第3話 三女との会話



 一人になった由香は二人の姿が見えなくなるまでその背中を見送り実家へと足を向けた。


「お兄様はやっぱり困っている方には誰にでもお優しい方ですね。それにお兄様は忘れているようですが魔力石の補助さえあれば本当は私と対等に戦えるほどに強いことを私は忘れていませんよ……クスッ」


 嬉しそうに微笑む由香。

 少しだけ昔の懐かしき日の事を思い出した。


 かつてたった一度だけではあるが。由香が使ったfase六の魔術を照麻は無力化した事がある。それは空気中の水分を凍らせ更に魔力を使い通常より強固に作られた巨大な氷柱の一撃。弾丸を超える速度で放たれた氷柱、照麻は正面から炎系統の魔術一つで相殺したのだ。それが由香の成長に大きく繋がった。その日を境にして由香の魔術に対する考え方や向上心が上がりfase七の魔術を習得することに成功した。故に由香の中での照麻は偉大なのである。

 ただ魔術都市の『科学』が生み出した計測機器では体内の魔力量を基準に扱える魔術の種類、実際に扱える魔術のfase確認などが行われる為、実力通りの計測結果が照麻は反映されていない。


「さっきの人は一人にして良かったのですか?」


「あぁ、あれは妹で俺より強いからな」


「それより大丈夫なのか? 一応このまま家まで送るけど、ご家族の方とかにはちゃんと自分から話せるか?」


「はい。……本当に巻き込んでしまい申し訳ありません。このお礼はいつか必ずいたしますので」


 二人は夜の街を歩きながら、チラチラとお互いの顔を見て歩いている。

 周りから見れば二人の距離感的にも仲の良い友達もしくは恋人に見えると思う。

 照麻は色々と聞いてみたい事があったが、どうせ今日が終われば会う事もないだろうと思い、何があったのかは聞かない事にした。人間だれしも一つや二つ聞かれたくないことだってある。照麻はこの時助けた女の子は社交辞令とは言えしっかり気が回せるだけの心の余裕を取り戻せたなら良かった。と内心安心した。


「あぁ、別にそれはいいよ。助けたのは妹だし、俺も成り行きだったし。だから気にしないでいい……むしろ気にするな」


「は……はい。ところで名前を聞いても?」


「別にいいけど。俺は赤井照麻」


「あかい、あかい、赤井……」


 女の子は赤井と言う名前に何か知っているのか、少し一人ブツブツ何かを言って考え始める。赤井と言う名前は別に珍しくもない。日本でもネット等を使い探せばすぐに沢山の人を見つける事ができるだろう。


 しばらくすると、何かを思い出したように。


「思い出しました。もしかして妹さんは『氷の女王』と異名を持つ上級魔術師赤井由香さんではないですか?」


 由香はこの女の子が言うように名前とは別名『氷の女王』と世間から呼ばれている。氷属性最強のfase七の魔術は彼女を襲う者を全て凍らせるとまで世間では噂されている。実際その通りなのを照麻は当然知っている。


 fase七の魔術の一つ絶対零度。絶対温度の下限で、理想気体のエントロピーとエンタルピーが最低値になった状態と言われている。温度は物質の熱振動をもとにして規定されているので下限が存在するらしい。それは熱振動(原子の振動)が小さくなり、エネルギーが最低になった状態でありこの時に決まる下限温度が絶対零度である。そして魔術原子の振動が限りなく小さくなった魔術は全て凍り、彼女の魔力により粉々にされる。これはネットで調べればすぐに出てくる。故に彼女にセクハラや襲いかかろうとすれば必然的に……大半の者は対抗手段を封じられ一方的に返り討ちに合う事が確定してしまうのである。


「なるほど。通りで貴方もお強いのですね。あのとき私を置いて逃げなかった理由がわかりました。本当にありがとうございました」


 そう言って立ち止まって深々とお礼を言う女の子。


「貴方じゃない。照麻でいいよ」


「そうですか。ありがとうございます。照麻さん」


「さんもいらない。肩苦しいの苦手だから」


「そうですか。まぁそこは……頑張って善処します。もし良ければ今から私の家でご一緒にお茶でもと思ったのですが妹さんの件もありますしどうしましょう?」


「ん? 別にお茶はいいよ。女の子の家にあがるには時間が時間だし。それに家までは送るけど?」


「そうですか。実はここが私の家です。とは言っても両親は別の家にいますが。ですので照麻さんさえ良ければお礼に夜ご飯もご用意致しますのでご一緒にどうですか?」


 照麻は女の子の背後にある大きな建物を見て言葉を失った。

 喉までは何かが出ようとしている。

 だがその先が出てこない。

 照麻は見間違いかと思い、もう一度目の前にある大きな建物に目を向ける。


「ってこれ、タワマンじゃねぇかぁ!!!!」


 照麻がようやく喉から出てきた言葉を口から吐き出す。

 そして、照麻の思考が瞬時にある答えを導き出す。

 お金持ち、つまりさっきの男達は……うん、何となく色々とわかった気がする、と。

 勝手に自己解釈をして。

 勝手に自己解決をした。


「照麻さん?」


 首を傾げる女の子。


「私とでは嫌ですか?」


 夜の部屋に男と女――。


 ――ゴクリ。


 …………。

 ……………………。


 一度咳ばらいをして照麻。

 その表情は平常心を装いたいのに心臓がバクバクと鼓動を強くし暴れているせいかいつもよりぎこちない。


「わ、悪い。妹に心配かけたくないから今日は帰るよ。ま、また縁があればその時にでも頼むわ。じゃあな」


 そう言って照麻は逃げるようにしてその場を去って行った。

 道中そう言えば女の子の名前を聞き忘れたなと思ったが、まぁこれ以上関わる事もないだろうと思い振り返らずに足早に家に向かった。


 照麻は最後にこう言った。

 自分に強く言い聞かせるようにして。


「なんて言うか、ホントさ、心臓に悪すぎだろ……いろいろな意味で。ちなみになにが一番悔しいって紳士演じたせいで、俺のラブコメも終わったことだよ……くそー!!!」


 女の子は照麻の背中を見て呟いた。


「あの制服もしかして……」



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