第7話 顛末記

 ここでコーム・レーメとコルレッタ・パリストにまつわる物語は終わりである。しかし蛇足と知りながら、ここにあと少しの顛末記を記そうと思う。


 コーム・レーメの処刑の裏で、別の大事件が発生していた。世間の耳目が彼女の処刑に集まる隙を突いて、皇太子が老皇帝を連れて皇宮を脱出したのだ。この脱出計画がコーム・レーメを利用したのか、それとも共謀であったのかの真相は未だ明らかではない。


 この事件に世論は憤激した。一週間後、逃亡していた皇太子と老皇帝が国境付近の街で捕らえられ、帝都へと連れ戻された時、巻き起こったのは皇帝制度の廃止を求める群衆の怒号だった。


 これに反対した穏健派の共和主義者プブリティスであったザバン・カランは失脚し、完全共和主義を唱える過激派のロードラン・コーレルが台頭した。


 彼は世論の支持を後ろ盾に議会の設立を強行し、さらに皇帝と皇太子の処刑を敢行した。ここに事態は穏健な改革から完全なる革命へと移ったのである。


 皇帝、皇太子の処刑にふさわしい名誉刑である斬首刑を執り行う処刑人は、当然のように当代一の首斬り役人コルレーネコルレッタ・パリストであった。


 ロードランはさらに改革を強行し、皇帝ともども貴族制も葬った。「政治の場だけではない、真なる自由と平等の獲得のため身分制を廃止する」と唱えて、庶民と同じ扱いを受けることに抵抗する貴族がいれば女子供も構わずに処刑台に送った。この処刑はすべてパリスト家に名を連ねるものの手で執行された。身分制はなくなりパリスト家の人々も制度的には自由民となったが、忌まわしき処刑人という彼らの仕事に引き継ぎ手などおらず、また処刑人の一族の色として忌避された褐色の肌を持つ彼らが、他に就ける職業などありもしなかった。


 貴族狩りが国内で進行する中、国外に逃亡した旧体制派は皇統派カストゥーラを名乗り、皇帝処刑の罪を問うことを大義に諸外国の軍隊を引き込んで戦争を仕掛けた。ロードラン率いる共和政府は革命防衛を旗印に義勇軍を募ってこの戦争に勝利した。だがこの際に、内乱防止を目的に政府による非常時の強権統制を許可した治安法を成立させたことが、後に大きな惨劇を生むことになる。


 ロードラン政権は革命防衛戦争に勝利したが、その強権的政治手法に次第に反発が強まっていた。そして戦争後の議会選挙でロードラン率いる政党が敗北する。しかし彼は自分がこの共和政府を作り、革命の防衛を主導したとの自負心に凝り固まっていた。


 彼は野党の選挙不正を訴えて議場を占拠するクーデターを敢行すると、治安法を利用して自身への反抗者を逮捕し、その大半を処刑場へと送り込んだ。


 再び処刑場は血に染まり、パリスト家の人々はその手で総勢八千三百六十五人の処刑を、わずか二年の内に執行することとなった。その中でコルレッタが跳ねた首の数は五百二十九にも及んだ。


 この混乱に再び皇統派カストゥーラが動いた。皇帝バンドゥナ五世の甥の息子に当たる皇子ベルデルは皇統派カストゥーラの代表として正式な皇位継承者となると、帝政復活後の議会の承認と立憲君主制の成立を約束して、ロードランの恐怖政治に怯えと反発を覚えていた共和国内の穏健派有力者や軍隊と通じて反乱を起こさせたのだ。彼らにとって帝国時代の汚職問題や臣民を捨てて逃亡した前皇帝と皇太子の所業は許し難かったが、それでも現在の恐怖政治よりはマシなものだった。


 この反乱に敗北したロードランは自殺した。しかし彼の所業を恨む人々の声は、彼の死体を処刑台に運び、馬蹄による圧殺刑を加えた。これを執り行ったのもパリスト家の人々だった。


 こうして革命は終わり帝政が復活した。即位してベルデル二世となった新皇帝は事前の約束の通り、議会を承認して立憲君主制を内容に含む、新たな皇帝法を成立させた。同時に貴族制はそのまま廃止とし、皇帝と臣民という二身分のみの国家制度を整え、元々の問題であった身分制による対立の構造が解消された。これができたのもロードランが貴族層の大半を処刑したことが理由であったが、血に塗れながらも、ここに共和主義者プブリティスの当初の理想が、実現されることとなったのである。


 この新体制においてパリスト家の存在が問題になった。ロードラン政権が濫用した治安法に従って死刑を執行しただけとはいえ、彼らの存在を恐怖政治時代の象徴として処刑による清算を行おうという動きがあったのである。


 しかしベルデル二世はこの動きに同調せず、むしろ死刑制度の廃止を議会に提案した。議会は即時廃止には反対したが、その縮小を進めることには賛成し、このときから死刑の件数は徐々に減らされ、およそ半世紀後には死刑制度の廃止が達成されることになる。パリスト家の人々は死刑の縮小にともない、政府から職の斡旋を受けながら、次第に処刑人としての仕事から離れていった。こうしてコルレッタ・パリストの孫の世代の頃には、帝国から処刑人という仕事は完全になくなったのである。


 帝国中興の祖として称えられるベルデル二世のこうした施政によって帝国は再興し、百年近くの歳月が流れた。


 この中で革命の歴史は物語となり、コーム・レーメやコルレッタ・パリストのような女性が、物語を飾る華として幾度となく登場することになる。


 とある物語の戯曲では、コーム・レーメの処刑の場面をこう描く。



   断頭台に首斬り役人コルレーネを待つ

   誰か教えておくれ

   わたくしの人生に後悔はなかったかと――


   懺悔の言葉はいくらでも

   けれどわたしの心残りは

   それでも足りないとわたくしを責めるあなたたち――


   断頭台に首斬り役人コルレーネがやってきた

   ああ、わたくしの首が

   あなたたちに差し上げられる最後の懺悔

   さあ、ひと思いに

   麗しき首斬りのヴィッラ・コルレーネコルレッタ――



 懺悔をするコーム・レーメ。そこにコルレッタが次の台詞とともに剣を振る。



   正義の剣はおまえの罪を切り捨てよう

   贖罪こそが我が仕事

   汝の首に救済を――



 物語は見たい歴史を人々の目に見せる。


 それは同時代人の残した史料を元に書かれた本作とて、例外ではないだろう。


 けれど我々は忘れてはいけない。彼女らの人生は、決して我々の見たいもののためだけに、存在した訳ではないことを。


 コーム・レーメの名を持った女性に、ここに惜しみなき愛コーム・レーメを捧げる――。


<了>

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コーム・レーメ ラーさん @rasan02783643

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