俺と由香の学園生活と三姉妹が初恋するまでのお話し~由香(妹)と三姉妹の仲が思うように良くならないのが俺の悩み~

光影

第1話 炎帝と呼ばれた少年の優しき心


 唐突ではあるが魔術と呼ばれる物をご存じだろうか?


 魔術?


 んなものあるわけないだろ?


 多くの者はそう思うのではないか。

 だが世界は広く、実は魔術が主流となっている国。

 正確には都市が世界には幾つか存在する。


「――んな事はどうでもいいから、誰か助けてくれ~」


 全くもってアホな事をしたなと後悔しながら夜の街の灯りが僅かに差し込む路地裏で赤井照麻(あかいてるま)は流れる汗を袖で拭きながら大きくため息をついた。


 周囲を見渡せば五人の男と一人の女。


 ハッキリとはわからないが体感では五人のサンドバッグになってもう十五分以上経ったのではないか。相手は全員若くあまり年が変わらないであろう少年達。単純な話し喧嘩の才能がない赤井照麻に五人を纏めて相手に出来る実力はなく、ましてや相手の目を盗み逃げる技術もない。


 一人なら逃げれるが赤井照麻の後ろには怯え声すら出せない女の子が一人いる。そもそも高校生同士の喧嘩では自分より体格が良い相手に正面から勝とうとすること自体が無謀に近い。それが一人ならまだしも五人。まず勝つことが無理だ。


 相手を刺激しないように攻撃を受け、意識が飛ばないように急所は外す。


 今の赤井照麻ができる唯一の手段であり、最善とも言えた。


 そもそも今日は女運が最悪に悪いと朝の目覚ましテレビで綺麗な女性アナウンサーが言っていた。所詮占いと小馬鹿にした結果がこれだ。始業式が終わりゲームセンターや本屋等で適当に時間を潰しそろそろ夜ご飯の時間だし帰ろうかとフラフラと夜道を歩いていた時に事件は起きた。


 家に帰っても誰もいないし夜ご飯何にしようと一人考えながら歩いていると、泣き声が背後から聞こえてきたので、大丈夫か? とそれはもう他人事のように思っていると一人の女の子が背後からぶつかってきたのだ。


「……ついその場の勢いで手を引っ張って路地裏を利用して助けてやろうと思えば、その路地裏に二人の男が待ち伏せ、それでもって後ろにいた男三人に追いつかれ、逃げ道すらなくなった……最悪だ……」


 女の子の見た目は赤井照麻と変わらないぐらいの年齢で、ピンク色のスカートに半袖(はんそで)のブラウスと生地の薄いカーディガンを着ており、少し幼さを残した容姿をしている。背丈も百五十センチ程度で小柄。今は小さく丸くなり頭を両手で抱え小動物のように小刻みに全身を震わせている。肩まである茶色い髪が女の子の顔を隠しているがこれは見なくてもおおよその想像はつく。


 ここ魔術都市(エンディミオン)は人口浮島(じんこううとう)で東京から少し離れた所に埋め立て地として人の手によって作られた人工の島である。日本が魔術の研究すなわち魔術を扱える者達を効率よく教育するために作られた最先端教育機関の一つだ。中には魔術に好奇心があり残念ながら才能がなく扱えないが将来的に魔術に関係する職業につく為にここに来る人も大勢いる。


 なのだが魔術とは関係のない日常的なイジメや暴力と言った物は何処にでもあるわけでこればかりは世界共通なのだなと赤井照麻は心の中で確信する。ポケットにある魔力石を使うか照麻は迷った。


 照麻は魔術適性が低くある一定以上の魔力を必要とする魔術行使の場合、外部から魔力の供給をしなければ魔術が使えない。


 簡単に言うと魔力保有量が少ないのだ。


 こんな所で五人を纏めて吹き飛ばす魔術なんて物を使えば狭い路地裏では自分だけでなく小動物と化した女の子まで巻き込んでしまうだろう。


「いやいや……マジでありえねぇー。ったく誰だよ。可愛い子だし助けてあげようなんてバカな事を考えた奴……俺か……」


 グハッ!?


 照麻は女の子を護る為に敢えて反撃はせずにひたすら受け身に徹する。下手に相手を刺激して魔術を使える仲間を呼ばれたらそれこそ火に油を注ぐようなものだ。あくまで相手の気が済む、もしくは殴らせて体力切れを狙うのが赤井照麻の目的だ。


 別に力で対抗せずとも、相手が退いてくれれば照麻は勝負には勝てるのだ。


 魔術を下手に使うと建物に被害が出たり、関係のない人を巻き込んでしまう可能性がある。特にこのような狭い場所では。それをわかっているからこそお互いに原始的な魔術がない世界での喧嘩みたくなっているのだ。とは言っても一方的にだが……。


「ったく……てか泣くなよ。お前が立ってくれなきゃ俺もここから動けない……」


 悔しい。


 なんで俺がこんなに目に合わないといけないんだ。


 そもそもなんで普段は当たらない占いが今日に限ってあたり、今まで無縁に近かったラブコメみたいな展開に巻き込まれないといけないんだ。どうせならもっとドキドキできるラブとコメディが欲しかった。


 と、思っていると男の一人が口を開いた。


「てめぇ! 早く倒れて後ろの女を渡せ、このサンドバッグ男が!!」 


 流石にこれにはイラっとした。


 てかこの男達と女の関係は? と言うレベルで照麻は女の子の事についてなにも知らない。


 つーか、もう殴られ過ぎてイライラで一杯だった。



「るせぇ! こっちだってな好きで殴られてるわけじゃねぇんだよ、この暴漢野郎!」



 さっきまで相手の気を逆立てないようにと考えて我慢していたわけだが、もう我慢の限界だ。

(マジでこいつ等全員魔術で灰すら残さず燃やしてやろうかな……。こっちだってな将来の為に内申点ってものがあってだな……なかったら今頃……)



 照麻がここまで色々と我慢しているのは私立魔術学園の制服を着ているからである。ここで問題を起こして学園に通報でもされた日にはそれはもう色々と不味い。事後処理が面倒だったり学園のみならずその関係者にまで迷惑をかける事になるからだ。そうなると幾ら正当防衛でも先生達の中にある赤井照麻の印象がどうしても悪いものになってしまう可能性がある。諸事情によりこれ以上の内申点悪化は非常にマズイのだ。


「こうなったら力尽くでその女を貰う。後で後悔するなよ?」


「あぁ?」


「へぇ、威勢がいいじぁねぇか! このサンドバッグ野郎!」


 男の一人が照麻に向かって突撃しながら拳に力を入れる。

 拳をよく見れば眩しく光っている。


「……お前……マジで魔術を使うつもりか!?」


 照麻は急いで右手をポケットに入れて魔力石を手にする。


 ――そして。


 勢いよく地面に叩きつけて魔力石の中に溜まっていた魔力を吸収しようとした。魔力吸収――照麻の魔術の一つである。だがこれは防御魔術ではない。魔力の吸収から防御魔術を起動するには時間が短すぎる。


「……ちっ、間に合うか」


 魔力石を割る為勢いよく地面に向かって魔力石を投げようとした瞬間。


 ――!?


 勢いよく突撃してきた男の動きがピタリと止まった。


「ん? どうした?」


 流石にこれには赤井照麻もビックリだ。

 それはもう全身を見えない何かでガチガチにホールドされたようにピタリと止まったのだ。


 照麻の質問に男は答えない。と言うか身体を動かそうとするが、動かせない事に戸惑っていてこっちまで気が回っていないように見える。仲間の男達も何が起きたと言った感じで周りをキョロキョロしている。



「ったく、なにしてるんですか? そんな奴ら死なない程度に痛めつけてあげれば全部解決じゃないですか?」



 刹那、尋常じゃない汗が全身を支配した。



 耳を澄ませば聞こえてくる足音。さっきまで目の前に集中し過ぎていて気がつかなかった。透き通った声の方向に顔を向ければ、月明かりに照らされ綺麗に輝く黒く長い髪の少女が歩いてこちらに向かってきている。上も下も黒一色で統一され、ミニスカートの下から伸びる細く綺麗な足を黒のヒールが更に美しく見せる。


 照麻は視線を一回夜空に向けて、これはもう終わったと確信する。

 そう残念な事にこの男達の未来が今決定したのだ。

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