傷つけていく様は、常軌を逸しておりましたわ」

「お姉さま……申し訳ありません……っ」


 ナッティの責めるような言葉に、ディフィが顔を真っ青にして謝罪の言葉を述べると「あら、貴方は被害者なのだから謝るところはどこにもなくってよ」と更に彼女が蕩けるように満面な笑みを讃えて彼女を慈しむ。


「だから。貴方達が。彼女の愛を得られているなんて思うことがそもそもの間違いなのですよ」

「あぁ……お姉さま……」

「なぜなら。私が――」


 くいっと、彼女の顎に手を添え、自らの瞳に彼女を満遍なく納めるかのような仕草。実際、ナッティと彼女の目には、お互いしか映っていない。

 そのナッティの瞳に映る自分と、自分だけがディフィの瞳に映っている。


 その瞳を堪能しながら、彼女は告げる。


「――彼女に愛を囁かれていた、本人なのですから」


 そう。

 ナッティは。

 女性が好きなのである。

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