それは断罪劇とも言えぬ
この国は西南北を他国に囲まれた国だ。
各国とは不可侵の同盟を結んではいるものの、囲まれているからこそ国力は増えることはなく、また各国への牽制のために領都を設け、各都が軍備を充実させて牽制することでこの国は守られている。
ただし、東のみは、人ではなく大森林『封呪の森』から魔物の侵略を防ぐために設けられた防衛拠点がある、少し特殊な領都であった。
それが、ヴィラン公爵の治める辺境都市であり、五大王国随一の軍備と、東に広がる果てなき森を統べて開拓する役目を持つことから、王家と同じ権力を持つ、モロン王国の麾下でありながらも五大王国の一つとして数えられる、『国』なのである。
中央と東のナニイット大陸を統べているからこそモロン王国は巨大で、他の王国に対しても発言力もある。
そんな東の王国と言われる、『領都ヴィラン』と互いの力関係にも関わる有益で堅固な関係性を保つ為の、モロン王国王太子とナッティの婚姻話であり、嫌がるヴィラン公爵とナッティ令嬢を何年もかけて説得した、言わば、王国の一大プロジェクトであったのだ。
それを、ただの一言。
盛大に他国の重鎮もいる中で、カース王太子は、婚約破棄を言い放った。
解消ではなく、破棄であるからこそ醜聞もまた悪い。
それがこの今の状況である。
ナッティ令嬢には落ち度はなく、また、沈着冷静、聡明であり、見た目も傾国とまで言われるほどに整った、彼女を手に入れればすべてが安泰とまで言われる引く手数多の才色兼備の令嬢である。
どれだけの王国内の重鎮が彼女と王太子の婚約に力を注いだか。
そのようなことも分からない王太子に、ナッティは三行半を叩きつけた。
決して、王太子が思うような、「自分がナッティを言い負かした」状態には程遠い。
「私も貴方のような馬鹿と添い遂げたいとも思えませんし、あなた方の本来の婚約者もさぞかし恥ずかしいでしょうね」
「な、なにを」
「複数人の男子が、それも国を背負うべき未来の高位爵位の後継者が、たった一人の女性の愛を得ようと盲目的に愛を語るさまは、とても滑稽でしたわよ」
ふふっと、不敵な笑みを浮かべては王太子の取り巻きを挑発するナッティ。
王太子だけではない。
ナッティが今断罪すべきは、その周りもである。
「現を抜かし、誰か一人でもその令嬢の愛を勝ち取ったならまだしも。誰一人得られず、しかも得られない愛に婚約者さえも蔑ろにし、自ら破棄して自由の身になろうとする始末」
取り巻き達が痛いところを突かれたのか、「うっ」と呻いて俯いた。
そんな中、カースだけは取り巻きの呻きにほくそ笑む。
自分はこの中でもっとも高貴であり、令嬢の愛も勝ち得ていると思っているからだ。でなければこのような暴挙にもでないであろう。
「違うのですよ。貴方達が破棄をしたわけでは。貴方達が、御令嬢方々から呆れられて解消したいと相談を受けたからそうなったのですよ。破棄なんて、女方が迷惑を被るだけ。なぜ貴方達のために私達が被害を受けなければならないのかとか、思いませんこと?」
婚約破棄は自分達が彼女のために行ったこと。
盲目。まさにそれである。
自分達以外がどうなるのかさえ考えないからこそそんなことができるのであって、浅はかな考えだからこそできるのだ。
簡単に婚約破棄なぞ、できるはずがない。
特に王太子の取り巻きであれば、爵位も上から数えたほうが早い。互いの領地への利益さえ生まれるのだから、そう簡単に破棄できるわけがない。
なのに、いとも簡単に苦労せずにできてしまっていた。
なぜ? 彼らは考える。
婚約解消。
婚約破棄とはまた違った意味を持つそれは、婚約そのものをなかったものとする。
円満解決は、こちらである。
そんな話は聞いていない。
取り巻き達もこのような公式的な場ではないが、高らかに婚約を破棄したことで、自身の愛を彼女に伝えたのだから。
「自分達の親から、聞いていないのですか?」
取り巻き達が自分達の親をきょろきょろと頼りなく探し出した。
その親達は真っ青な顔で、今にも倒れそうになりながらも、自身の子供達が起こした問題をどのように収めるべきなのかを必死に考えている。
まだ公の場ではなかったのであれば、何とでもできたのだ。
だから他侯爵家の取り巻きは、破棄宣言――誰にも認められていないが宣言を行えたのだから。
破棄であれば、破棄を訂正すればいいだけ。
そんな浅はかなことを思って行ったであろう行為の危うさに、取り巻き達は自分達の元婚約者へ目を向けた。
その婚約者達は、自分達を汚物を見るかのような目で、見るのも嫌だというていで見つめ続ける。
「あ……」
婚約解消。
その意味を、理解した。
破棄であれば、このような場にさえ出ることができないのだ。
解消であれば、傷がつかないのだ。窮地に陥ったときに庇護さえしてもらえたかもしれないのだ。
彼等は自らの首を絞める。
自分達の未来を、少しずつ理解していく。
短い言葉だけでこの場を支配したナッティ令嬢。
その短い言葉で、カース王太子と後未来の侯爵貴族は実力不足で能無しであると盛大に辺りに知らしめた後。
ナッティは誰もが見蕩れてしまう程の笑顔で辺りを惚けさせながら、彼女は更に告げる。
「おいで――」
そして、小鳥を呼び寄せ乗せるかのように手のひらをとある相手へと向けた。
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